#7/6 #呼吸 #プレスト

「昨日は仲良くできたんだ?」


 含んだ笑みをたずさえた榊山さかきやまは小首を傾げた。

 夕食を終え、一旦、自室に戻ろうか悩んでいた琉生りゅうせいは、半眼を向ける。


「どこをどう解釈したら、そうなるんですか。二人とも機嫌を損ねて大変だったんですよ」


 わかってないなぁと榊山はにんまりと顔を歪ませ、琉生はおののいた。


綾鳥まりりんが怒っていること事態が普段じゃありえないことなんだよ」

「綾鳥にだって、感情があるでしょう」


 琉生の言い返しに、榊山は声を上げて笑った。


「その感情を見せるのは、琉生タッキーがいる時だけなんだよ、これが。いつだって強制参加の集まりにしか出てこない彼女が、わざわざ夕涼み会で酒を振る舞うワケを考えたこともない?」

「榊山さんが仲良くしろって言ったんじゃないですか」

「まりりんがワタシの言うこと聞くわけないじゃーん!」


 琉生の眉間の皺は深くなるばかりだ。

 榊山はいぶかしむ青年の両肩を持ち、胡散臭そうに細めた目に覗きこむ。


「まりりんは、タッキーとお酒を飲みたいんだよ」

「酒を飲めないのに?」


 榊山が、はっと息を飲んだ。

 琉生の良心は痛むわけもなく、わざとらしく口に手を当てる榊山に呆れる。


「勘違いしないでください。アイツは俺をからかうことが呼吸と同じ奴なんです。僕がかわせるようなれれば、それに越したことはありませんが、あの憎たらしい顔と声がどーしても癪に触る――そういうことです」


 瞬いた榊山は腕組みをして倒れるように首を傾げ、しばらく黙りこんだ。

 自室へと向けた足をそれってさ、と続けようとした言葉が縫い止める。振り返った琉生が聞く前に、綾鳥が食堂に現れた。


「もう夕食、食べたんだ?」


 サクッと作るから居間にいなよ、と綾鳥は二人の間をすり抜けていく。帰ってきたばかりなのか、食堂の椅子に鞄を置いて、台所に立った。


「手伝ってくれるの?」


 背中を向けられたまま、素っ気なく言われ、琉生は我に返った。

 か細い背中には、前世の彼にはあった黒い翼はない。名残もない。なのに、なぜか探していた。

 つまらなそうにしても、素っ気なくされても、なぜか気を許されているような気がするのに今は完全に拒否されている。

 居間で無言で向かい合って飲むプレストはほのかな苦味と不思議な風味を残した。



܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀

誕生酒:プレスト

酒言葉:急かさないで

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