おごるよとスマホを出す子初給料

おごるよとスマホを出す子初給料


 お祝い事などのときによく行くお寿司屋さんがある。

 そこは庶民の我が家でも行ける良心的な価格設定で、基本的にメニューに金額が載っているのでまごつくことがなくてすむ上、2階が全て座敷の個室となっていて子連れでも入りやすく、カウンターに座るなど緊張してできない気の小さい私にはありがたいお店だ。

 

 そもそもそんなに外食する習慣はないのだけど、長男が大学進学で家を出てからは、帰省時に「何を食べたい?」と聞くと「寿司と焼肉」と必ず言う。(「お母さんが作る〇〇が食べたい」なんてかわいい言葉はついぞ聞いたことがない。)だから、年に2、3回家族がそろったときは、そのお店の個室を予約して食べに行くことになる。


 大学生男子の食欲は想像以上だ。そして長男に遠慮は一切ない。

「大トロと中トロとウニとかに身と穴子の一本握りと和牛の炙り焼きと……」

「え、なんで寿司屋で肉を?」

「魚だけじゃなくって肉も食べたい」

「待って待って、大トロと中トロは時価って書いてる。このお店はカードを使えないからちょっと金額を確かめてからね」

 娘が小さな声で「私一番安いやつでいい」などとかわいそうな子みたいなことを言うのを「いいから好きなのを選びなさい」と諭しつつ、注文を取りにきた店員さんにおそるおそる時価の値段をたずねるなんていう粋じゃないことをする。やっぱり私は高級店には行けない。

 長男は「これ食べたことない」とか言って、貝はそんなに好きでもないくせに、本日のおすすめに載っているアワビの踊り焼きも追加する。私だって食べたことはない。夫と私はそれぞれの現金の持ち合わせを確認し合ってひやひやする。


 この4月から働き始めた長男がGWに帰ってきたときも、このお寿司屋さんに行った。

 何度目かの「就職おめでとう」を言ってお腹いっぱい食べて、夫と娘は先に車に向かったが、長男は会計を待つ私の横にくっついていた。

「先に車に行ってなさい」

「おごるよ」

 そう言って長男はスマホを出した。

「なんでスマホ?」

「ペイで払うから」

 この店はカードは使えないが電子マネーは利用可能らしい。電子マネーをやっていない私は全く気付かなかった。そして今時の子は財布ではなくてスマホを出すのだ。


「働き始めたお祝いだから今回はおごってくれなくていいよ」

「いいのに、なんで」

「初めての給料でもらうものが食べ物で消えてしまうのはもったいないから」


 長男は帰省するときから家族にごちそうするつもりだったのだろう。そのせっかくの心意気をくじいてしまい、きっと少しがっかりさせてしまったに違いない。

 でも、やはり、最初の給料でお寿司をごちそうになるのはもったいなくってできなかった。長男ごめん。初給料で家族においしいものを振舞おうとした気持ちはしっかり受け取ったよ、ありがとう。


 嬉しさと頼もしさを感じながらも、巣立ったばかりの長男がまだ心配で、つい車中で「無駄遣いせずに先のことも考えて給料の範囲内でしっかり計画を立てて……」などと言ってうっとうしがられる私だった。

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