第4話 カーレン・パーマーの告白

10月26日PM17:30ハートフォードメディカルセンター救急医療施設術後処置室前 


――お待たせしました、カーレンは事情聴取を受けると言ってます。


――ドナ、ごめん。君にこんな辛い役を引き受けさせて。


――いいのよハリー。私以外に、誰がカーレンにこんな辛いこと伝えられるのよ。

 ちっちゃい頃から、カーレンと一緒に泣くのは、親友の私の仕事なんだから。

 それとパパ、カーレンが今回の事件、書いてもいいって。パパならアルナスのことちゃんと書いてくれるだろうからって。

 アルナスが、ただのシリアルキラーなんかじゃなかったって、世界中の人にわかる様にちゃんと書いてくれって。


――勿論だ、パパ一世一代の傑作にしてやる。すまんな、もう行くよ。出版社に連絡いれないと。

 ドナ、カーレンにありがとうと、必ず良いものにすると伝えといてくれ!


――叔父さんも、大変だな。


――出版社に輪転機止めてもらってるの。大幅に加筆しないといけないから。

 出版社も待ってくれるわ……最高の宣伝だものね。

 ダイアンさん、事情聴取、私とハリーが一緒でもいいですよね?

 私、カーレンの手を握っていてもいいですよね?



(録音)――FBI特別捜査官ダイアン・エバンスです。事件のことを初めから聞かせて欲しいのです。お母様のことはドナさんに聞いてますよね?



――あの日の前の夜、「アニー」のオーディションに受かって二人で大喜びしていたら、ママの携帯が鳴って、代わりに私が出たんです。


 知らない男の人の声で、「ローラ・パーマーさんいますか?」

 電話を変わったママが「アルナスなの?」て叫ぶと、泣き出したから、びっくりした。


 電話の後で「アルナスってだれ?」って聞いたら

「私の息子。生き別れになってたお前のお兄さんよ」って言うんです。


 その時初めて、パパだと信じていた人が赤の他人で、本当のお父さんは私の生まれる前に死んでしまい、アルナス兄さんは父方のおじいさんに引き取られていたと知りました。


 そしてお腹にいた私を育てるために、愛してもいないリーランド・パーマーと結婚したと、聞かされたんです。


 次の日、コネチカット州から、隣のマサチューセッツ州の兄さんの家にいく為、車はスプリングフィールドを目指して進みました。


 車の中で、ママは本当の父親のアンディと、六歳の時別れたアルナスのことばかり話していました。

 アンディと初めて会って一目惚れしたとか、二人で初めてタンゴを踊った事とか、プロポーズの時に歳の数だけ真っ赤な薔薇を持って来たとか。アルナスは、私たちの踊るのをみるのが大好きだったとか。


 アンディが、アルナスが……


「だったら、あんた一人で逢いに行けば! 私は行かない。私、お兄さんなんかいらない」


 私の剣幕にママは驚いて、慌ててスプリングフィールドの町外れのRRダイナーって店に入りました。

 私が逢いたくないと言って拗ねてるから、少し遅くなるって電話する為に。

携帯の充電が切れてて仕方なかったんです。


 私、ママが何を言ってもダイナー中に響く声で「ノー!」と言い続けた。


「私より、兄さんのほうが大事なのよね、私を捨てる気なんだ。勝手にするといいわ。私、孤児院に行ってアニーみたいに一人で生きてくから」


 遂にママは泣き出してこう言いました。

「カーレン、ママが一番愛してるのは貴女なのよ。アルナスには、今日はいけないって言うから」

 そう言ってママはまた電話をかけに行きました。


 私は、テーブルに突っ伏して泣き続けてた。

帰って来たママは、「電話が、繋がらなかったの。後でまた電話するわ」と言いました。


 それで私達店を出て、ウエストエンドの家に帰る事にしたんです。車に乗る時、すぐ側で車のドアが閉まってエンジンのかかる音がしたけど、気にしませんでした。


 車の中で二人とも黙ったままで気まずい雰囲気でした。

「『タンゴのステップは左から。反対だと、人生を踏み間違うぞ』

 アンディの、あなたのパパの口癖。二人でタンゴを踊る時、必ずそう言って私の手を取った。

なんでこんな事になっちゃったのかしら。カーレン、ママはどこで踏み間違ったの?」ママはまた泣きだしました。


 私はまだ子供で、気持ちが現実についていけなくて、自分でもどうしていいかわからなかったんです。

 だからずっと、ママの方見ないようにして、窓の外を見ていた。


 それで、バックミラーに映る黒い車に気づけたんです。ダイナーの駐車場にいた車が、ずっとつけて来てました。


「ママ、車止めて」

「え、何?」

「いいから止めて!」

 ママはウィンカーを出して、道の端に車を寄せて止めました。


「どうしたの急に」

「あの車、お店出てからずっとついて来てるの」

「えっ?」

 ママも、驚いて後ろを振り向きました。

 私の勘違いなら、通り過ぎて行くはず。


 でも黒い車は、私たちの後ろにぴったりつけて、やっぱり止まったんです。

 運転してる人の顔は大きな車用のサンバイザーで見えませんでした。

 わかったのは、背の高さと体つきで男の人だってことだけ。 

 そして次の瞬間、車は急発進して後からぶつけてきたんです!


 後はドナが話した通りです。ママは行方不明、私は右足を失いました。

自業自得だと思いました。ママを独り占めしようとしたバチが当たったんだと思ったんです。 


 でも、ひとりぼっちの孤児になったんだと思った時、わたしにはまだ兄さんがいるんだと気づきました。 

 この世に二人だけの兄妹、家族。会いたいと思いました。

「私より六歳年上の、アルナスと言う男性」下の名前も、住所も知らない。写真一枚ありません。


 でも探す方法はある、私はママにそっくりだから、私が有名になって新聞や雑誌に顔が載れば、それを見てたずねてきてくれるかもしれない。


 ミュージカルスターは無理だけど、私はママ譲りの声で歌手を目指しました。

 YouTubeで、“義足の歌姫“って結構話題になったし、クラスのみんなに手伝ってもらって文化祭でロングスカートで義足を隠して「カルメン」もやりました。


 地方紙でしたが、新聞や雑誌も取り上げてくれて、

「本当は、ミュージカルをやるのが夢だった。踊れる義足があったら今でもやりたいんです」

と書いてもらったんです。


 反応は意外なところからありました。ドナの従兄弟のハリーが、おばあちゃんの葬儀に来た時にこの記事を見て、マサチューセッツ工科大学で、義足を研究していた友達に見せてくれたんです。


「名前は、アルナス・ファーガソン。踊れる義足を研究している人で、君のために義足を作りたいと言ってる。あって貰えないだろうか」


 ハリーがアルナスを連れてうちに初めて来た日、一眼見て兄さんだと確信しました。彼の申し込みに対する私の答えは、もちろんイエスでした。


 彼が頬の絆創膏の下の傷を初めて見せて話をしてくれた時、辛かったのは私だけじゃないんだ。兄さんも辛い思いをしてきたんだ。

 この人を喜ばせることならなんでもしてあげたい。コレからはずっと一緒なんだって思いました。そう思ったんです……。


 私、いつ兄さんだと打ち明けてくれるんだろうってずっと待ってました。

でも全然言ってくれないから、とうとう私から聞いてみたんです。


「ママが言ったの。私にはお兄さんがいるって。私より六歳上で名前はアルナス。あなたは私のお兄さんじゃないの?」

でも、彼は言いました。


「違うよ。僕の家族はみんな死んでいない。第一僕たち似てないよ、髪の色も瞳の色も全然違う。君の兄さんは、君に似たもっと素敵な人だよ。僕と同じ名前で同じ歳の男は、アメリカにはたくさんいるはずさ」

 そう言われて、ガッカリしました。


 でも、私はその時こう思ったんです。この人と私は血が繋がっていない。

なら、私が恋をしてもいい相手なのだと……。



(ダンスシーン未完成)


「僕らの夢が叶うんだ」

ダンスが終わったら、この人の夢は叶う。そうしたら私から去っていく……そんなの嫌!


 繋いだ手が震えました。彼は、強く握り返してくれた。

「タンゴのステップは左から。反対だと、人生を踏み間違うぞ」


 私、凍りつきました。私たちのパパの口癖!やっぱり、アルナスは、私の兄さんなんだ! 

 この手は恋人と呼んではいけない人の手なんだ。

 その時曲がなって、彼は私の手を引いて踏み出しました。


私の右足は、踊る義足は、音楽とともに動き出していました。プログラムどうりに。私も踊り出しました。マリオネットのように。スロースロー、クイック、クイック。


(ダンスシーン未完成)


 いつのまにか、私の左足は、右足を引っ張っていました。

 そう、タンゴのステップは左足から。私の左足は、彼と踊ることに歓喜していました。


「人生を踏み間違うぞ」頭の中で、その言葉が鳴り響いていたのに。

世界は私たち二人のためだけににスポットライトを当てていました。


 この人と踊り続けたい。パパそっくりのアルナス、ママそっくりの私。

 踊ることが全てだったという、死んだ両親に私たちは取り憑かれていたのかもしれません。


 私たちは、タンゴの中のタンゴ、“ラ・カンパルシータ”を踊るためだけに生まれて来たのだと。そして踊り続けるのだと。



(ダンスシーン未完成)



 音楽が終わり、私たちは拍手の嵐の中で立っていました。


「エキシビジョンでなければ、優勝でしたよ。来年は、ぜひ本選に出て欲しい」

 大会審査員から、花束を受け取ったときそう言われました。


 私達は、遂に夢を叶えたんです。


 ドナが泣きながらしがみついて来て、さっきハリーにプロポーズされたと言いました。

「幸せになってね」

 言いながら彼女が羨ましくてたまらなかった。


「いいな、従兄弟同士は結婚できて」

 思わずそう言ってアルナスを見ました。


「ハリーもドナも、幸せになるよきっと」

……彼は、最後まで、自分が兄だと言いませんでした。


黙っているのは嘘と同じ。ならば一生嘘を突き通そう。私はこの人と、踊り続けたい。だから私は罪を犯すのを承知の上で言ったんです。


「私たちはまだなの?私、待ってるのよ」




  だから彼にプロポーズされたとき、私は「イエス」と言ったの。

 それが、逆に彼を永遠に失うことになるなんて、思わなかった……。



 ドナ、私ずっとあの日のこと後悔してたの、なんであの時ノーといったのか。

「兄さんに会いたいわ」って、なんで言わなかったのかって。


 そうしたら、会ってさえいれば、私きっとアルナスを大好きになってた。

 私達きっと仲の良い兄妹になれた。


 何度も夢に見たわ、小さな私とアルナスが一緒に踊ってる夢。ママが笑ってそれを見てる。そう成れたかもしれないの……。


 だから私、アルナスが喜ぶ事はなんでもしてあげたの、それが私の償いだったのよ。



――カーレン、ここに写だけどアルナスの遺書があるの。読んでみる?

――ええドナ、読みたいわ……


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