イモのスープ 〜六花牢国転覆譚ノ断章〜
雨蕗空何(あまぶき・くうか)
イモのスープ
止まない吹雪が、小屋の窓も小屋自体も揺らしている。
待ったところで収まることはない。少年キバは淡々と考えた。
考えながら、くすんだ赤茶の髪をかき分けて、側頭部の傷を手当てした。
この土地は守護範囲外だ。六花牢国カザハナを守る六体の守護精霊により、こういう見捨てられた土地の『幸運』は徴収され、都市部への『再分配』により快適な気候や豊かな作物が保障される。そして『幸運』を失って厳しい環境になった土地は、国外からの脅威や都市部にいられない後ろ暗い者をさいなむ自然の障壁として機能する。
よくできた仕組みだ。『幸運』の総量が、
小屋の別のすみから、たどたどしい少女のような声がした。
「キバ。ごはん、作った、よ? うまくできたか、分からない、けど、食べてほしい、な」
キバは振り返った。
小屋の向こうのすみ、粗末ながら調理場とおぼしき、火を使える一角。
そこから声をかけた存在。焼けた炭のように赤い光が内側で明滅する、腐肉でできたイバラのような姿。
守護精霊アギィタ。
一般の人間には秘匿された、守護精霊の末妹、七体目の守護精霊である。
キバはのそりと立ち上がって、肩を回して打ち身の具合を確認しながら歩み寄った。
「悪いなアギィタ。食えりゃなんでもよかったんだが」
「せっかくだから、おいしく食べて、ほしいな、って」
腐肉のイバラは明滅しながら、もじもじと縮こまった。
キバはぐつぐつ煮える鍋をのぞき込んで、中のスープとイモを椀によそって、口をつけて……咳き込んだ。
「アギィタ……塩はこの半分……いや四分の一でいい……」
「ごめん、味、分かんなくて、おいしくなかっ、た?」
「いや……」
キバは水を飲んで、スープを飲んで、真顔でまた水を飲んだ。
「めちゃくちゃウメェよ。アギィタの気持ちが詰まりすぎて胸いっぱいではち切れそうだから、ちょっと手加減してくれってことだ」
「そうなん、だ。うん、わたし、キバのこと、好き」
アギィタの中で燃える光が、チカチカとまたたいた。
キバはさじを使ってイモの塊を割ろうとした。割れずに椀の中をぐるんぐるん回った。
アギィタはイバラの先端でちょっとだけキバに触れて、もじもじと揺れながら尋ねた。
「できれば、キバにたくさん、おいしいもの食べて、ほしい、から。
キバ、好きなものとか、嫌いなものとか、ある?」
「好き嫌いとか言ってる余裕なかったからなぁ。イモに火を通してられないことも多かったし」
キバはイモをつかんでかじった。ゴリゴリと音が鳴った。
それからキバは少し考えて、もじもじと縮こまるアギィタをちらりと見て、また正面に目を向けて言った。
「だから、そうだな。これからアギィタが作ってくれるものを美味いと感じて、そうじゃないものを不味いと感じて、それで好き嫌いができていくんじゃねぇかな」
アギィタは縮こまった体をぴょこりと伸ばして、赤い光を明滅させながらぬるりとキバの正面に回って、はずんだ声を出した。
「じゃあ、わたし、がんばって、ご飯作る、ね。
キバにたくさんご飯、作って、キバに好き嫌いが、できるくらい頑張る、ね」
「好き嫌いって、できていいものだったかなぁ」
キバが苦笑して、アギィタはそれにつられるように赤い光を激しく明滅させた。
止まない吹雪が、小屋の窓も小屋自体も揺らしていた。
◆
「……ずいぶん昔のことを……思い出しちまったなぁ」
まどろみから目覚めて、キバは体を伸ばしながら身を起こした。
天井に頭をぶつけそうになる。浅くて狭い洞穴。
荷物を取ろうと手探りで左手を伸ばして、水たまりに指が触れた。
のぞき込むと、キバの顔が映った。
肩までかかる赤茶の髪。少年から青年へと移り変わる過程の、現在のキバの顔。
キバは洞穴の外へ顔を向けた。
雪はまだちらついているが、雲が切れて日が出て、この洞窟の中まで射し込んでいた。
左手で荷物を拾って、キバは外に出た。
白く染まる、雪の大地。
その向こう、国境線を境目にして、異様なほどくっきりと色が変わり、黒々とした土地があった。
キバはしばらく、その景色をながめた。
それから右腕に融合した腐肉のイバラで、荷物をあさった。
手探りで取り出して、それが生のイモだったので一度荷物に戻しかけて、それから思い直して、そのままかじった。
久方ぶりに食べた生のイモは、びっくりするほど不味かった。
イモのスープ 〜六花牢国転覆譚ノ断章〜 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker
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