第23話 今紫の話(エピローグに変えて)



 神社からの帰り道、俺たちは無駄話をしながら歩いていた。外は大分冷えて来て、吐く息が白くなる。


「そう言えばアンチャンは、カーチャンよりも強いのか?」

 カーチャンは凄みのある、笑顔を浮かべて答えた。

肉体的フィジカルには、この先どうなるか分からない。しかしでは私の方が強い。この先、十年は負ける気がしないな」


「ケンタ君のお母さんに、勝てる人なんている訳ないよ。今までの人生で負けた事なんて無いんでしょう?」

 アンチャンの呟きに、不良たちがガクガクと頷く。

「人の事を何だと思っているんだ。私だって喧嘩に負けた事くらいある」

 下唇を突き出した、カーチャンは説明を始める。

「前に私が赤鬼と呼ばれていたのは、アイツらから聞いているよな。青鬼と呼ばれる奴がいてな」



 まだ警察官になる前のカーチャン。地元では敵無し、負け知らずの親分だった。別にヤンキーやギャルのような恰好はしていない、見た目は普通の女子高生だった。でも売られた喧嘩は老若男女を問わず、全て買っていたという。

 一対一どころか大勢でかかって来られても、赤鬼は負けなかった。いつの間にか赤鬼に喧嘩で勝つことは、ある種のトロフィーとなっていた。


「そこらの半端者たちに、そんな名誉をくれてやる訳にはいかなかったからな。全部撃退していたが、ある時油断した」


 ある日、近所の子供からショートメールが届いた。今すぐ小学校分校の裏に来て欲しいとの内容である。不審に思いながらも指定の場所に赴くと、質の悪い不良たちが群れ集まっていた。

 中心部には親戚付き合いをしている、女の子が一人で立たされている。恐怖の為だろうか、シクシクと泣いていた。それを適当にあしらっていたスカジャンを羽織った不良が、赤鬼に気付く。


「ヒャッハァー! 赤鬼の御姫様の御登場だ」

「私を呼んだのは、その小さい子供だ。お前らは何だ?」

「大体分かっているだろう? 人質だよ。これから始まる祭りで、お前を封じ込める為の」

 スカジャンは女の子の肩を抱いた。薄気味悪いやら怖いやらで、彼女の表情は固まってしまう。

「お前は、これから俺たちのサンドバックになるんだよ。俺たちに歯向かったらどうなるか……」


 ガイン!


 スカジャンが脅し文句を言い終わる前に、赤鬼の一番近くにいた不良が殴り倒された。彼女は次なる獲物を求めて、高速で移動を始める。

「待て待て! 俺の話を聞けって! この女の子がどうなってもいいのか!!!」

「そんな子供に手を出せる勇気が、お前らなんかにある訳ない。出せば警察沙汰で、一発退学だ。分かっているんだろうな」

 冷静な赤鬼の指摘に不良たちは凍り付く。確かに義務教育ではない高校では、この行為がバレたら一発で退学だ。中学卒業の学歴しかないボンクラに、世間の風は冷たいだろう。


 次々と不良たちを殴り倒して行く彼女を、呆然と見つめるスカジャン。舌打ちをしてポケットから折り畳みナイフを取り出し、女の子に突き付ける。

「少なくとも俺は本気だ! どうせこのまま学校を出ても、碌な就職先なんか無い。お前を倒した箔で、先輩たちのグループへ入るんだ」

 スカジャンは先輩の名とグループ名も口にする。それを聞いた赤鬼は舌打ちした。


「半グレの違法組織じゃないか。ヤクザにもなれない半端者の」

「うるさい! これを見ろ」


 スゥ


 ナイフが女の子の頬の上を軽く動いた。小さな傷から一滴の血が滲み出る。恐怖に固まる女の子を見て、赤鬼は舌打ちする。それから目を閉じた。

「……その根性を、他の事に使えないのか?」

 そう言うと、身動き一つしなくなった。ニンマリと笑うスカジャン。



「おい、もう止めとけよ。死んじまうぞ」

 スカジャンは仲間に肩を押さえられた。気が付けば自分の足元に、ボロボロになった赤鬼が倒れている。

「ヘッ。所詮、女だよな。さてこれから、お楽しみだ」

 赤鬼の制服に手を掛けるスカジャン。それを見てドン引きする仲間たち。

「おい。それはやり過ぎじゃ……」

「うるさい! 俺たちに逆らえなくするんだよ。手を出さないなら、画像でも取っておけ」

 スカジャンを脱ぎ棄て、声を掛けて来た仲間に叩きつけた。その時、仲間の一人が膝から崩れ落ちる。


「ちょっと、やり過ぎだ」


 見れば真っ青な顔をした、背の高い高校生が竹刀を構えていた。いつの間にか女の子は、彼の後ろに匿われている。

「何だ、お前は。邪魔するんじゃねぇ。真っ青な顔色しやがって、ビビっているんなら構うんじゃねぇよ!」

 スカジャンは叫ぶ。しかし高校生の動きは止まらない。流れるような竹刀捌きで、次々と不良たちを倒して行く。気が付けば動いているのは、スカジャンだけになった。彼はナイフを赤鬼に向ける。


「女をブッスリされたくなければ、竹刀を捨て……」


 バシッ!


 脅し文句を全て言う前に、スカジャンのナイフは竹刀に払い落とされた。返す刀で顔が曲がるほどの横面を受け、スカジャンは吹っ飛ばされる。

「女の子に酷い事を。大丈夫かな?」

 高校生は赤鬼を軽々と背負い、女の子の手を引いて、その場を後にした。


「不良共は全員、警察に連行された。警官の中に立派な人が居てな。しらばっくれて逃げ出そうとしていた、スカジャンたちをギュウギュウに締め上げてくれたんだ。それを見て、私は警官になろうと決意した」

 カーチャンは、そう呟く。俺は小首を傾げた。

「青鬼の話はどうなったんだ?」

「私を助けてくれた、通りがかりの竹刀の高校生が青鬼だ。奴は本気で怒ると、顔色が青ざめるんだ。そうなった時の戦闘力は凄い。その後、何度か目撃したが私でも敵わない」


「結局、化け物が二人いるって事じゃねーか」

 歯欠けは小さな声で、コッソリと呟いた。地獄耳のカーチャンに聞かれて、酷く引っ叩かれていたが。



「おい大丈夫か?」


 メガネはパンチの肩に手を置いた。パンチは真っ青な顔をしながらも、力強く頷く。戸惑いながらも、昭和の改造車から降り立つ二人。改造を修正するように言われていたが、まだ手がついておらず元のままである。

「今回の事件解決には、俺たちだって貢献したんだ。それを分かって貰って、どうにかコイツの姿を延命させてやりたい」


 パンチは愛おしい相棒に、ソッと手を乗せた。赤鬼相手に反抗して暴れるなど、とんでもない事だ。しかし土下座をしてでも、この改造車を護って見せる。必死の形相で赤鬼の家の呼び鈴を鳴らした。

「はーい。どちら様?」

 温厚そうな笑顔の大男が、玄関に現れた。パンチは腹から声を出して、頭を下げる。

「突然失礼します。赤鬼の姉御はいらっしゃいますか?」

「随分懐かしい名前だ。あれ? 君たち何処かで会った事あるねぇ」

 何を言っているんだ? と、顔を上げたパンチとメガネ。大男を見て、二人の顔が引き攣った。


「あ、青鬼!」

 それを聞いた大男は苦笑しながら、玄関を出る。

「ウチの奥さんに何の用かな?」


「お、奥さん!?」


 余りの衝撃にズレてしまった、ヤンキーメガネのまま素っ頓狂な声をあげた。パンチは愛車の竹やりのような排気管を両手で折り曲げ、引き千切る。

「いやぁ、懐かしい改造車だね。まだ現役なの?」

「いえ! 赤鬼の姉御にノーマルに戻すように命令されました。本日は竹やりを外しただけですが、その他の部分も早急に治して参ります!」

「もう少ししたら、奥さんも帰って来るけど……」


『いえ! 本日はこれで失礼します』


 二人は声を揃えて深々とお辞儀する。逃げるように改造車に乗り込むと、風の様に姿を消してしまった。キョトンとする大男。そのうちケンタたちが帰って来る。

「お帰りなさい。鍋の準備が出来ているから、時間のある子は一緒に夕飯にしないかな?」

 不良たちは歓声を上げて、家に上がり込んだ。賑やかなクリスマスイブの夕食が始まる。



 クリスマスが終わり、正月に入った頃。


 一人で河原を歩いていると、元の形に戻した車に乗った、パンチとメガネに遭遇した。急ブレーキをかけ車から飛び出すと、二人は俺の前で九十度のお辞儀をする。

「おい、何か様子が変だぞ。どうしたんだ?」

「ひっ! 今紫の坊ちゃん。な、何でもありませんから。車は元に戻しましたと、お父様とお母様に宜しくお伝え下さい」

 使い慣れない敬語を使い、海老の様に後退りしながら車に乗り込む二人。それから俺は暫くの間、不良たちから若紫や今紫と呼ばれるようになる。

 どうやら青鬼と赤鬼の子供という意味らしい。



 なぁ誰か、知っていたら教えてくれないか? 青鬼と赤鬼の子供は紫鬼になるのか?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

強いってなんだ @Teturo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ