第5話 私の新しい世界

「あの時は本当に驚いた。いつも大人しいきみが、ドレスをはためかせ、衛兵全員を蹴り倒したからな」


 "月を背に戦うきみは、綺麗だった"。



 わたくしの隣でシリル陛下・・が、思い出を熱く目に浮かべられながら、言われます。


 彼のほくろは、右目下。


 わたくしの世界の、わたくしの殿下は、いまは国王となりました。



 あの後、元の世界に戻ったわたくしは、"王妃の指輪"で無実を訴え、シリル殿下と義妹とわたくしの間に生じていた誤解を解きました。


 "リア"とも首尾よく入れ替われて、彼女は無事帰還。あの要領、見習わなくては。


 シリル殿下はベルティーユが公爵家で孤立させられ、酷く扱われていると受け取っていて、それを正そうとしていたようです。


 ほんの些細な行き違いが、会話不足の味付けで、妄想に突入。互いに歪んだ認識から、途方もない勘違いが広がっていたと判明し、それらは、ひとつひとつ解消していきました。


 牢と言ったのは言葉のあやだったようですが、殿下……現陛下は、己の暴走を深く恥じ、ひたすら謝ってくださいました。

 公爵家でもそれをみ、"夏至の夜宴での出来事は、月夜に舞う私の舞踏を見せるための演出"という方向で、余興として周知されることになりました。


 

 鏡の世界のオーレリアは、それは見事な立ち回りを見せたようです。



 うっかり怪我してしまった衛兵たちは、治癒の使い手によってすぐに癒され、十分な見舞金が支給されました。


 そして。


 シリル様とわたくしの婚約は続行、からの成婚。やがて即位。

 いまに至っております。



 どうして婚約を続けたかですって?


 だってあちらの世界で、あんなに可愛いシリル様を見てしまったのですもの。

 繊細な美貌に、色香ある瞳、儚げな佇まいは、まるで月の精。


 時々顔を青くさせてみたく、いいえ、理想の信頼関係で結ばれたくなったのです。


 わたくしは元々の運動能力を開花させ、蝶のように舞い、蜂のように刺す、武闘家の免許も取得しました。

 間違ってもセミではありません。ええ。蹴り飛ばして相手が吹き飛ぶのは、風のせいなのです。



 



「おねーさまぁぁー! 王子様にあたしの弱点をバラしましたねー!! とめてください! 甥とはいえ、許されませんよぉぉぉ」


 わたくしの息子は、我が義妹がお気に入りのようです。


「ベルティーユ。抱っこした二歳の子相手に、何を言っているのです。息子を下ろせば良いではないですか」

「あーん、愛らしくて無理ですぅぅ。これはいじめですぅぅぅ」


 わたくしとシリル陛下は、目を合わせました。



「ベルティーユ、言葉には気をつけなさい」

「今日は夏至よ。自分で王子に訴えて」




 毎年夏至の日には、言いたいことを伝え、訴えられた相手はきちんと聞くという風習が生まれました。

 それが、この国が円満になった秘訣。



 "王妃の指輪"は、誰しも持っているものだから。


 まずは自分が。目を開け、耳を傾け、自分の声を聞いてみてくださいましね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏡の世界に迷い込んだら、王子殿下が優しいです? さっき婚約破棄されたばかりなのに。 みこと。 @miraca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ