#7/8 #雷雨 #ナップ・フラッペ

 夕暮れ時だというのに、もう闇に近かった。暗雲が白い雷を落とし、大粒の雨が地を叩く。


時雨沢しぐれんが出かけるだけで、これだもんなぁ」


 小春日和よりのどかな声に、琉生は呆れる。

 時雨沢しぐれさわは生粋の雨男だという。家から


「いくら時雨沢さんが出かけたからって、雨は降っても雷まで落ちませんよ」

「え、知らないの」


 目をぱちくりとさせた榊山に琉生は目だけで何がですかと返す。

 信じるわけないか、と情けなく笑った榊山はガラス戸を叩く雨粒を眺めながら目を細める。


「去年のクリスマス、都内の全交通網が運転を見合わせた大雪、覚えてる?」

「まぁ」

「あれ、時雨沢さんが大半の原因だよ」


 急にのびてきた腕と落とされた言葉に琉生は言葉が出なかった。

 机の上には、緑みをおびた白い酒が置かれている。


「ナップ・フラッペ。今日は涼しいから、クラッシュアイスは少なめ。飲みやすい割りに度数は高いから甘く見ないで」


 注意書を読むように、あっさりと説明した綾鳥は、琉生の斜め向かいに座った。自分の前にもよく似た色の飲み物を置く。


「今日はお品書きは?」

「ミルクセーキ」


 綾鳥の素っ気なさに滅入るわけもなく、榊山はひとくち飲んだ。うん、あまい。おいしい、と風呂上がりの牛乳のように体に流し込んでいく。

 詳しく話を掘り下げたい気もしたが、琉生は酒を味わうことにした。とろみをおびたかくてるが、ゆっくりと唇を過ぎて口の中へ流れてくる。よく冷えた酒が舌の上で溶け、不思議な風味を広げた。いくつかのハーブが混じりあうアルコールを柑橘類が喉の奥へ流し込んでいく。

 喉を抜けた甘いカクテルは、胃の腑に落ちてやっとアルコールだったことを思い出したらしい。わずかに温まった腹に、琉生は悪くない、という感想を抱いた。


「なっぷほっぷ? て、どんな味?」

うたた寝をナップ氷で冷やしたものフラッペ


 ノンアルコールを飲んだにも関わらず上機嫌な榊山が訊ねた。横から訂正され、なっぷふらっぺと言い直している。


「薬酒をはちみつやレモンで飲みやすくした感じです」


 そうかそうかと笑う榊山に琉生は何とも言えず、眉間にしわを寄せた。

 一瞥した綾鳥は説明ベタだなぁと顔に書いたまま、訊ねる。


「悪くない?」


 まぁと琉生が頷けば、そと返され、妙な静寂が訪れる。

 遠くで雷の音がした。

 榊山と琉生は窓の外を見やるが、綾鳥はつまらなそうにグラスの中身を眺める。

 雨、いつ止むんだろ、と榊山が呟いた。


「時雨沢さんが帰ってきたら止むんじゃないですか」


 止むかもねぇ、と中途半端に同意した榊山は横目で綾鳥を眺める。


「ままならないね、ここの人達は」

「それだと、榊山さんも入りますよ」


 そりゃ、そうだともと最古参の住人はへにゃりと笑った。



܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀

誕生酒:ナップ・フラッペ

酒言葉:星は君、月は僕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る