第5話 アルナス・ファーガソンの告白

 ハリー、君がこれを読んでいるのなら、僕はもう死んでるはずだ。長い間本当にありがとう。僕の二十七年の人生で、友達と呼べる人間は君だけだった。


 君は僕がなぜこんな事をしたか不思議に思っているだろう。

 カーレンは僕が兄だと知っていた。

 ハリーがドナにプロポーズしたのを聞いて「いいな、従兄弟同士は結婚できるから」そう言ったときの泣き出しそうな彼女の目。


 ああこの子は僕が兄だと知っている、そう僕に確信させた。

 なのにカーレンはこう言った、僕を兄と承知でこう言ったんだ。


「私たちはまだなの?私、待ってるのよ」

 その時、僕の頭の中が真っ赤になった。――欲しいんだろう? だったら手に入れろ――




 ハリー、君がこれを読んでいるのなら、カーレンはやっぱり「イエス」と答えたんだね。


 わかってる、カーレンは僕を愛している。僕だってカーレンを愛している。

 彼女がママそっくりだという理由で! 


 抑えられないのは、分かっていた。だから兄として、僕は妹と罪を犯すことのないように、僕を殺してしまうことにしたんだ。

 僕の義足に新しいプログラムを設定した。もしカーレンが、イエスと答えたなら、僕はプログラムのスイッチを入れる。

 義足のヒールトップはとれやすくしてあり、なかにはアイスピックを仕込んである。僕の頬に傷をつけた記念の品だ。これが僕の首を狙って攻撃してくる。僕の脳波が完全に停止するまで止まることは無い。


 僕の脳波が止まれば攻撃は終わる。僕らの悲しい運命も。


 ハリー、君には迷惑ばかりかける。僕が死んだら、君の目の前にあるフリーザーの中のママを、カーレンに返してやってほしい。そしてこの手紙を読ませて、伝えて欲しい。ママを独り占めにしたかった悪い子は君じゃ無い、僕だったと。


 僕が君のママを誘拐して殺したピンヒールキラーなんだと。

 なぜそうなったのかを書いておく。君にだけは嘘はつけない。


 ママが来るはずだったあの日、僕はVHSテープの中の、パパの着ていたのと同じダンス服をあつらえて、新品の手袋をしてワクワクして待ってた。


 ママのために新しいドレスと靴も用意した。ごちそうもたくさん取り寄せて、冷蔵庫いっぱい用意した。

 おじいさんの好みの古い家具は捨てて、後でママと新しい妹が喜ぶ家具を買いに行こうと、お金も用意した。

 ママに会える。また一緒に暮らせるんだ。


 なのにママから電話が来て、妹が会いたくないと駄々をこねてる、説得してるから少し遅れると言うんだ。

 RRダイナーならすぐ近くだ。僕は、車を走らせて店に向かった。


 店に入ると、途端に「ノー!ノー!ノー!」とゆう店中に響く声がした。

 ママそっくりの小さな女の子が、泣きながら叫んでいた。

 そして、向かい側にママがいた。泣きそうな顔で必死に女の子を宥めようとしていた。

 僕はとっさに背を向けて近くの席にかくれた。


「私より兄さんの方が大事なのよね、私を捨てる気なんだ。勝手にするといいわ、私アニーみたいに孤児院にでも行って一人で生きていくから」


 ママはとうとう泣き出してこう言った

「カーレン、ママが一番愛してるのはあなたなのよ。兄さんには、いけなくなったって電話するから」


 その時、世界が壊れる音がして、頭の中が真っ赤になった。

 ママに会いたくて、泣き暮らした十二年の間、あの女の子はママを独り占めしてきた。僕は、あの子の半分の六年しかママと一緒にいられなかったのに。


 そんな僕をママに合わせない気なんだ。まだママを自分だけのものにする気なんだ。


 ――カーレン、ママが一番愛してるのはあなたなのよ――

 じゃあ僕のことは?もう愛してないの?僕は二番目だからいらないの?


 その時、ママが戻ってきた。電話が通じないからまた後でかけると言って、二人で店を出て行った。

僕は後について店を出た。

 二人が車に乗るのを確認して、後をつけた。スプリングフィールドに戻っていく。

ファーガソン邸とは反対方向、僕に合わずに帰る気なんだ!


 その時急に前の車が路肩に止まった。

 女の子が何か言って、ママが後ろを向いた。泣いていた。

 あのガキ、また何か言ってママを泣かせたんだ。


 頭の中がまた真っ赤になった。

 許さない、あんなガキにママは渡さない!

 僕はうしろから追突した。

 慌てて前の車は、発車した。

 僕は追いかけ、何度も後ろから追突した。

 ママの車は細い枝道に逃げたけど、僕は追い続けた。


 スピードを上げて逃げようとしたママの車は、カーブで曲がりきれずに道の外に落下した。


 子供の悲鳴。斜めに横倒しになった車からママが這い出してきた。

「カーレン待ってて、すぐ道具を取ってくる」

 よろけながら車のトランクを開けて、ジャッキを出そうとして、中に屈み込んだ。

 その口を後ろから塞ぐ。くぐもった悲鳴。


「ママ?ママどうしたの?」

 車の中から声がした。


 ママが口を塞いだ僕の指を噛んだ。

 僕は悲鳴をあげる。

 逃げようとするママを髪を掴んで引き戻し、思い切り殴った。

 ママは動かなくなった。

 足を掴んで僕の車まで引きずっていく。

 その間中、車の中からガキの声がしていた。


「ママ、ママ返事して。ママー」


 僕は車を発車させてファーガソン亭に戻った。

 僕だけのママを連れて。

 もうどこにもやらない、ずっと僕だけのものだ。

 世界中が真っ赤になっていた。



 車を止めて、非常階段から二階に上がり、ベランダから部屋に入る。

 一番広くて、日当たりが良くて良い部屋だ。

 ここでママは僕とずっと一緒に暮らすんだ。


 ママが目を開けた。

「アンディ?これは夢なの」

 僕はママの手を取って立たせる。


「僕はアルナスだよ、ママ。僕たちの家にようこそ。

 さあ、そんなサンダル脱いでヒールに履き替えて。約束したでしょう僕とタンゴを踊るって」


「アルナス?本当に?まあ、あなたったらパパにそっくり。そうだカーレンは?」


「知らない。まだ車の中じゃないかな、置いて来たから」


「そんな、あのまま?助けに行かないと」

 ママは慌ててドアに走り、ノブを回す。

 もちろん開かない。


「鍵がかかってる。開かないよ。ママはここでずーっと僕と暮らすんだ。あんな子どうだって良いじゃないか」


「お願い、アルナス、カーレンのところへ行かせて、あの子、ドアに足を挟まれて動けないの。あんな人の来ない枝道じゃ、誰にも助けてもらえない。あの子、夏休み明けに、アニーの公演をやるのよ、足がダメになったら……」


「うるさい、黙れ!」


「やめて!アルナス、アンディみたいに怒鳴らないで」


 とたんにガチャンという音が頭に鳴り響く。

 パパの投げた酒瓶が壁に当たって割れる音。

 ママが泣いてる。ママが出て行ってしまう。


「ママ、お願いだ、どこにも行かないで。ずっと会いたかったんだよ。

 僕、大きくなったでしょ、パパに似てるでしょ。

 ママとパパみたいに踊りたくて、テープ擦り切れるまでタンゴの練習したんだ。

 あのガキ、ずるいよ!ママのこと独り占めして、僕のママなのに。

 お金も用意した。

 新しい家具を買って、ここをママの部屋にして、また僕と一緒に暮らしてよ、

 お願いだよママ、僕をひとりにしないでよ」


 僕は、六歳の泣き虫アルナスに戻っていた。

 ママも泣いていた。

 ああ、ママを泣かせて、僕もあのガキとおんなじだ。


「わかったわ。踊ればいいのね」

 ママはサンダルを用意したヒール靴に履き替える。


「暑いから、窓開けるわ」ママが言った。

「うん、良いよ」

 安心して僕は、ママに背中を向けてCDの準備を始める。

 ハリーのお父さんがダビングしてくれたアレだよ。

 画像は途切れるけど、音源は大丈夫なんだ。


 ガタンと音がした。網戸の外れる音、ママが窓から逃げ出した。

 しまった!窓の外にはベランダ伝いに非常階段がある。

 その先に僕は、車を止めている。キーは車の中だ!


 慌てて僕も窓からママに続いて、ベランダに降りる。

 ママは二段飛びて非常階段をおりている。

 慣れない新しいヒールの靴、

 ヒールがカクンと横に滑る、ママの体も。


「ママ!」僕の伸ばした手は、ママの長い髪を掴み損ねた。

 スローモーションでママは階段を落ちて行った。


 ……パパみたいに首が曲がってた。右の靴のヒールが折れてた。

 また……僕のせいだ、僕のせいだ。

 何でだよ、酷いよ神様! 




 その後のことは途切れ途切れにしか覚えていない。

 ママを地下室の冷凍庫に入れた。だって夏で暑いんだ、ママが腐っちゃう。

 守らなきゃって思ったんだ。これでママはずっと綺麗た。


 ちゃんと鍵もかけた、誰にも取られない。まだ頭が痺れてて、世界がフワフワゆれていた。


 後は何だっけ?何を用意するんだったっけ?

 あ、靴だ。右の方。ヒールが折れてちゃ踊れない。

 赤い靴探さなきゃ。


 もう夜だ、靴屋閉まってるかな……いいや行っちゃえ。

 開いてるとこもあるよ、お金はあるもの。

 少し頭冷やそう、歩こう。

 そう思って歩き出した。


 街の近くに来たら赤いドレスの女が声をかけてきた。

「お兄さん、遊ばない?」

 立ちんぼの娼婦だった。

 僕が握りしめてた札束を見てる。赤い靴を履いていた。

 ママの靴に似てる。


「その靴良いね」

 立ちんぼがニヤリと笑う


「あーらアンタ靴フェチ?なら楽しませてあげるわ、こっちよ」

 僕はついて行く。コツコツと響くヒールの音。

 赤い靴、赤い靴、僕は屈んで女の靴を掴む。


「ちょっと、何すんのよ!痛いじゃないの」

 転んだ女が悲鳴をあげる。

 僕は女の右足を掴んで離さない。


「うるさい、黙れ」

 僕は女の口を塞いだ。頭の中がまた真っ赤だった。



 気がつくと僕は地下室にいた。

「ママ、新しい靴だよ。折れてないよ。僕と踊ろう。起きてよ」


 ママは鍵のかかった冷凍庫の中から出て来てくれた。

 僕は、新しい靴を跪いてママに履かせる。ママと踊った。

 ずっとずっと一晩中。


 朝になると僕は一人で、地下室で寝ていた。

 赤い靴を握りしめて。

 でも、頭の中の赤い色は消えていない。


「靴を見つけないと……またママと踊るんだ」

 そうやって僕はピンヒールキラーになった。

 赤い靴欲しさに、何人も女を殺したんだ。


「ママ、新しい靴だよ。ねえ、起きて」

 返事はなかった。頭の中の赤い色はもう消えていた。

 赤いピンヒールの靴は四個になってた。

 見ると、靴を持つ右手の手首のとこに引っ掻き傷がついてる。


 さっきの女に引っ掻かれてたのか。

 ああこれでDNA鑑定されたら僕だってわかっちゃうだろうな。

 もう靴も探せなくなる……


 どうでもいいか、めんどくさい。

 冷蔵庫の中の食料はとうに尽きてしまっていた。

 僕は空腹で、うごけなくなって座り込む。

 もう死ぬんだ。これで楽になれると思った。

 その時何故か、カレンダーが目に入ったんだ。


 あ、九月。夏休みが終わっちゃう、大学に戻らなきゃ。

 途端に君のことを思い出した。

 ハリーに一目会いたい。死ぬ前にどうしても……


 どうやってボストンに戻ったかは覚えてない。

 気がつくと、いつのまにか昔馴染みの、ハーバードの庭を歩いてた。


「アルナスどうしたんだ」

 君を見つけて声を聞いた時、気を失った。

 ああ良かった、これで安心して死ねる。そう思って。


 なのに僕は意識が戻った。

 ハリー、心配そうな君の顔が見えた。


「良かった気がついた。アルナス、何があったんだ。もしかしてお母さん、来てくれなかったのか?」

 僕のことを心配してくれる友達がいる。そう思った途端、急に涙が止まらなくなった。


「妹が、ノーと言ったんだ。……お兄ちゃんなんていらない、会いたくないって」


「それきり連絡がなかったのか?」


 僕は頷くのが精一杯だった。言わなくてはならないことが沢山あったのに、声が詰まって、頭もうまく回らなくて、喋れなかったんだ。


 君は慰めてくれて、

「夢はもう一つあるだろう?死んだお父さんのために踊れる義足を作らなくちゃ」

 と言ってくれた。僕は泣き疲れて寝てしまった。


 目が覚めたとき、テレビも新聞もピンヒールキラー事件のことで大騒ぎだった。

 そのうち警察が僕を捕まえに来るんだろうと思った。僕は死刑になる覚悟をしてた。


 でも点滴が外れて、歩く練習を始めても、退院する時が来ても、誰も僕を捕まえにこない。


 なぜ?僕は、人殺しをした悪い奴なのになんで誰も僕を捕まえない?

 犯罪者は警察に捕まって罰を受けるもんなんじゃないのか?

 なぜ神様は僕を罰してくれない?ずっと不思議だった。


 でもそのうち気がついた。罰せられないほど苦しい罰はないのだと。

 罪に問われなければ、永遠に許されることがない。

 そういう罰なんだと。

 僕は、罪を償うチャンスを永遠に失い、そしていつバレるかと残りの人生を一生ビクビクと生きていかねばならないんだと。


 ならばせめて、償いをしたい。

 ママともう一度一緒に暮らす夢は消えたけど、パパの為に「踊れる義足」を作る。

 ハリー、君が与えてくれた夢だ。だから僕は何もかも忘れてそれだけに没頭していた。

 それで一年前、君があの雑誌を見せてくれるまで、僕は妹のことを完全に忘れていたんだ。

 いや、思い出したくないから、研究に没頭していたんだと思う。


 あの日の事故が、カーレンの右足を奪っていたなんて思いもしなかった。

 あの日、僕のわがままでママを引き止めて、挙句に死なせてしまった。

 そのせいで、発見が遅れてカーレンの右足は無くなった。

 ミュージカルダンサーの命である足が。 パパとおんなじ右足が――

 そのとき、これこそが神様のくれた償いのチャンスなんだと気づいた。


「踊れる義足」の理論は、ほぼ完成している。

 あとは、実証実験で不備を直していけばいい段階に来ていた。

 カーレンを「踊れる義足」の被験者にしたいと言う頼みを、君は快諾してくれた。


 君に連れられてカーレンに初めて会ったとき、僕は声が出なくなった。


 だって、そこにママがいたんだ。

 記憶の中でいつもパパと踊っている、あの世界一美しい女性が。


 それから後は夢のようだった。カーレンは優しくて、僕がヘマをしても許してくれた。僕のこの醜い頬の傷さえ「お母さんとの大事な思い出なのね」と言ってくれた。

 ママにして欲しいと思っていたことはみんな君がしてくれた。僕は幸せだった。


 だから僕は必ず君に踊れる足をプレゼントして君を幸せにする。この償いの為に、神様は今日まで僕に自由をくれだんだと思ってた。


 でも、ある日君は僕に聞いたんだ。

「あなたは、私のお兄さんじゃないの?」

 僕は、とっさに違うと答えた。

 だって、彼女になんて言うんだよ、あの日君のママをさらって殺してしまったのは君の兄さんですって言うのか?

 僕は、彼女に償いをする為にここに居る。これ以上悲しませる為じゃない。

「そっか、兄さんじゃないんだ。良かった。だって本当のお兄さんなら、私のこと怒ってるだろうから謝らなきゃってずっと思ってたから。

 私、ママと兄さんに会いに行く日に、わざと駄々こねて、『兄さんなんか要らない会いたくない』って言って二人が会えないようにしたの。ママを誰かに取られるのが、嫌だったの。そのすぐ後、ママはピンヒールキラーに拐われて、私は足を無くす羽目になった。

 ああ神様が怒ったんだ。この足の怪我は、私のわがままの当然の報いなんだって。

 私、ずっと後悔してた。兄さんの連絡先は、ママの携帯にしか入ってなくて写真一枚ない。住所も、下の名前も聞いてない。

 でも、ママそっくりなこの顔を見れば、会いにきてくれるかもしれない。

 そう信じて七年頑張って歌ってきたの。

 私の顔が、テレビや新聞や雑誌に載ったら、兄さんが訪ねてきてくれないかって思って。私はそんな身勝手で悪い子なのよ」


 そんなふうに言われたら……本当の事なんか言えやしない。

 謝らなくてはならないのは僕なのに、当然の報いなんかじゃなのに。


 その日から、カーレンは変わった。何倍も輝いて、綺麗になって。

 いくら鈍感な僕だってわかる、あれは恋をしている目だって。

 そりゃあわかるよ、だって鏡に映る僕の目がそっくりおんなじ目をしているんだから!


 いつのまに僕の心はすり替わったんだ?

 妹への償いは、愛は……恋に変わってしまっていた。

 カーレンはあまりにもママに似すぎていたんだ。

 何年も恋焦がれ、あいたいと願った永遠の憧れの女性に。

 これが神様が、僕に与えた本当の罰だったんだ。


 パパはいつも言っていた「タンゴのステップは左から、反対だと人生を踏み間違うぞ」

 僕はどこで踏み間違ったんだろう?

 僕の人生はどうすれば正しくなったんだろう。

 僕のせいで、パパは交通事故で右足を失った。

 僕が泣いたからパパは階段から落ちて首の骨を折った。

 ママは僕から逃げようとしてパパと同じ目にあった。


 カーレン、君は前にママの不幸はみんな私のせいだと言っていたね。僕もなんだ。

 パパとママの不幸はみんな僕のせいなんだ。僕は罰を受けるべきなんだ。



 カーレン、今君はこれを読んでいるだろうか。

 僕を裁く権利があるのは、こんな人生を僕に押し付けた神様なんかじゃない。

 僕を罰するのは君だ。僕は君にこそ裁かれたい。


 優しい君が、後でどれほど苦しむか分かっていても、それでも僕は君の心に消えない傷をつけたい。ママのヒールが僕の頬に傷をつけたように。


 どれほど恨んでもいい、呪ってもいい。お願いだから、僕のことを忘れないでいておくれ。

君は僕のたった一人の家族なのだから。

 カーレン、君の作るスコーンが食べたいよ。なんで君は僕の妹なんだ。


 ここまで書いた時、眠ってしまって夢を見た。

 君があの日イエスと言った夢だ。


「カーレンにお兄ちゃんがいたの?逢えるの楽しみだわ」

 君はママと一緒に僕に会いにきて、僕はママとタンゴを踊る。

 君は瞳をキラキラさせてみている。

「私も踊りたい」という君と、ステップを踏む。


 スロー、スロー。クイック、クイック。

 歩幅と背丈が違いすぎて上手く行かない。

 それでも君は必死で頑張り、僕もそれに合わせる。

 ママが幸せそうに笑ってみている。そんな夢を見た。


 そうなっていたかもしれない夢、僕の欲しかった幸せの形。

 カーレン、君がもしあの時イエスと言ってくれてたら――


 ママはまだ生きていて、僕はピンヒールキラーにならなくて済んだかもしれない。

 僕達は幸せな兄妹になれたかもしれない。


 君が今日、もしノーと言ってくれたら、僕は世界中の足を失ったダンサーたちに僕自身の手で、「踊れる義足」という、希望を運ぶことができるだろう。


 だけどきっとそうはならない、ならない。


 もう夜が明ける。プロポーズ用の赤い薔薇がじきに届くだろう。

 そして君は、今日きっと君は、僕のプロポーズにイエスと言うだろう。

 さようならカーレン、愛していたよ。


 君はイエスとノーを言うべき時を間違えたんだ--。


              2019月9月28日午前5:52記アルナス・ファーガソン























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もし君がイエスと言ったら(28,000字)赤い靴11 源公子 @kim-heki13

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