二十九歳のヒロイン

 世は『身代わりの花嫁』の花盛りで、(身代わり、花嫁、溺愛)このあたりのキーワードでちょっと検索するだけでも、ずらずらと出てくる。

 多少のバリエーションはあるものの内容は今も昔も変らない少女小説のメインストリーム、シンデレラもの又は「美女と野獣」だ。

 不遇な育ちの乙女が誰かの身代わりとして結婚を押し付けられ、人身御供的に差し出された先にはイケメンまたは異形がいて、暗い気持ちで嫁いだのが嘘のように一途に熱愛されてお城暮らしをするハッピーエンド。

 王道物語は、お題ものと考えられる。
 このケースならば、(身代わり、花嫁、溺愛)をキーワードにして、さあ恋愛小説を書いて下さいという課題が出たのだ。
 そして恋愛小説の書き手さんは、「わたしに任せなさい」とばかりに受けて立ち、思う存分、大得意であろうこのお題を前のめりに消化する。
 恋愛小説の書き手は、まず自分がその恋愛小説と恋愛関係にならなければ素敵なものは書けないのだが、難ありの娘が王子さまと出逢い、愛されることで隠されていた魅力に輝きだすこの超ド定番コースは、書き手も読み手も、時代を超えて多くの女性の心をとらえて離さない。

 あそこにイケメンがいるからちょっと行って喰ってくるわ!
 ではないのである。
 あくまでも身代わりとして、不本意ながら嫁に出されるのがいいのだ。
 そしてヒロインは実に健気に嫁ぎ先で頑張る。
 がっつくようなヒロインではないところが、読者をして「どうか王子さまと結ばれて幸せになって欲しい」と応援したくなる。

 さらには、この路線、小説を原作として漫画化もすることも多い。
 漫画になると作画の魅力が上乗せされて、より物語が華やぐようだ。
 美青年と書かれてあったら美青年が、ドレスと書かれてあったら本当にドレスの絵を見せてもらえるのだから、女性は絶対に嬉しい。
 難しいことは何も考えなくていい。
 ただ読者はうっとりしながら、この大昔から続く王道を愉しめばいいのだ。


 さて本題。
 この王道中の王道のシンデレラ・ストーリーには亜種がたくさん派生しており、『氷結魔導士のはやすぎるいろいろ』はその亜種である。

 はやすぎるいろいろ……だったのかと、今さらだが愕いている。
 やばすぎる……とかなり長いあいだ、勝手に脳内で変換していた。
 どちらにしたってヤバいのだが。

 ヒロイン『オユン』は二十九歳。

 実に渋い。
 現代にいたら生涯独身も視野に入れながら、帰宅すれば缶ビール片手につまみを作り、休日は推しのコンサートに行くような恋愛っけのない女性が主役だ。

 そのヒロインに、銀髪碧眼、黒衣の美青年魔導士が口づけをする。この口づけにより、ヒロインのオユンの寿命は延びてしまう。
 魔導士は人違いでオユンに口づけをしてしまったのだが、その事実を知っても二十九歳のヒロインはショックを受けない。
 逆にショックを受けている魔導士をキスくらいで落ち込まなくても大丈夫だと慰めるのだ。
 もはや頼れるパート社員さんのノリである。

 面倒をみてきた男きょうだいがいるのがオユンの姐さんキャラに拍車をかけているのだが、その拍車をさらに美青年魔導士は跳び越えてくる。
 あれ、あれは終わったんですかと。
 長寿なのに何故そんなに急ぐのかなと。
 色々と、はやすぎですよね、あなた。

 湯殿では真剣な顔で頼まれて、美青年魔導士のはだかの背中を木の束でしばくことになるオユン。
 誰得なんだと笑いながら読ませてもらっているが一番好ましいのは、作者が自分の好きな話を書いているという点だ。

 理想的なイイ子ちゃんの回答なら「皆さんが好きなものを書きます」になるのだろうが、作者が想い切り自分の書きたいものを詰め込んで振り切っている作品の方がわたしは好きなのだ。

 そんなわけで、こちらの作品も不遇な乙女が王子さまの許に嫁ぐシンデレラ物語の王道からはズレている。
 女も三十年生きていると、胸に秘めた切ない過去もあったりするのだ。


 コンテストに合わせたダイジェスト版になるので、できれば本編で。
 https://kakuyomu.jp/works/16817330660959295735
 イケメンだが抜けていて変わり者の魔導士と、姐さんキャラのオユンの人違いからはじまる物語。
 裏道にある隠れ家的なお店が好きな方にお勧めしたい。