第22話 本当に強い人の話
クリスマスイブの夕方、俺は玄関の前で固まっていた。
呼び鈴が鳴らされたから様子を見に行くと、目の前に車椅子に乗ったアンチャンが居たからだ。ニコニコ笑いながら、小さく手を振っている。
「アンチャン! 手術は終わったのか! でも何で車椅子なんだ?」
俺は裸足で玄関を飛び出し、車椅子に駆け寄った。アンチャンはフニャリと笑う。
「本当はもう歩けるし、リハビリもしているんだけど。トオルがどうしても乗れって煩いんだ」
見ればトオルは車椅子の後ろで知らん顔をしている。でも顔はニヤニヤしていた。きっとアンチャンが無事戻って来て嬉しいのだろう。遠くからオートバイの音が聞こえる。歯欠けや坊主頭たちも次々と俺の家に集まって来た。
それを見たアンチャンは、肩を竦める。
「明日には部室に顔を出すから、ここまで来なくても良かったのに」
「何で初めの顔出しがボクシング部じゃなくて、ここなんだよ。その方が問題だろ」
「えー? 折角のクリスマスイブなんだから、彼女と過ごせばいいのに」
両手を振り回して、口を尖らせるアンチャン。
「……お前もう一度、病院に戻るか?」
歯欠けは泣き笑いの顔で毒づく。どうやら今夜、家に集まっているのは恋人のいない部員だけらしい。でもほとんど全員参加みたいだ。ボクサーってモテないんだな。
歯欠けの、こんな顔を初めての人が見たら即、警察に通報する程の迫力がある。でも見た目は厳ついけど中身は仲間思いで真面目だし、優秀な
「ここに初めに来たのはケンタ君が何か、おまじないをしてくれたって聞いたからなんだ。だから手術が成功したんだって、トオルが言ってた」
慌ててトオルが、そっぽを剥く。御百度参りは言いふらす事じゃ無いけど、アンチャンが無事に戻って来たのなら、それで良い。
俺はカーチャンに声を掛けて、上着を羽織った。靴を履いて表に出る。
「あれ? どこに行くの」
「お礼参りだ。アンチャンも来い」
俺とボクシング部員たちは、ぞろぞろと神社に向かって歩き出す。クリスマスイブに不良学生たちが神社に一同に会するのは、ちょっとした見物だった。カーチャンや近所の人が遠巻きに見守る中、俺たちは拝殿に立つ。二回礼をして、二回手を叩き、最後に一礼。神様に頭を下げて、何度も心の中でお礼を言った。
不良たちも神妙な顔をして、思い思いに頭を下げる。これで神様も納得してくれるかな?
「僕、手術を受けている時に、夢を見たんだ」
アンチャンは車椅子の上で呟く。
「ケンタ君と愛美ちゃんとトオルの声が、遠くから聞こえたんだ。『頑張れ! 頑張れ!』って」
「……そうか。頑張れて良かったな」
アンチャンは車椅子からゆっくりと立ち上がり、拝殿に深く一礼した。
「お陰様で生還できました。ボクシングは暫くできないけど、これからも頑張ります。どうか僕たちを見守っていて下さい」
ん? 俺は小首を傾げた。
「おいアンチャン! ボクシングが暫くできないって、どういうことだ?」
アンチャンはフニャリと笑った。
「まだ手術したばかりだから、頭に強い衝撃を受ける訳にはいかないんだ。今後の検査の結果次第だけど、パンチを当てるボクシングは一年くらいお預けかな。ひょっとしたら一生できないかもしれないけど」
「それじゃ、大変な手術を受けた意味ないだろう?」
俺は声を落とす。折角痛い思いをしてまで手術したのに、ボクシングが出来ないのであれば、何のための我慢だったんだろう。でもアンチャンは、小さく首を振った。
「意味はあるよ。身体は元の様に動くし、
俺は何かを言いたかったが、何を言えばいいか良く分からなかった。気が付くとカーチャンが、すぐ後ろに立っていた。
「シンヤ。お前は強い男だな」
「ボクシングが出来ないんだぞ。それでも強いのか?」
カーチャンは肩を竦めて、咳払いをした。それから凄く真面目な顔をする。
「シンヤは強い。大相撲の横綱やマイク・タイソンにも引けを取らない。本当に強い男だ」
近くで聞いていた歯欠けや坊主頭が、顔を下に向けて動かなくなった。トオルは歯を喰いしばって、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「中学の頃から馬鹿ばっかりしてきた俺を、ボクシングに導いてくれたのは先輩っす。先輩は強い。俺の生涯の目標っす」
「みんなして何々? 僕、死んじゃうの?」
お道化て両手を振り回すアンチャン。不良たちは泣き笑いの顔を浮かべて、誰も口を開かない。
「アンチャンが強いかどうか、俺には分からん」
俺はアンチャンを見つめながら呟いた。
「でも無事に帰って来てくれて嬉しい。こんなに嬉しいクリスマスプレゼントは、生まれて始めて貰ったぞ」
歯欠けはグッフと変な息を吐きだし、走って境内から逃げ出した。ポカンとした表情のアンチャンは、笑おうとして失敗する。顔をグシャグシャにして鼻水を啜り上げた。それから俺をギュッと抱きしめる。
「僕も嬉しい。でも神社でサンタさんの話をしても大丈夫かな?」
「そんなの知らん。それより鼻水が付くから、顔を擦り付けるな」
俺はアンチャンを押し返す。小麦と愛美が居なくて良かった。また大騒ぎをする所だよなと、俺はボンヤリと考える。
日が落ちて急激に気温が下がる。アッという間に薄闇が、濃い闇へと変わって行く。境内から見える一番星が、不良たちを祝福するように一際明るく輝いて見えた。
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