間話

「若いって、いいわねぇ……」


 明かりの少ないキッチン、片付けられた食卓にひとり座り、双波怜の祖母――双波霜子ふたなみそうこはしみじみと呟く。

 

 その手には氷と緑茶の入った透明なコップがある。怜と同じデザインで、霜子がホームセンターで買ってきたものだ。

 

 買い物はいつも悩む。というのも、平日も休日も、どんな場所でも、怜は決して外に出ようとしないからだ。

 

 故に霜子は、商品を手に取るとカゴに入れる前に、「レンちゃんはあっちのほうが好きかしら」と迷ってしまう。

 何を買ってきても怜は不満、希望を口にしないので無駄なのかもしれないが。

 

 冷えた緑茶を口に含む。カラン、と氷が涼しげな音を立てる。


「レンちゃん、さっきまでとは違う顔をしてたわ」


 怜が座っていた席を見ながら、霜子は思い返す。

 

 昼間、二人は喧嘩――というより衝突をした。それも一方的な。

 あのときの怜は、ひどく悲しそうな、寂しそうな目をしていた。

 

 そんな目をさせたのはもしかしたら私なのかもしれない、と自責の念を抱く。

 教えてよ、と言われても霜子は答えることができなかった。感情を振りまく怜に驚いて固まっていることしかできなかった。

 なにか取り返しのつかないことになってしまったのではないか、と感じていた。このまま怜は、祖母である自分にすら心を閉ざして本当に孤独になってしまうのではないか、と。

 

 だが先の夕食。

 怜は確かに、霜子の話に耳を傾けてくれていた。


『私、分かるよ、分かるから……お祖母ちゃんが何を言おうとしてるのか……だから、何も言わないで』


 そのセリフが何度も脳内で繰り返される。

 決して強くはない、だが決意に満ちた声だった。果たして、怜は霜子の話を聞いてどう思っただろうか。

 

 分かるはずもないけれど、彼女が前を見るきっかけになってくれたらいい、と霜子は願っている。

 

 きっと、悩んで転んで挫けて躓いて、それでも立ち上がるのが若者の特権だ。なればこそ、その背中を押してやる者、見守る者がしっかりしなければ。

 

 霜子は頬を叩き、怜に対する心配を捨て去った。

 

 あの子はやってくれるはずよ。いや、やってくれるわ。自分なりに考え悩んで、その末に答えを見つけられるわ、レンちゃんなら。

 そんなことを思いながら、霜子は緑茶を一気に流し込んだ。ちょっと苦くて濃い、怜のつくった緑茶だった。

 

 階段を見やる。霜子の目には確かに、怜の大きくなった背中が映っていた。


「レンちゃん、いまなにをしているのかしらねぇ……」

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―Code World― 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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