死んでも君から離れない

一視信乃

幼なじみと死後の恋

「おー、誰もいねー」

「まあうしつ時だし」

「城が攻められたのも、確かこのくらいの時間だったはずだ」

「へー」


 楽しげにはしゃぐ人たちを尻目に、僕は内心イライラしていた。

 幼なじみのに連れられ、市内にある心霊スポット・滝沢たきざわ城跡じょうせきに肝試しに来ていたが、はっきりいって憂鬱ゆううつでしかない。

 メンバーは、志於宇の遊び仲間の見るからにヤンチャな人たち四人と、志於宇と僕。

 残虐ざんぎゃく殲滅せんめつ戦で落城したという城跡しろあと鬱蒼うっそうとした森に囲まれ、五月の終わりだというのに寒いくらいだ。


「寒っ」

「なんか霧が出てきたな」

「城攻めのときも、霧が出てたんだと」

「マジか」


 ライトを手に騒ぎながら、四人は散策路を登っていく。

 志於宇の金髪頭が見えないが、先に行ってしまったんだろうか。

 彼の我儘わがままに毎回振り回される身としては、あんなヤツいなくなった方が嬉しいが、こんなとこに置き去りにされても困る。

 置いてかれないよう必死に足を動かしてたら、思い切り何かにつまずいた。


「うわっ」


 転ばないようとっに近くの木に手を突くと、今度は何かで切ったのか、指先にズキッと痛みが走る。


「痛っ」

「大丈夫か、?」


 すぐ後ろで声が聞こえ驚いて振り向くと、先に行ったと思っていた志於宇が、僕の手元を照らし覗き込んでいた。


「すげー血ぃ出てんじゃん」

「大丈夫、めときゃ治る」

「わけねーだろ、バイ菌入るわ」


 志於宇はボディバックから除菌シートを出すと素早く血をぬぐい、今度は絆創膏まで出して傷口に貼ってくれる。

 こういう面倒見の良さは、昔と変わっていない。

 ゴミをポケットにしまうと、彼はなぜか無傷な僕の左手をぎゅっと握った。


「何っ?」

「また転んでも困るし、霧も濃くなってきてはぐれたら面倒だから、手ぇ繋いでやる」


 彼のいうとおり、だいぶ霧が濃くなった気がする。

 周囲を見回すと、さっき手をついた木が風もないのうごめいてるように見え、思わず掴まれた手に力を込めると強く握り返された。


「ほら、行くぞ」

「うん」


 不本意ながらも彼に手を引かれ歩き出す。

 ゆっくりとした足取りで最初しばらく無言だったが、だんだん沈黙に耐えきれなくなったのか、なんだか上擦ったような声で志於宇がいきなり喋り出した。


「そういえば、ここにはお前が見たがってたサン──」

「うわぁっ!」


 どこかで悲鳴が上がり、志於宇も一旦口を閉じる。


「なんだ?」


 足を止め耳を澄ますと、すっかり辺りを覆ってしまっていた霧の向こうから、大勢の人の雄叫びや馬の嘶き、何かが破裂したような音や空を切り裂くような音、激しく金属を打ち鳴らすような硬い音まで聞こえてくる。

 今ここで合戦が行われているかのようだ。

 繋いだ互いの手に無意識に力が入る。

 そのとき、こちらへ近付いてくる人影が見えた。


「あ、志於宇」


 それは、車を出してくれた先輩とかいう人だった。


「先輩、他の連中は?」

「わからん。お化けが出たって、パニックになってバラバ──」


 先輩の言葉が不自然に途切れる。

 その瞬間、何かがしゅっと空を切ったかと思うと、ぶわっと目の前に赤い飛沫が上がった。

 それは先輩の首辺りから吹き上がっていて、次いで身体が勢いよく倒れる。

 直前に何かが吹っ飛び、転がり落ちたような重たい音がしたのを思い出し、気になって足元を見ようとすると、志於宇が「見るな!」と鋭く叫んだ。

 その余韻に重なるように、カチャカチャと奇妙な音が近付いてくる。

 まるで何かが包囲を狭めてくるような──。


「逃げよう、真那志」


 ぐいっと強く腕を引かれた。


「早くっ」

「う、うん」


 僕も急いで走り出す。

 チラッと見えた霧の奥に、武者らしき姿を見たような気がした。


 手を引かれるまま闇雲に走っていくと、ほんの少し開けた場所に出た。

 霧が薄く、僕らの息遣いや水の音以外、何も聞こえてこないので、そこでようやく足を止める。


「なんなんだ、あれ? マジでお化け?」


 あえぎながらいう志於宇を睨み、僕は繋いでた手を乱暴に振りほどいた。


「志於宇のせいだよ。志於宇がこんなとこ連れてくるから」

「それは──」

「今日だけじゃない。いつもそう。いつも振り回されて迷惑してる」


 一度たがが外れると、次々文句が溢れてくる。

 僕は後ろへ下がり、志於宇から距離を取りながら、それでも真っ直ぐ彼だけを見ていった。


「もうイヤなんだ。一緒にいるとすごい疲れる」

「真那志……」

「僕のことは放っておいてっ」


 呆然と僕を見ていた志於宇の目が、ハッと大きく開かれた。


「危ないっ!」


 叫びとともに勢いよく、僕は左に突き飛ばされる。

 咄嗟に受け身を取れず強い痛みを感じたが、それでも急いで身を起こすと、さっきまで僕がいたとこに立つ志於宇の背中から、何かが突き出していた。


「え? 刀? 槍?」


 それがまた背に吸い込まれるように消えると、今度は背中と胸から真っ赤な血が勢いよく溢れ出す。

 志於宇の身体がぐらりと傾いた。

 最後にこっちを見て、何か呟きながら倒れていく。

 何をいったか聞こえなかったが、その口からごぽりと血が吹き出していたのは見えた。


「志於……」


 僕は座ったまま、動くことが出来なかった。

 志於宇を仕留めた槍が、今度は僕を狙ってるのがわかる。

 せっかく助けてもらったのに、最早どうすることも出来ない。

 もうダメだと覚悟を決めたとき、何かが地面の下を駆け抜けた気がした。

 倒れていた志於宇が、びくびく震えたかと思うと、腕を支えに立ち上がろうとする。


「それは私のだ」


 唸るように吠え、地を蹴って飛び出した志於宇の手が槍の穂先を掴んだ。

 そして、反対の手を前に突き出すと、何か突風のような衝撃が起こり、霧の中から断末魔じみた絶叫が響く。

 手に残る槍を捨て両手を打ち合わせると、また空気が弾け、悲鳴とともに周囲の霧が散った。


「志於宇?」


 恐る恐る呼びかけると、志於宇がゆるりと振り返る。

 その両目が赤く輝いていて、僕は息を飲んだ。

 志於宇じゃないと本能が告げる。

 人じゃない、化け物だと。

 その足が、ややぎこちなくこちらに向いた。

 先ほど武者をほふった腕が、今度は僕へと伸びてきたが、それは寸でのところでピタリと止まった。


「ざ、けんな……何が、私のだ」


 腕を下ろすと苦しげに目を閉じ、肩を上下させながら志於宇は低く呟く。


「真那志は誰にもやんねーから」


 再び瞼が開いたとき、その目はもう赤くなかった。


「立て、真那志。早くっ」

「う、うん」

「俺が殿しんがり務めるから、お前は前だけ見て進め。絶対振り返んな」


 有無をいわせぬ強い口調に、僕は黙って従った。

 霧が晴れた方へ歩き出すと、足音がついてくる。

 時折何か耳を塞ぎたくなるような音が聞こえたりもしたが、志於宇がやられたんじゃないのはわかるから振り返らなかった。

 そうやって進むうち、前方に光が見えてきた。

 街灯の明かりだ。


「志於宇、街灯が」

「ああ、ここまでくれば大丈夫だ。まだバスねーけど、お前なら一人でも帰れんだろ」

「一人でもって、志於宇は?」

「俺は帰れない」

「なんで──」


 驚いて振り向くと、赤い瞳が僕を見ていた。


「振り向くなっていったのに」


 志於宇が笑い、赤い二つの光が揺れる。

 さらにこめかみの辺りからは、牡鹿の角のようなものが二本突き出していた。

 それは恐ろしくもあり、神々しくもある姿だ。


「俺はもう死んで、今この身に根を張り動かしてんのは樹木じゅぼっだ」

「じゅぼっこ?」

「戦場とかで、たくさん血ぃ吸った木が変化する化けモンだ。ホントはなんだか知んねーけど、大体そういうヤツだコイツは。お前の血で目覚め、その味が忘れらんなくて、ニオイを辿って追っかけてきたんだと。とんだストーカー野郎だよな」


 自嘲するようにいい、志於宇は目を逸らす。


「コイツは今もお前の血を吸いたがってる。だから一緒には行けない。ごめん、今まで迷惑かけて」

「そんな……」


 僕が一歩踏み出すと、志於宇はまた顔を上げた。


「泣くな」


 細い指が、ためらいがちに僕の頬に触れる。

 そっと涙を拭うとすぐに離れ、彼はきびすを返した。

 僕はただ突っ立ったまま、闇に消える後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


 いなくなれば嬉しいとあれほど思ってたのに、どうして胸が痛むんだろう。

 後ろめたさのせい?

 違う、僕、本当は……。

 今さら気付いた想いを胸に、僕は一人光の方へと歩き出した。



 あれから七年が過ぎた。

 あの日、なんとか家に帰った僕は、一睡もせずまた学校へ行った。

 志於宇がくるかと淡い期待をしたが、彼は登校してこなかった。

 そして、その日のニュースで、心霊スポットとして有名な城跡で、うちの生徒たちの惨殺死体がみつかったと報道され、校内は騒然となった。

 みつかった遺体は四つ。

 志於宇の遺体は出てこなかった。

 行方のわからぬ彼が仲間を殺し逃げたって噂も立ったが、現場からは志於宇の血も大量にみつかっていて、おそらく彼も生きていないだろうといわれた。

 僕が報復したなんていうヤツもいたけど、その手の噂も徐々になくなり、僕は無事高校を卒業して大学生になり、社会人になった。

 その間ずっと生死不明のままだった志於宇は、ついに今日失踪宣告がなされ、葬儀が開かれた。


 黒いネクタイをゆるめながら、僕は自宅アパートの階段を登る。

 大学生の頃からずっと、僕は一人暮らしをしていた。

 三階の角部屋までくると、すでに鍵は開いていた。

 また来てんのか。

 僕は急いで靴を脱ぎ、殺風景なワンルームを見回す。

 ベッドに横たわってたヤツが、僕に気付き起き上がった。


「お帰り。あれ? 喪服? 誰か死んだのか?」

「誰かって、君の葬儀に行ってたんだけど」

「俺の?」


 金髪の少年がベッドに腰かけ首を傾げる。

 今は頭に角はなく、目も赤くない。

 高校生のときの志於宇そのままだ。


「良かったのか、帰らなくて」


 ネクタイと上着をハンガーにかけながら聞くと、彼はあっさりいいといった。


「俺はもう人じゃねーし、真那志さえいればいい」


 照れもなくいいきって、上目遣いに僕を見上げた。


「それより、腹減った」

「待て、ズボンがしわになる」

「もう充分待った」


 志於宇は立ち上がると、ベルトを外そうとしていた僕の手を後ろからぎゅっと抑えてくる。


「志於──」


 文句は振り向き様、止められた。

 強引に歯の間から舌をじ込まれ、液を舐めとりながら吸われて、僕は彼に再会したときを思い出す。


 それは実は、城へ行った翌日のこと。

 下校中いきなり現れた彼は、試してみたいことがあると強引に往来でディープな口付けをかまし、僕のファーストキスを奪ったのだ。

 なんでもあのあと、指に残った僕の涙をついペロッと舐めた志於宇は全身に力がみなぎるのを感じ、涙もいけると〈じゅぼっこ?〉も思い、これはもしや他の体液もいけるのではとなって、遥々はるばる山を下りてきたらしい。

 そして予想通り、唾液もいけると利害が一致した彼らは、こうして僕に会いにくるようになった。


 志於宇の舌が口から離れると、今度は汗ばんできた肌を舐め出す。


「やめ、くすぐったい」


 いつのまにかシャツもズボンもすべて脱がされ、ベッドに押し倒された僕は、全身くま無く味わおうとする彼にされるがままになっていた。

 ワンコみたいと思っていたら、急に志於宇が薄赤い目で僕を見下ろしてきた。

 傲慢ごうまんな彼らしくない、すがるような目だ。


「好きだよ、真那志」

「知ってる」


 僕は細い首に腕を回し抱き寄せると、その耳元にささやきかける。


「僕だって、志於宇のこと好きだよ」



 カーテンの端から光が漏れ、鳥の鳴く声が聞こえる。

 どうやら朝になったようで、志於宇は山へ帰ったようだ。

 僕はシャワーを浴びると、昨日志於宇のお父さんから貰った手帳を手に取った。

 君の名前がたくさんあったからといわれ開いてみると、志於宇が一方的に決めてた僕との予定があれこれ書き込んである。

 あんな派手な見た目でも、彼は意外とアナログでメモ魔だ。

 大きな字が並ぶページを順にめくっていくと、あの日の日付が目に付いた。

 滝沢城の隣にサンコウチョウと書いてある。

 僕が昔見たいといった鳥の名だ。

 あとから知ったが、滝沢城は野鳥スポットでもあり、ちょうどあの季節には、サンコウチョウが見られるという。

 僕にそれを見せたくて彼はあそこに行ったのか?


「バカだな」


 呟いたとき、急に手が震え、手帳を取り落としてしまった。

 最近時々こんな風に身体がおかしくなるときがある。

 もしかしたら、アイツに精を吸われてるせいかもしれない。

 昔話にもあったよな?

 化け物とまぐわい、死んじゃう話が。


 それでも僕は構わない。

 あの日気付いてしまった想いが、この胸の中にある限り、僕は絶対何があっても、死んでも君から離れない。

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