#7/9 #ぱちぱち #マティーニ

 雨が降り、幾ばくか暑さが和らいだ夕暮れ時、たそがれ荘の縁側でぱちぱちとはぜる音が上がっていた。


「わざわざ、今日焼かなくても」

「あっつい日に焼いたら、それこそ自分が炙られとるもんやろ」


 三津絶対的支配人の容赦ない物言いに、まぁと煮え切らない返事をした琉生りゅうせいは、七輪の上に並んだものを見下ろした。

 降ったか降らないのか、中途半端な雨の中、ちりちりと焼き鳥が焼かれている。炭が弾ければ、大きな音が鳴った。

 何となく、正座で付き合っていた琉生の横に背の低いグラスが置かれた。日本酒を思い出すようなとろみのある透明な液体にオリーブが沈められている。丸い実に刺されているのは王冠のピックだ。


「これ、知ってる!」

「榊山はんは絶対飲んだらアカンやつやな」

「危険だからね!」


 身を乗り出した榊山さかきやまは、三津に焼き鳥差し出され、破顔した。危険だからと自覚している本人ははジンジャーエールをいただいている。

 琉生が怪訝な顔を横に陣取った綾鳥あやとりに向けても、素知らぬ顔でジンジャーエールを口にしていた。

 三津の手には夏限定の缶ビールだ。


「ほら、いい具合」


 ねぎまを琉生と綾鳥の手にも握らせた三津は上機嫌で煽る。


「はぁ、至福やわぁ」


 頬を染め、とろけるように言った管理人は、あっという間に平らげた。

 控えめとはいえ、隣の喉が鳴れば琉生も目の前の酒がひどく美味しそうに思えてくる。いそいそと焼き鳥の追加を焼く三津を横目に酒を口元に運んだ。危険と言われた割には、軽やかな香りがする。


「そんなに怯えなくても、毒なんて入ってやしないのに」


 反対から翔んできた煽りに背中を押されるようにグラスを傾けた。

 舌をすっきりとした苦味が過ぎたと思えば、かっと喉が燃え上がる。シンプルなようで、奥深いアルコールが脳を叩いた。一気に煽っていたら、一瞬、目眩を感じたかもしれない。

 旨味を味わうより、酒の強さに驚いた琉生の顔は固まっていた。


マティーニカクテルの王様、初めて飲んだ?」

「王様なんてあるんだな」

「そ。たったの二種類の酒で作るカクテル」


 たったの二種類で、と頭の中で反芻した琉生はグラスを目の前で透かし見た。こて、と頭をもたげたのはくすんだ緑の実だ。


「このオリーブはどうしたらいいんですか」

「お好きに。好きなタイミングで食べればいいし、残してもいいし」


 転がるのも面倒なので、琉生は食べようとして手が塞がっていることを思い出した。まずは焼き鳥から片付けるべきだと判断して、頬張る。

 どこか暑さを感じながらもすっきりとした口に鶏の脂身が広がった。


「うまいな、これ」


 ぽつりと溢れた言葉に、なかなか通な食べ方と笑われる。

 琉生は気にせずに焼き鳥もマティーニも腹に納め、あっさりとしたオリーブを噛み締めた。二度噛んで、遅れて違和感がやってくる。飲み込んでから、こっそりと綾鳥を盗み見た。

 ジンジャーエールを飲む横顔は、ざわりと胸を逆撫でするような笑みを浮かべていたはずなのに。前世とは似てるようで似ていなかったのに、不思議と懐かしさを覚えた。



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誕生酒:マティーニ

酒言葉:至高

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たそがれ荘はふみづきにつき、 #文披31題 かこ @kac0

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