第41話 存在しない記憶②

 盗賊団の頭であった転校生アモウは、不良生徒の小松原からの手痛い洗礼を受け、教室の床にキスをする存在になり下がった。倒れたアモウをぐるりと取り囲み、他の生徒たちは異口同音に「弱いおっさんのくせに生意気な奴だ」と冷ややかな笑みを浮かべている。教師が席に戻るようにと声を上げているが、生徒たちに戻る気配はない。


「くっそ、こいつら邪魔だな。アモウに近づけないじゃないか」


 高校生状態のサカキは、そんな彼らの輪の外からアモウの様子をうかがっていた。身長がクラスメイトの平均より少し低めのサカキは、精一杯背伸びして、ちょっと全身をプルプルさせていた。このよく分からない疑似世界から元の世界に戻るためには、アモウの協力が必要不可欠だった。


 この世界がサカキによって創られた『スクールカーストが全てを支配する疑似世界』という推測は、サカキ自身の直感によるものである。だが、それを裏付ける理由はいくつかあった。


 まず、この世界は、どうやらサカキの記憶をベースとしている。教室の風景は記憶と寸分たがわず一致しているように見え、どこか懐かしく思えた。そして、あの四十がらみの男性教師。サカキの高校生当時の担任教師の姿そのものであった。ただし、中身は少し違っているように見えた。この世界の彼は、問題児ばかりの生徒たちと少なからず打ち解けている。しかし、サカキの記憶にある彼は、優秀な生徒にはきちんとした指導をするものの、落ちこぼれに対して徹底的な無関心な立場をとっていた。


(めっちゃ先生してるよな、あの先生。あんな先生だったら、俺ももう少し高校生活を楽しめたんだろうか)


 考えても無駄なこと、とサカキは頭を振った。生徒たちに関しては……見事なまでに誰も知らなかった。同じスクールカースト底辺であった、かつての友人も存在していなかった。


(あれだけオタク談義をしていたあいつとも、高校卒業してからは疎遠になったんだよな。俺はあいつの何を知っていたんだろう)


 かつての友人の顔を思い出そうとしても靄がかかったように、その輪郭はひどく曖昧だった。不良生徒の小松原――彼に関しても、サカキは知らなかった。ただ、完全に知らないというと少し語弊がある。サカキは高校時代、かつての友人とともに不良生徒からいじめにあっていた。その相手というのが、小松と松原という名だった。いじめっ子の二人が一緒くたになっており、サカキにとっては真に悪夢の象徴といえた。


 次に、スクールカーストが全てを支配する世界であるということ。これは、青龍偃月刀を軽々と振り回すアモウが、高校生としてはガタイがよいものの並んでみれば線が細いと言い切れるほど体格差のある小松原によって、簡単に打ちのめされてしまったことを考えれば火を見るよりも明らかであった。他にも、ザ・盗賊団の頭という恰好のアモウは現実では本来ツッコミどころが満載のはずなのに、さほど教師や生徒たちにツッコまれてはいないし、ツッコミどころも少しずれているようにサカキは感じていた。


 これらのことから、サカキはこの世界を、自身が創り上げた『スクールカーストが全てを支配する疑似世界』と結論付けたのである。


「いつまでこいつら、アモウの周りを取り囲んでるんだよ」


 エデルがいれば、サイレントナーフされていなければ、地獄の炎ヘルフレイムで焼き払ってしまいたいところだった。サカキは昔を思い出して少し感傷的になっていたものの、一向にアモウに近づけないイライラが勝り始めた、まさにその時であった。


 ――時が止まったモノクロの世界になる。


 この現象についても謎が残されていた。ただ、これもまたサカキは、なんとなく原因が分かっていた。アモウと疑似世界を攻略するための会話をしようとしたところで起きた現象であり、要はメタい会話をこの世界の人物に聞かれてしまうと野暮であるため、定められた世界の仕様なのではないか、とサカキは考えていた。


(せっかくの世界観がぶち壊しになったら嫌だもんな。うーん、無意識の俺が創りだした世界とはいえ、我ながら意識が高いな)


 ひとつ、サカキはうなずくと、活動を停止してしまった人垣の隙間をすり抜けていき、ようやくアモウに近づくことができた。


「おい、アモウ! 起きろ」


 サカキが虚空を歪ませ、インベントリからエリクサーを取り出した。うつ伏せのアモウを抱えてひっくり返すと、泡を吹いている口の中にエリクサーを注ぎ込む。


「うぇぇぇっ! まずぅ!」


 大声を上げ、アモウが飛び起きた。HPの回復効果か、エリクサーがよほど口に合わなかったのか、それは定かではない。息を荒げるアモウを案じて、サカキは話しかける。


「あんた、大丈夫か?」

「大丈夫なわけないだろう! なんなんだ、あいつは! 素人丸出しの動きのくせに、まるで勝てる気がしなかったぞ!」

「当たり前だ。それが、この世界の絶対のことわり。スクールカーストだからな」

「スクールカースト? なんだ、それは?」


 サカキは、『スクールカーストが全てを支配する疑似世界』について、自身の推測も交えながら、その理不尽な仕組みをアモウに話した。


「――むむむ」アモウが難しい顔をして頭を掻く。「よくは分からんが、世界から底辺と認定された俺たちは、この世界の何者にも逆らうことができないということか」

「なんだ、分かってるじゃん。大体、合ってるぞ」


 歴戦の傷にまみれた、強面のアモウの顔が、ぱっと明るくなる。


「そうか! なら、この世界から出るにはどうすればいい?」

「そこなんだよなー」

「なに! 分からんというのか!」


 サカキの煮え切らない返答に、アモウは業を煮やす。


「まあ、そう焦るなって」にやけた顔でサカキは言う。「あの先生が担任ってことは、たぶん俺たちは高校三年っていう設定のはずだ。あ、俺の元いた世界では高校っていう勉強する所があって、三年で卒業になるのな。それの三年目が今ってわけだ。高校生活を卒業するまで頑張れば、あるいは目を付けてきた小松原をなんとかすれば、ひょっとして何かが起きるんじゃないかな」

「……保証は?」

「ない」

「やはり、話にならんではないか!」


 またもつっかかるアモウを、サカキはトランスパワーの輝きを込めた瞳で制した。


「おお、目力的な意味でも使えるのはちょっと便利だな」

「貴様……!」

「まあまあ。いつ戻れるか分からないんだし、もっと気楽にやっていこうぜってことだ」

「俺には、ヒトツクの世界で盗賊団の頭を張るという使命が――」


「それだよ、その思い込み!」サカキが四角い縁なしメガネをくいっとやった。「なんか心の奥で引っかかってるんだよ。俺、あんたのことを何か知っているような気がするんだ。それが、今のあんたと繋がってこなくて、その違和感が、この世界にあんたを引き込んだような気がする」

「盗賊団の頭である俺は……俺ではない、と?」

「そういうことだ」


 サカキの言葉に、アモウは腕を組んで押し黙った。


「分からん」口を開き、アモウは続ける。「もし、俺が今の俺ではない何者かであったとして、今の、今までの俺は一体なんだったというのだ」


「……さあな。そんなの誰かに聞くもんじゃないだろう」サカキの声は、先ほどまでの飄々としたものではなかった。「もし俺が答えを言ったとして、あんたはそれを簡単に信じるのか? そうじゃないはずだ。あんたは自分の足で立って、自分の目で見て、確かめに行くんだろう」


 静かで確信に満ちた声。サカキの黒の瞳を縁どる金環が強く輝いた。揺れるアモウの瞳をまっすぐに見据えて、サカキは言う。


「あんただけの、真実をな」


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ここまでご覧いただき、ありがとうございます。現在、更新を休止しておりますので、再開まで気長にお待ちいただけると幸いです。

平手武蔵

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ヒトツク 〜他人が作った未完成RPG世界への転移〜 平手武蔵 @takezoh

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