エピローグ

第33話 相棒


 『選択肢』には『結果』そして『責任』が伴う。花子さんと過ごす時間の中で、利斗は大人たちが自分から遠ざけていたものが何をもたらすのかを学んだ。


 世間的には七つ橋小学校は原因不明の地盤沈下によって崩壊した、ということになった。消防隊が駆け付けた時に学校消失の現場に居合わせた利斗だが、


「スマホを学校に忘れたので取りにいったら、学校が目の前でなくなった」


 という言い訳で「精神的なショックで正常な判断ができていない」と判断され、夜間一人で外出したこと以上の咎めはなかった。


 だが真相を知る利斗にとっては、誰かに責め立てられた方がマシだと思えた。

 学校消失の翌日、学校があった場所にある血の海をクラスメイト、他のクラスや学年の児童、そして先生ですら、それぞれ驚きか、もしくは悲しみを各々の顔に浮かべながら近くの高台から眺めていた。

 学校で演奏することが好きだった真理だけでなく、男勝りな野村や、いつも強気な南条でさえも涙を流していた。


 利斗は言いたかった。学校が無くなってしまったのはただの悲劇ではないと。この学校を守り抜いてきた『花子さんたち』のためだったと。だが、言ったところで誰も信じてはくれない。

 学校と相棒を失った喪失感、そして皆に隠し事をしているという罪悪感を抱えて生きる。それが利斗が『花子さんに自由を与える』という選択をしたことへの結果と責任だった。


 だが、利斗は後悔していなかった。目を閉じる度に浮かぶ、別れ際の花子さんの晴れやかな笑顔。みんなのため戦ってきた女の子をあんな笑顔にできたのであれば、どんな結果も責任も背負って生きていけると、そう思っていたからだ。


 ◆


 七つ橋小学校の消失から2週間後の朝。学校は再開せず、そのまま夏休み期間に入った。利斗は自室で身支度を整えて、顔を叩いた。今日は近所の児童館を借りての終業式と、夏休み明けの他の学校への分散登校の説明がある日だった。

 きっと、友だちと別の学校へ行くことになって泣く子がいる。その光景を受け止める決心をつけて、利斗が部屋を出ようとした時だった。


 ダン!


 閑静な住宅街に銃声が轟いた。利斗は一瞬身を竦めたが、すぐに気づいた。


 ダン! ダン! ダン!


 そう聞き覚えがある。これは学校で何度も聞いた音。怪異を撃ち倒す、銀色のリボルバー拳銃が放つ音。利斗はすぐさま自室を飛び出し階段を三段飛ばしで降り、玄関を開けた。


 玄関の先、家の前には女の子が一人立っていた。白いブラウスにブルージーンズ。茶色い革のブーツは朝日を浴びて輝いている。ポンチョを纏った彼女は、右手に持った拳銃をクルクル回すと、腰に吊ったホルスターに流れるような動きでしまった。ギャンブラーハットを目深に被っていて、表情は見えないが、こんな姿をした女の子を利斗は一人しか知らない。その唯一の名前を利斗は呼んだ。


「花子さ――」

「利斗てめぇふざけんな!」


 花子さんはすごい剣幕で利斗に怒鳴った。利斗はなにがなんだか分からず、目を瞬かせた。花子さんはポンチョを胸のあたりまでめくり上げる。そこには、今日日使われることのなくなった小学生用の名札があり、そこには『くのつぎ むつ』という名前が書かれていた。


「お前があの時変な名前つけたせいで、成仏できなかったじゃねぇか!」

「え、ぼくの……せい?」

「ああ。破那虚は『花子さん』って名前をつけてわたしを縛ってたが、今度はそれが新しい名前をつけてたお前にすり替わっただけだった! あのこっくり野郎! こうなることを分かってて、黙って学校ぶっ壊しやがった! 許せねぇ! 今度会った時はキツネ鍋にして喰ってやる!」

「それは……ごめん……」


 利斗は本当に困ってしまった。こんなことを望んで、あの時名前をつけたつもりではなかったのに。花子さんにも学校のみんなにも、悪いことをしてしまった。そんな暗い気持ちで胸がいっぱいになったが、利斗が落ち込む様子を見て花子さんは逆に楽しそうに言った。


「こうなったら、わたしが満足するまで付き合ってもらうからな。わたしが死んだあとに出た映画、特に西部劇は全部見るぞ。あとは本場アメリカにも行く。お前に縛られてるんだから、お前も一緒にテキサスの荒野に行くんだぜ!」


 花子さんは歯を見せてニッと笑った。その笑顔は朝日に負けないくらい輝いていた。


「責任取れよな、相棒」


 利斗は力なく頷き、そしてつられて笑顔になった。


 花子さんの――相棒の眩しい笑顔のためだったら、どんな結果も、責任も、背負っていけると思ったからだ。

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十六代目“リボルバー”花子さんとAI使いの少年 習合異式 @hive_mind_kp

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