死んでも君から離れない
一視信乃
幼なじみと死後の恋
「おー、誰もいねー」
「まあ
「城が攻められたのも、確かこのくらいの時間だったはずだ」
「へー」
楽しげにはしゃぐ人たちを尻目に、僕は内心イライラしていた。
幼なじみの
メンバーは、志於宇の遊び仲間の見るからにヤンチャな人たち四人と、志於宇と僕。
「寒っ」
「なんか霧が出てきたな」
「城攻めのときも、霧が出てたんだと」
「マジか」
ライトを手に騒ぎながら、四人は散策路を登っていく。
志於宇の金髪頭が見えないが、先に行ってしまったんだろうか。
彼の
置いてかれないよう必死に足を動かしてたら、思い切り何かに
「うわっ」
転ばないよう
「痛っ」
「大丈夫か、
すぐ後ろで声が聞こえ驚いて振り向くと、先に行ったと思っていた志於宇が、僕の手元を照らし覗き込んでいた。
「すげー血ぃ出てんじゃん」
「大丈夫、
「わけねーだろ、バイ菌入るわ」
志於宇はボディバックから除菌シートを出すと素早く血を
こういう面倒見の良さは、昔と変わっていない。
ゴミをポケットにしまうと、彼はなぜか無傷な僕の左手をぎゅっと握った。
「何っ?」
「また転んでも困るし、霧も濃くなってきてはぐれたら面倒だから、手ぇ繋いでやる」
彼のいうとおり、だいぶ霧が濃くなった気がする。
周囲を見回すと、さっき手をついた木が風もないの
「ほら、行くぞ」
「うん」
不本意ながらも彼に手を引かれ歩き出す。
ゆっくりとした足取りで最初しばらく無言だったが、だんだん沈黙に耐えきれなくなったのか、なんだか上擦ったような声で志於宇がいきなり喋り出した。
「そういえば、ここにはお前が見たがってたサン──」
「うわぁっ!」
どこかで悲鳴が上がり、志於宇も一旦口を閉じる。
「なんだ?」
足を止め耳を澄ますと、すっかり辺りを覆ってしまっていた霧の向こうから、大勢の人の雄叫びや馬の嘶き、何かが破裂したような音や空を切り裂くような音、激しく金属を打ち鳴らすような硬い音まで聞こえてくる。
今ここで合戦が行われているかのようだ。
繋いだ互いの手に無意識に力が入る。
そのとき、こちらへ近付いてくる人影が見えた。
「あ、志於宇」
それは、車を出してくれた先輩とかいう人だった。
「先輩、他の連中は?」
「わからん。お化けが出たって、パニックになってバラバ──」
先輩の言葉が不自然に途切れる。
その瞬間、何かがしゅっと空を切ったかと思うと、ぶわっと目の前に赤い飛沫が上がった。
それは先輩の首辺りから吹き上がっていて、次いで身体が勢いよく倒れる。
直前に何かが吹っ飛び、転がり落ちたような重たい音がしたのを思い出し、気になって足元を見ようとすると、志於宇が「見るな!」と鋭く叫んだ。
その余韻に重なるように、カチャカチャと奇妙な音が近付いてくる。
まるで何かが包囲を狭めてくるような──。
「逃げよう、真那志」
ぐいっと強く腕を引かれた。
「早くっ」
「う、うん」
僕も急いで走り出す。
チラッと見えた霧の奥に、武者らしき姿を見たような気がした。
手を引かれるまま闇雲に走っていくと、ほんの少し開けた場所に出た。
霧が薄く、僕らの息遣いや水の音以外、何も聞こえてこないので、そこでようやく足を止める。
「なんなんだ、あれ? マジでお化け?」
「志於宇のせいだよ。志於宇がこんなとこ連れてくるから」
「それは──」
「今日だけじゃない。いつもそう。いつも振り回されて迷惑してる」
一度
僕は後ろへ下がり、志於宇から距離を取りながら、それでも真っ直ぐ彼だけを見ていった。
「もうイヤなんだ。一緒にいるとすごい疲れる」
「真那志……」
「僕のことは放っておいてっ」
呆然と僕を見ていた志於宇の目が、ハッと大きく開かれた。
「危ないっ!」
叫びとともに勢いよく、僕は左に突き飛ばされる。
咄嗟に受け身を取れず強い痛みを感じたが、それでも急いで身を起こすと、さっきまで僕がいたとこに立つ志於宇の背中から、何かが突き出していた。
「え? 刀? 槍?」
それがまた背に吸い込まれるように消えると、今度は背中と胸から真っ赤な血が勢いよく溢れ出す。
志於宇の身体がぐらりと傾いた。
最後にこっちを見て、何か呟きながら倒れていく。
何をいったか聞こえなかったが、その口からごぽりと血が吹き出していたのは見えた。
「志於……」
僕は座ったまま、動くことが出来なかった。
志於宇を仕留めた槍が、今度は僕を狙ってるのがわかる。
せっかく助けてもらったのに、最早どうすることも出来ない。
もうダメだと覚悟を決めたとき、何かが地面の下を駆け抜けた気がした。
倒れていた志於宇が、びくびく震えたかと思うと、腕を支えに立ち上がろうとする。
「それは私のだ」
唸るように吠え、地を蹴って飛び出した志於宇の手が槍の穂先を掴んだ。
そして、反対の手を前に突き出すと、何か突風のような衝撃が起こり、霧の中から断末魔じみた絶叫が響く。
手に残る槍を捨て両手を打ち合わせると、また空気が弾け、悲鳴とともに周囲の霧が散った。
「志於宇?」
恐る恐る呼びかけると、志於宇がゆるりと振り返る。
その両目が赤く輝いていて、僕は息を飲んだ。
志於宇じゃないと本能が告げる。
人じゃない、化け物だと。
その足が、ややぎこちなくこちらに向いた。
先ほど武者をほふった腕が、今度は僕へと伸びてきたが、それは寸でのところでピタリと止まった。
「ざ、けんな……何が、私のだ」
腕を下ろすと苦しげに目を閉じ、肩を上下させながら志於宇は低く呟く。
「真那志は誰にもやんねーから」
再び瞼が開いたとき、その目はもう赤くなかった。
「立て、真那志。早くっ」
「う、うん」
「俺が
有無をいわせぬ強い口調に、僕は黙って従った。
霧が晴れた方へ歩き出すと、足音がついてくる。
時折何か耳を塞ぎたくなるような音が聞こえたりもしたが、志於宇がやられたんじゃないのはわかるから振り返らなかった。
そうやって進むうち、前方に光が見えてきた。
街灯の明かりだ。
「志於宇、街灯が」
「ああ、ここまでくれば大丈夫だ。まだバスねーけど、お前なら一人でも帰れんだろ」
「一人でもって、志於宇は?」
「俺は帰れない」
「なんで──」
驚いて振り向くと、赤い瞳が僕を見ていた。
「振り向くなっていったのに」
志於宇が笑い、赤い二つの光が揺れる。
さらにこめかみの辺りからは、牡鹿の角のようなものが二本突き出していた。
それは恐ろしくもあり、神々しくもある姿だ。
「俺はもう死んで、今この身に根を張り動かしてんのは
「じゅぼっこ?」
「戦場とかで、たくさん血ぃ吸った木が変化する化けモンだ。ホントはなんだか知んねーけど、大体そういうヤツだコイツは。お前の血で目覚め、その味が忘れらんなくて、ニオイを辿って追っかけてきたんだと。とんだストーカー野郎だよな」
自嘲するようにいい、志於宇は目を逸らす。
「コイツは今もお前の血を吸いたがってる。だから一緒には行けない。ごめん、今まで迷惑かけて」
「そんな……」
僕が一歩踏み出すと、志於宇はまた顔を上げた。
「泣くな」
細い指が、ためらいがちに僕の頬に触れる。
そっと涙を拭うとすぐに離れ、彼は
僕はただ突っ立ったまま、闇に消える後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
いなくなれば嬉しいとあれほど思ってたのに、どうして胸が痛むんだろう。
後ろめたさのせい?
違う、僕、本当は……。
今さら気付いた想いを胸に、僕は一人光の方へと歩き出した。
あれから七年が過ぎた。
あの日、なんとか家に帰った僕は、一睡もせずまた学校へ行った。
志於宇がくるかと淡い期待をしたが、彼は登校してこなかった。
そして、その日のニュースで、心霊スポットとして有名な城跡で、うちの生徒たちの惨殺死体がみつかったと報道され、校内は騒然となった。
みつかった遺体は四つ。
志於宇の遺体は出てこなかった。
行方のわからぬ彼が仲間を殺し逃げたって噂も立ったが、現場からは志於宇の血も大量にみつかっていて、おそらく彼も生きていないだろうといわれた。
僕が報復したなんていうヤツもいたけど、その手の噂も徐々になくなり、僕は無事高校を卒業して大学生になり、社会人になった。
その間ずっと生死不明のままだった志於宇は、ついに今日失踪宣告がなされ、葬儀が開かれた。
黒いネクタイをゆるめながら、僕は自宅アパートの階段を登る。
大学生の頃からずっと、僕は一人暮らしをしていた。
三階の角部屋までくると、すでに鍵は開いていた。
また来てんのか。
僕は急いで靴を脱ぎ、殺風景なワンルームを見回す。
ベッドに横たわってたヤツが、僕に気付き起き上がった。
「お帰り。あれ? 喪服? 誰か死んだのか?」
「誰かって、君の葬儀に行ってたんだけど」
「俺の?」
金髪の少年がベッドに腰かけ首を傾げる。
今は頭に角はなく、目も赤くない。
高校生のときの志於宇そのままだ。
「良かったのか、帰らなくて」
ネクタイと上着をハンガーにかけながら聞くと、彼はあっさりいいといった。
「俺はもう人じゃねーし、真那志さえいればいい」
照れもなくいいきって、上目遣いに僕を見上げた。
「それより、腹減った」
「待て、ズボンが
「もう充分待った」
志於宇は立ち上がると、ベルトを外そうとしていた僕の手を後ろからぎゅっと抑えてくる。
「志於──」
文句は振り向き様、止められた。
強引に歯の間から舌を
それは実は、城へ行った翌日のこと。
下校中いきなり現れた彼は、試してみたいことがあると強引に往来でディープな口付けをかまし、僕のファーストキスを奪ったのだ。
なんでもあのあと、指に残った僕の涙をついペロッと舐めた志於宇は全身に力が
そして予想通り、唾液もいけると利害が一致した彼らは、こうして僕に会いにくるようになった。
志於宇の舌が口から離れると、今度は汗ばんできた肌を舐め出す。
「やめ、くすぐったい」
いつのまにかシャツもズボンもすべて脱がされ、ベッドに押し倒された僕は、全身
ワンコみたいと思っていたら、急に志於宇が薄赤い目で僕を見下ろしてきた。
「好きだよ、真那志」
「知ってる」
僕は細い首に腕を回し抱き寄せると、その耳元に
「僕だって、志於宇のこと好きだよ」
カーテンの端から光が漏れ、鳥の鳴く声が聞こえる。
どうやら朝になったようで、志於宇は山へ帰ったようだ。
僕はシャワーを浴びると、昨日志於宇のお父さんから貰った手帳を手に取った。
君の名前がたくさんあったからといわれ開いてみると、志於宇が一方的に決めてた僕との予定があれこれ書き込んである。
あんな派手な見た目でも、彼は意外とアナログでメモ魔だ。
大きな字が並ぶページを順にめくっていくと、あの日の日付が目に付いた。
滝沢城の隣にサンコウチョウと書いてある。
僕が昔見たいといった鳥の名だ。
あとから知ったが、滝沢城は野鳥スポットでもあり、ちょうどあの季節には、サンコウチョウが見られるという。
僕にそれを見せたくて彼はあそこに行ったのか?
「バカだな」
呟いたとき、急に手が震え、手帳を取り落としてしまった。
最近時々こんな風に身体がおかしくなるときがある。
もしかしたら、アイツに精を吸われてるせいかもしれない。
昔話にもあったよな?
化け物とまぐわい、死んじゃう話が。
それでも僕は構わない。
あの日気付いてしまった想いが、この胸の中にある限り、僕は絶対何があっても、死んでも君から離れない。
死んでも君から離れない 一視信乃 @prunelle
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