#7/7 #ラブレター #ブルー・ハワイ

 瞼を開けた琉生はここは前世の記憶だと自覚した。青みをおびた髪が影を作っているからだ。鏡のような水面が目に入れば、諦めるしかなかった。

 社も木の囲いも組まれていない湖は、もう存在しない。

 また・・、前世の自分に押し込められて、見なければならないのか。頭を抱えたくても、指一本も動かせなかった。


「うたた寝なんて、呑気なもんだ」


 自分の意思とは反対に、ゆっくりと顔があげられる。

 見たくもないのに、珊瑚のように赤みを帯びた明るい髪が視界に入り込んだ。繊細に作り込まれた顔には染みひとつなく、瞳は蜜を溶かし固めたように甘い色をしている。地に降り立つまえに、背中の黒い羽で勢いを殺して足を地につけた。

 琉生は口を開くつもりはないのに、本来の体の持ち主に抗えるはずがない。


「なんだ、また来たのか」

「こんな天気のいい日にすることもない、可哀想なヤツの顔を思い出しちまったからな」

「暇ではない」

「急ぎですることもないだろう」

「雨を呼んでいる」


 真面目一辺倒な答えに、蜜色の瞳は胡散臭そうに細められた。羽の痒い所をかきながら、頭の固い相手を諭してやる。


「龍神サマは川や池の神サマだろ。天地がひっくり返っても雨なんて呼べやしない。いいじゃないか、干上がったって、池の水一滴さえあれば生き長らえるんだから」

「先に人間がまいってしまう」


 頑な態度に天狗は苛立ちを隠すつもりはない。


あのおなごアレが気になるなら、恋文でも書けばいいじゃないか」

「からかうな。そんな酔狂なものではない」


 あっそ、と肩をすくめた彼は、ひらりと体をひねり、湖の端までかけた。

 膝をつく女の横を過ぎ、風を舞い上げる。

 乱れた髪をあわてて押さえたが、すでに遅かった。女の顔を隠す衣が飛ばされ、朧気な瞳が唖然と開かれる。ぽつりと泣き黒子が白い肌に印付いていた。

 彼女の視線を追いかけるよう琉生も彼が飛び去った方を見る。

 雲ひとつない空は、抜けるような青だった。


܀܀ ܀܀ ܀܀


 太陽が上がりきらないうちに目が冴えた琉生は、髪をかきあげた。休日の朝だというのに、全く心が踊らない。何か、すっきりしたものを飲もうと食堂に足をのばせば、今一番に会いたくない彼女がいた。

 屈強で美しい黒羽は消え失せ、髪の色も瞳の色も性別さえも変わってしまった背中は、か細い。

 琉生はかすむ目を細めた。

 ただ、魂が同じで記憶があるだけだとわかってはいるのに、端々からにじむ立ち居振舞いは確かに彼だ。

 振り返った綾鳥は、見極めるように目を細めた。鼻で笑って口端に角度をつける。


「顔色、わっる」

「余計な世話だ」

「夕涼み会、サボんないでよ」

「大人だからな」


 どこが、と鼻にかけた言い方で彼女は琉生の横をすり抜けていく。

 琉生は意識して彼女の背を追わず、拳を握りしめた。


 その日のブルー・ハワイは、あの日のように何処までも澄んだ色をしていた。


܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀

誕生酒:ブルー・ハワイ

酒言葉:連想


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