白い翼を広げて

この古民家はとっても見覚えがある。


何故かって?


ーーだってそれは主人公が、原作ゲームで拠点にしていた場所だったから


原作ゲームでは、主人公がこの古民家の倉を掃除中にルシファーを召喚できる魔導書を発見。適性のあった主人公が、それを開く事でルシファーが召喚された。そんなメインヒロインと主人公に何かと縁がある場所だからこそ、原作ゲームではここが拠点として使われたのかもしれない。


だけど、この世界に僕が転生してからこの場所に訪れた事は無かった。

というか、昔、登場キャラや悪魔、天使を探している時期があり、その時に訪れようとしたのだが、訪れられなかったのだ。

理由は単純で、見つけられなかったから。原作ゲームは、オープンワールドのように自由に動き回れるタイプのゲームじゃ無かったので、原作ゲームから得られた情報を元に推測してアイテムのある場所などを特定したりしていた。


そのため、同じ方法でこの場所も限られた情報から見つけ出さないと行けなかったのだが、主人公の拠点という事もあり、自分の中で、イベントが主に発生したり、学校などもある住宅街や繁華街の周辺にあるのだと勝手に思い込んでいた。


そしたら、まさかのそういった所から、まぁまぁ離れた街外れの場所に、原作主人公の拠点があるとは思ってもいなかった。


完全に推測ミスだ。まぁ、原作ゲームのストーリに介入することを辞めた僕にとって、今となっては関係のない事なんだけど。


それで、そんな所に何故僕がいるのだろうか。


……僕はただご主人のおばあちゃんの家の掃除を手伝いに、来ただけなのだ。原作ゲームの主人公の拠点に来た覚えなんてない。


頭の中で嫌な予感と共に、バラバラだったピースが僕の考えたくない最悪な方向ではまりそうになる。これじゃまるで……ご主人がーーー


ーーいや、もう考えるのはよそう。これが事実なら無自覚で僕が大変な事をしている事になる。


僕は怖くなって考えるのをやめた。


ご主人はご主人なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。僕にはそれで充分だ。今からは掃除をする事だけ考えよう。


「何か様子おかしいぞ、大丈夫そうか?」


とりあえず僕は考える事を放棄してご主人の方向に振り向き言う。


「うん、全然、大丈夫だよ。気にしないでくれ。それよりお掃除だよ、お掃除。菌ひとつ残らないぐらい綺麗にしよう」


「ホコリじゃなくて、菌って……永遠に掃除しなきゃじゃんかよ。それ」


僕らは、古民家と庭に繋がる門をくぐった。



門をくぐり庭を通り過ぎて、古民家の入り口までやってきた。ご主人は、スライド式のドアをガラガラと音を立てて開けて中に入る。僕もそれに続くように中に入った。


「はいるぞー!ばーちゃん」


「おじゃまします!」


僕は、家の中に入ってまず、する事があった。


「ねぇ、ご主人さ、ご主人のおばあちゃんって、この家の、どこにいるの?持ってきた手土産を渡しときたいんだけど」


そういって手土産の入ったバッグをご主人に見えるように持つ。


「えっ。まじかよ、こっちが手伝って貰う側なんだからそんな事する必要ないんだがな。そういう所は気回るんだな」


「失礼じゃないかい?それは」


僕は頬を膨らませる。それに対してご主人は苦笑して言う。


「ごめん、ごめん。いやでも実際、本当に良かったのに。ありがとな、わざわざ。」


「ばあちゃんはいつものように、部屋に籠ってテレビ見てるとは思うけど、どうだろう。まぁ、部屋に行ってみれば分かるか。ちょっと案内するから俺に付いてきてくれ」


「了解だよ。」


僕は、ご主人の後ろを付いていく形で、ご主人のおばあちゃんが居るという部屋に向かう。ご主人が言うように、広い古民家なだけあってその部屋に向かうだけでも迷路みたいな廊下をぐいぐい進んだ。


……それとは関係ないんだけど、床がミシミシと歩くたびに音を立てる。この音聞いてるとなんか不安になるんだよね。寝ようと仰向けになった時に、天井のシミが顔に見える次くらいには不安になる。まぁ、古民家だから仕方ないんだけどね。


「にしてもヒョウのバック、手土産以外にも色々入ってそうだよな?じゃないとそんなパンパンに膨らまないと思うし」


向かってる途中、ご主人にそんな事を言われる。


「まぁね、ちょっとね。」


このバックには、出先で、もしかしたらご主人と使い魔ごっこが出来るかもと思って、使い魔用の衣装を入れてきた。

これらの衣装はせっかく買って用意した物だし、使える時に使いたいと思ったのだ。

やっぱり使い魔を演じる時は、衣装まで着こなして演じたい。そっちの方がなりきってるって実感が出来て楽しいし。

原作ゲームの天使や悪魔は常に、スマホやPCの画面映えするような派手なデザインの服を着て登場していたけど、僕のは、あくまで使い魔ごっこにすぎず、年中24時間ずっとなりきってる訳じゃないので、こうやって衣装は、着たい時に着られるようバックに入れている。


ご主人に、ある疑惑がかかっている今、こんなこだわりは、圧倒的に下の方の優先順位なのだけど、そんな疑惑など放棄して掃除が今の所、一番上位の優先順位な今となっては粗末な事である。


やがてご主人のおばあちゃんが居るという部屋にやってきた。


ご主人は襖を少し開けて中を覗き、ご主人のおばあちゃんの様子を見る。


「あー、寝てるなぁ。ごめんけど、起こしたくはないからさ、手土産は起きた時か、俺が後に伝えとくよ」


どうやら、ご主人のおばあちゃんは今寝ているらしい。確かに起こすのも悪いので、ご主人の意見を尊重した。



僕らは、早速この古民家の大掃除を始める事になった。髪の毛をまとめて頭にバンダナを巻き、手にはゴム手袋をはめ、雑巾やハンディモップ、掃除機や重曹など掃除の時に役立つアイテムを1箇所に集めて始める事になった。


「よーし、やるかー」


「待ってろー!雑菌、僕が息の根を止めてやるからなぁ」




それから僕らは、古民家全体を綺麗にすべく、物の整理や部屋の拭き掃除などをおこなった。

やっぱり掃除は無心で淡々と出来るから、僕はそこまで嫌いじゃない。

ご主人のおばあちゃんの家が、多方綺麗になった時には、もう日が沈みかけていた。


そんな時、無心で掃除をしていた僕が、忘れかけていた嫌な予感の正体に、ご主人の一言で向き合わざるを得なくなる。



「ねぇ、ご主人、ご主人に頼まれてた所の掃除終わったけど、次することある?」


「そうだなぁ、せっかくだし、裏庭にある倉の荷物整理と掃除もやっときたいかも…………もう少しで俺もここの掃除が終わるし、先に行っといてくれないか?すぐ行くから」 


「……うん、分かった」


遂に来てしまった。この時が……。

やっぱりあったのか……倉。


その倉を確認して嫌な予感が的中してしまったら、そこには長い間誰にも触れられず、ホコリまみれのまま放置されたルシファーを召喚出来る魔導書が眠っているはずだ。

もしそうなれば、現実逃避の言い訳の余地がなくなってしまい、僕はこの現実と向き合わなければなくなる。


だからこそ、今日ここに来てから今まで、倉に向かうことは避けていた。

……まぁ、でも僕が想像してる倉の外見と全然違う可能性だって、全然ある。

そうなれば、たまたま古民家だけ似てるだけで、原作ゲームには無関係だといえる。


そう、それにかけるしかない。

というか、お願いです。そうであってください。

じゃないと、色々とマズい。


僕は言われた通り古民家をぐるりと周り裏庭へ向かった。








うん、結論から言います。

すごーく既視感のある倉でした。

原作ゲームにあった倉と全く同じ外見をしていた。

これはそろそろダメかもしれない。


……いや、まだ古民家だけでなく、倉の外見も、すごーく似てるだけであって、この倉の中にはルシファーの魔導書なんて眠っていない可能性もまだ捨てきれない。

というか捨てさせない。


僕は緊張の面持ちで倉の扉を開けた。


年季の入った扉は、硬くギチギチと音を立てながら開いた。

扉が開くと、長い間誰にも触れられず放置されていた薄暗い倉の中から、ホコリが宙に舞い上がる。

とてもホコリっぽい倉だ。

ホコリが目に入り涙目になりながら、今となってはない方が精神衛生上ありがたいルシファーの魔導書を探す。

原作ゲームに登場する倉では、主人公のおじいちゃんが生前趣味で集めた骨董品やガラクタが収納されていた。この倉にもホコリを被った壺や巻物、よく分からない置き物など様々な物が収納されており、ゲーム画面越しに見たことがあるような物もちらほらある。


しばらく倉の中を探していると、ホコリを被った”ソレ”を見つけてしまった。

……あぁ、やっぱり見つかっちゃったか。


これで完全に僕がやらかしていることが確定してしまった。もう逃れられないぞ、僕。




そこにはゲーム画面で見たのと同じ見た目の、ルシファーを召喚できる魔導書があった。






幾何学的な模様が表紙に入った本。ついていたホコリを手で払い、改めて本の見た目を確認する。


うん、間違いない。

これは原作ゲームで見たのと同じ物だ。



……ここにルシファーを召喚できる魔導書があり、見覚えのある倉に見覚えのある古民家。


もう、ここが主人公の拠点だというのは言い逃れができないな。

となるとご主人こと宝生 稔くんの立ち位置は、完全に……あぁ、信じたく無いけど、主人公なのだろう。


ご主人が主人公だと仮定すると、僕は主人公相手にモブであり一般人である僕が使い魔面していた事になる。


うん、という事は、知らぬ間に原作ゲームを改変しまくりである。

あー、終わった。


しないと決めた事ではあるが、自分が意識して行う、原作ゲームの内容改変はまだいい。

それは原作ゲームを意図的に変えているので、自分がどのように原作を変えているのかリアルタイムで把握する事が出来る。そのため予期しない結末は確実とは言えないが、避けやすくなる。

実際それはちょっと前の僕もしようとしていた事だし。


ただ、無意識に原作ゲームの内容の改変を行なった場合には話が変わってくる。

無意識なので、どんな結末になっていくのかも考えずに、ハチャメチャに改変されてしまっている可能性があるのだ。この事に後で気づいたとしても、既に軌道修正が手遅れで予期しない結末にまっしぐらなんて事もあり得えてしまう。


これはまるで、地図を持たずに知らない街を歩き回り目的地を探すようなもだと僕は、思う。

地図などを持って、意識的に行動すれば、障害にぶつかる事はあると思うが、目的地に向かう道を確認しながら進むことができるので、意識せずに歩き回るよりそういったリスクが低い。

地図を持たず歩き回り、目的地にたどり着こうとすると、今どこにいるのかも分からずに歩き回り、障害に当たってしまう可能性が高い。

結果として、迷子になったり、予期しないトラブルに巻き込まれたりすることになる。


ご主人の家に倉がない時点で、ご主人は、主人公じゃないと思ってしまっていたのが間違えだった。

何故このような間違え方をしたかというと、原作ゲームでは古民家を頻繁に拠点として使われている様子が描かれる一方、実際に、主人公が住んでいる家の様子は描かれず、別にあるという事を完全にド忘れしてしまっていた。

そのせいでいつの間にか僕の中で、主人公=住んでいる所は古民家という認識にすり替わっていていた。

もうこれはファンとは、一切名乗れそうにないかもしれない。

たとえ、原作ゲームのコンテンツが存在しないこの世界に15年居たせいで、そのコンテンツに触れる機会が一切無かったとしても、忘れるなんてにわかも良い所だ。

だけど……この感じだと僕も色々記憶から抜け落ちてそうだ。

僕はその事で落ち込みたいのを我慢して、ご主人が主人公である以上、今の状況について考えとく必要がある。


まず考えたいのは、ご主人が今、原作ゲームの内容でいうと、どこら辺の時間軸にいるのかという事。


ご主人が主人公だと知る前から事前に僕が考察していた事ではあるけど、主人公は、現在、原作ゲームのメインストーリーが始まろうとしている時間軸に居るはずだと僕は思っている。

それに加えて、この魔導書がまだこの倉にあるという事と、主人公であるご主人が大掃除を行なった日という事も情報として加える事で、さらに正確に時間軸を絞る事が出来る。


そこから導き出せるのは、本来今日主人公がルシファー召喚の魔導書を、倉の中から掃除中見つけて、召喚し、契約を結ぶ日でないかという事。

つまり、今日が記念すべきメインヒロインのルシファーとの初邂逅日である。


なのに、僕が物語が始まる前から主人公と関わったせいで、メインヒロインのルシファーよりも先に僕が主人公にとって、初の使い魔となってしまったと。


本当に何やってんだ僕。


物語が始まる前から原作を狂わせるのは、正気の沙汰じゃない。

そんな正気の沙汰じゃない事をしでかしたのが、僕なのは本当に何も笑えない。


――――ん?待てよ、もし仮に今日がルシファーと主人公の初邂逅日なら、原作ゲーム同様、ルシファー初邂逅後にすぐ起こる、あのイベントも発生するんじゃないか……?

あぁ、まずい。まずい。

僕は頭を抱える。




原作ゲームの序盤、主人公は倉の中でルシファーの魔導書を見つけ、それが気になり引っ張り出してしまう。しかし、それが間違いだった。

この時、二つの勢力が魔導書を探していた。一つはルシファー召喚の魔導書を利用して、ルシファーの暗殺を企む野良の天使たち。

もう一つは、野良の天使たちの動きを察知し、ルシファーを召喚させる事で、自分達の組織の戦力を強化したいバビロンという組織。

どちらもその魔導書が手に渡ってしまえば、悪い方向に進むのは間違いない2勢力だった。


野良の天使達は、ルシファー召喚の魔導書が発しているという独特な魔力を手がかりに、魔力探知を行い探そうとしていたが、その魔導書が倉にあったお陰で、探知ができなかった。

何故なら倉の中にはほとんどガラクタしかなかったが、ルシファーの魔導書には劣る物の、一部「ホンモノ」と呼べる代物があったからだ。

これらの代物は微弱な魔力を発しており、長年にわたってその魔力がルシファー召喚の魔導書の魔力と混ざり合うことで、魔導書単体の魔力を探知することが不可能なまでに、これらの魔力が複雑に絡み合い、魔導書の魔力を覆い隠してしまっていたからだ。


だけど主人公が魔導書を倉から引っ張り出したことで、魔導書単体の魔力が探知できるようになり、主人公と魔導書の居場所がバレて、主人公は、訳もわからず天使達に追い詰められる事になる。


命の危険を感じていた主人公が、勘を頼りにその魔導書を、開けることで、ルシファーを召喚。

訳の分からないままこの場をのがれたい一心で、主人公はルシファーと契約。契約したルシファーが圧倒的な強さを見せ、それを目の当たりにした野良の天使達は、目的のルシファー召喚の魔導書が契約が行われた事により回収不能になった事を知ると、ひとまず撤退を決め込んだ。


元々、主人公の少年がルシファーを召喚して契約すること自体がイレギュラーだった。そのため、ルシファー召喚の魔導書を捜索することだけを目的とした部隊だったその部隊は、ルシファーと同等に戦える戦力は整っていなかったのもあったのだ。


一方、バビロンも自組織の人間にルシファーを契約させたかったため、裏社会と関わりのない人間と契約した事を知り、ひとまず一時撤退した。


と、この様にして、主人公とルシファーが契約を結ぶ事で一時的にではあるが、ひとまず平穏が訪れるのが、原作ゲームでのルシファー初邂逅とそのすぐ後の出来事である。


ルシファーは元大天使であり、原作ゲームでラスボスになるベルゼブブに魔界の王の座を奪われるまでは、魔界の王で最強だった。

流石に原作ゲームでは、そのままのスペックだとゲームバランスが崩壊するので、弱体化させられていたが、それでも強く、序盤から最後まで使えたし、最終的には最終局面で力が元通りになり猛威を振るった。

そんな相手が、原作ゲーム通りに進まず、野良の天使達によって暗殺されたり、敵対する事の多いバビロンの組織と契約でもしたら、原作ゲームのストーリが大幅に変わるどころか、世界が冗談抜きで終わりかねない。

……まぁでも、ひとまずルシファー召喚の魔導書が現在、魔力探知が出来ないこの倉にあるという事は、探知されないという事であり、野良の天使達やバビロンにこの魔導書が見つかっている可能性は低い。


ひとまず安心していいのかもしれない……。


そんな事を考えていると、開けたままの扉から倉にご主人が入ってくる。


「わりぃ、わりぃ遅くなった……って、あっ」



入ってきたご主人は僕がルシファーの魔導書を探すためにずらした置き物に足を取られてしまい、前のめりに倒れてしまう。


「……わぁ、ご、ご主人!?」


倒れる先には僕がいて、支える余裕もなくご主人は僕を巻き込んで、そのまま床に倒れ込んだ。


ご主人の体が僕の上に重なり、僕は一瞬の間、動けなくなる。


「す、すまん!ヒョウ、悪気があったわけじゃ……」


ご主人は慌てて僕から離れる。

その時、ご主人は顔を赤くしていた。


「いや、謝るのは僕の方だよ。僕があんな所に物を置いてたから……」


僕は地面に両手をついて、立ち上がる。


両手を地面につけた時、ついさっきまで、僕の手元にあったルシファー召喚の魔導書を持っている感触がない事に気づく。


僕は周りを見渡す。


ーーーそして見つけた。


「あ」


僕は青ざめる。


ーーー見つけたはいいが、ルシファー召喚の魔導書はあってはならない場所にあったからだ。


今の衝撃で、僕の手元から離れてルシファーの魔導書は倉の外の入り口付近に飛ばされていた。


「外に出てる……」


倉の外にあると、倉の中に漂う他の魔力と交わらず、魔力探知が出来てしまう……。


やばい。


僕がメインストーリーに無意識に介入していた事について整理する暇もなく、次のアクションに繋がる引き金が引かれてしまった。


僕は慌てて、魔導書を倉の中に戻す。


……倉から少しはみ出ただけだし、一瞬だったから今ので野良の天使達に気づかれてないといいんだけど。


それでもやっぱり、野良の天使がは今の一瞬で探知して気付かれた可能性も捨てきれない。


僕は焦りたい気持ちを落ち着かせて、1人で思考をぐるぐるさせていると、一つの結論が頭の中に出てきた。


「うん、よし、ルシファーを召喚しよう」


そして主人公だと思われるご主人と契約を結ばせるしかない。


原作ゲームではルシファー召喚&契約により、二つの勢力が撤退していった。

今回のような場合も、まだ、メインストーリーは初動だということもあるし、主人公とルシファーを契約させることで、同じような結果まで持っていく事は可能だと考えた。

そして僕はというと、この場から引いて、一般人として今後生きていけば、僕が影響を与えたメインストーリーの改変も薄れていくはずである。そうなれば、大まかだけど軌道修正も行えるかも。



「おいどうした?ヒョウ。やっぱり今日様子がどこかおかしいぞ?必死の形相で、落ちた本をとったり、かと思ったらいきなり何か考え事したり……いつもおかしいが今日は、それの比にならないくらいだ。」


僕は試しに、ルシファー召喚の魔導書を開こうとする動作を行うが、一向にその魔導書が開く様子はない。


うん、やっぱりだ。少しだけ悔しいけどただのモブの僕にはこの魔導書を開けるための適正がないらしい。


召喚の出来る魔導書は適性がないと開ける事が出来ず、召喚ができない。


ここは主人公だと思われるご主人に開けてもらい召喚してもらうしかないのだ。

僕の様なただの一般人が、入る隙間なんて無かったことを自覚させられ落ち込みそうになるが、そうは言ってられない。


原作ゲームの様に、野良の天使達に遭遇してピンチな時にルシファーを召喚するのと、今ここで召喚するのは、あまり影響の差はかわらないと判断して、この場でルシファーをご主人に召喚してもらう事にする。


そういった影響はないだろうが、心の余裕が持てるかどうかは全然変わってくると思うので。



「ご主人……!お願いだけど、この本を開けてくれないかい?今からルシファーを召喚する」


「はっ?何言ってんだよ。何がどうした。なんだ?その本。この倉にあったのか?」


「そうなんだけど、お願い!開けてくれ!」


「……分かったよ」


僕の危機迫る表情を見て、ご主人は困惑しながらも、僕から受け取りルシファー召喚の魔導書を開ける動作をとる。


……だが予想に反してその魔導書が開く様子はなかった。


おかしい。

ご主人が主人公なのだから開かないはずない。


「もっと強くやって大丈夫だよ!ご主人」


「いや、これ結構強めに開こうとしてるんだが、開かないんだよ。強力接着剤でも塗られてのかよってぐらい……」


ご主人は主人公じゃない……?

いや、こんなに条件が揃ってるのにそっちの方があり得ない。


「もっとだよ!もっと!」


「えぇ?これ以上したら、この本折れたりするんじゃないか」


「大丈夫だから、お願いご主人」


「んーわかったよ。」


ご主人は、腕に力を入れ、顔をさっきとは別の意味で赤くさせながら開こうとする。


だが、ルシファー召喚の魔導書は開く事はなかった。


ご主人が予想通り主人公だと仮定して開かない理由を考えてみる。


ルシファーを召喚する魔導書を開けたりする上で必要な適性。

この適性の有無で、人間が悪魔や天使と関われるか関われないかをわける重要な役割をはたしている。


僕にはその適性がないので、開かないのは分かるが、主人公なら適性は持ち合わせている筈である。


じゃあ適性以外に必要なものに何があり、その条件を今のご主人こと主人公はなぜ満たせていないのか。

もしかしたら、僕が何かルシファーの魔導書を開ける上で他に必要な要素を、先程の様に忘れているのかもしれない。


僕は思い出そうと頭を動かす。


「あ」


そうだ、ルシファー召喚の魔導書を開けるには、適正ともう一つ重要な条件があった。

それは、何か一つ『強大な欲望』を持ち合わせているか。


この条件は、原作ゲームのストーリ上では触れられなかった裏設定の一つ。


主人公は正義感が強かったが、それは並より少し上程度で、それよりも死にたくない、生きたいという生存欲が、他の人よりも何倍も強かった。

この欲が、主人公を何度も原作ゲームでのピンチから救った要因ともなり、ルシファーを召喚する条件を満たしたものでもあった。


今のご主人には、それがない……?


僕ははらはらとしながら、ご主人に聞く。


「ねぇ……ご主人、最近死にたくないって気持ちが薄れたりとかしなかった……?」


「どんな質問だよ、それ。…………でも確かに、死にたくないって気持は、前よりは薄れたかもなぁ。まぁ、でも前のその気持ちが強すぎただけで、今も普通の人ぐらいには死にたくないって気持ちはあると思うが」


「……ちなみに理由とか分かったりする?」


「理由?理由かぁ、そうだなぁ。まぁ、案外ヒョウと出会えたのが大きいかもしれないな」


ご主人は恥ずかしげに言う。


「だって最初にインプっていう悪魔に、襲われそうになったとき、俺が死にたくない一心でヒョウと契約を交わしだだろ?その時、自覚したんだ。俺こんなに死にたくないんだ、そんでみっともないなって」


僕は思い出す、ご主人がその時言っていたセリフを。


ーー『わ、分かった。俺を守ってくれ!身勝手な人間で本当にごめん。

自分は守ってもらうだけ守ってもらって、あんたに戦わせるなんて……自分の命がどうしても惜しい、卑しい人間だと言う事がつくづく分かってしまった。

そんな自分の事が心底嫌になる。だからこそ契約の代償は俺の命以外の全て、それをあんたに差し出す!』


あぁ、この時か。


「そんで、自覚した時に、生死の有無に執着しすぎると、守りたいものを、守れそうにないなって思ったんだ。それはなんとなく嫌だったし、それにあんたがそばにいて守ってくれると思ったら、それに執着しすぎなくても大丈夫だなって」


ご主人は笑みをこぼす。


そんな事を思っていてくれたなんて、嬉しい!嬉しいが、ダメだよ!それ!

ダメだって!


それじゃあご主人がルシファーの魔導書を開けなくなったのって僕のせいだって事だよね!?


僕が介入したせいで、ご主人とメインヒロインが出会う、メインストーリーの中でも、根本的な超超重要部分が狂ってしまった。

ルシファーがメインストーリーに関わらなければ、この世界にどんな悪影響を及ぼすのか、考えただけでも恐ろしい。


あぁ、なんてことだ。


僕はなんて事を……。


めまいがする。


ぐらっとなり、僕は立ちくらみを起こす。


「お、おい大丈夫かよ!」


そんな僕にご主人が近寄り肩を貸してくれた。


「この倉ホコリっぽくて空気も悪いし、一回ここから出るぞ」


僕はルシファー召喚の魔導書を倉にひとまず置き、ご主人に肩を借りて、倉の外に出たその時だった。



僕の眼前に突然、一枚の羽根がひらひらと舞い降りてくる様子が目に入った。その羽根は純白で、暗くなりかけた空の中に、まるで光そのものが形を成したかのように、白く怪しく神秘的に輝いていた。風に乗って優雅に揺れながら、僕の目の前に落ちる。


僕はそれから目を離せなかった。

だってそれはーーーー


「先程一瞬、ここらで例の魔導書の魔力探知に引っかたので、もしやと思いここまでやってきたが、正解だったようだな。

あそこにあるのは、ルシファー召喚の魔導書で間違いない。」


声の方向を見ると純白の軍服を着た人物が、帽子を深々とかぶり、倉の方を見ながら、羽で空を飛びながら徐々に降りてくる。

背中には大きな白い翼を広げて


ーーーその人物は原作ゲームで『天使』と呼ばれていたのだから



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただのTS一般人が、主人公相手に召喚されし戦う使い魔面してみた。 おはなきれい @qwrrthfds121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ