その占い師が俺の仕事を成功させる

烏川 ハル

その占い師が俺の仕事を成功させる

   

「ちょいと、そこのお兄さん。うちの店に寄っていかないかい?」

 俺を呼び止めたのは、いかにも胡散臭い感じの老婆だった。


「うちの店」という言葉だけ聞けば、キャバレーか何かの客引きみたいにも聞こえるが、実際にはそれ以下の代物しろもので……。

 雑居ビルが建ち並ぶ裏通りの、ビルとビルの間。ただの隙間なのか細い通路なのかわからないようなスペースに、小さなテーブル一つとパイプ椅子二つを出している。路上の露店に過ぎなかった。

 テーブルの上には、サッカーボールを一回り小さくしたくらいの透明なガラス玉が置かれており、老婆本人は、紫色の怪しげなローブを纏っている。一目ひとめ見ただけで、水晶玉占いの占い師らしいと理解できた。


「お兄さん、困っているなら占ってあげるよ。しかも初回特典として、今回は無料ただでね。二回目からはもちろん、正規の料金をもらいますけどね」

 ローブのフードで顔の上半分は隠れているものの、口元にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。

 ちょうど俺は、仕事が上手くいっていない時期だったし、あからさまな負のオーラを発していたに違いない。例えばインチキ占い師などから見たら、いいカモだと思われても当然だった。

 とはいえ、この老婆はそれほど「インチキ」ではないのだろうか。「今回は無料ただ、二回目から有料」というくらいだから、一度でも占えばその客はリピーターになるという自信があるのだろう。

 ……と、彼女の占い師としての能力について、俺が少し肯定的に考え始めたちょうどそのタイミングで。

「探し物が見つからなくて困っている……。そんな顔をしているね?」


 一応は心の中にとどめたけれど、思わずフフンと嘲笑の声が出そうになった。

 確かに「困っている」のは事実だが、俺が困っているのは「探し物が見つからない」からではない。「仕事が上手くいっていない」というのが、その理由だ。

 その程度も見抜けないようでは、やはり三流のインチキ占い師ではないか。

「いや、別に探し物なんてない……」

 そう言いながら、再び歩き始めようとしたのだが……。

 ふと、その足が止まる。

 ちょっと考え直したのだ。少しだけ見方を変えれば、俺の仕事は「探し物」とも言えるではないか、と。


「ああ、そうだな。うん、探し物……。ちょうど今から行く家で、そこは知り合いのおばあさんの一人暮らしなんだが……」

 俺はパイプ椅子に座り込んで、早速用件を話し始めた。せっかく無料ただと言ってくれたのだから、この占い師を利用してやろう、と思って。

「……歳のせいで、おばあさんの物忘れが酷くなってね。大切な宝石をどの部屋のどこに仕舞ったのか、わからなくなったそうだ。彼女の代わりに、俺が探してあげる約束だったんだけど……」

 個人情報をあまりペラペラ喋るのも良くないだろう。だから多少のフェイクも交えて、最低限の事情だけ真実を語っていく。

「……その場所、見つけられるかな?」


「お安い御用ですよ、お兄さん」

 口元の笑みを深めながら、占い師の老婆は水晶玉に手をかざす。

 そのまま数分くらい、じっと静止していると、水晶玉がモヤモヤと白く曇り始めた。

 内部に何らかのギミックがほどこされているのだろうか。

 その「白いモヤモヤ」から何か読み取ったらしく、老婆が語り始めた。

「ふむ。お兄さんが探している宝石、一つじゃないね? 三つか四つくらい、一緒になって……」

「ああ、そうかもしれない。俺も詳しい話は聞いてないから……」

 占い師の言葉に合わせるように俺も口を挟むが、彼女は別に俺に尋ねたわけではなかったらしい。

 俺の答えは聞き流して、占い結果の説明を続ける。

「……赤い花の根っこに包まれているよ」


「花の?」

 意外な言葉を耳にして、思わず聞き返してしまう。

「うん、これは植木鉢の中ってことだね。それが、一階の一番広い部屋……。たぶんリビングだろう、その窓際に置かれているよ」

 それだけ聞けば十分だった。

「わかった。一階のリビングルームの窓辺の、赤い花の植木鉢だな?」

 確認の意味で復唱しながら、俺は椅子から立ち上がる。

 植木鉢の中だなんて、宝石の保管場所にしては不自然な話だが、不思議と「この占い師の言葉は信用できる」と感じていた。

「ありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして。上手くいったら、また来てくださいね」

 そんな言葉を背に受けて、俺は目的の家へと急ぎ……。



 その日は久しぶりに、大きな仕事を無事に終わらせることが出来た。

 占いのおかげだ。

 だから俺は、その後、あの露店に足繁く通うようになった。



 正規の占い料は驚くほど高額だったが、仕事を成功させるための必要経費と考えれば安いものだ。占いの結果に従うと、俺の仕事は毎回成功して、十分な利益が出るのだから。

「おや、お兄さん。また来てくれたんだね。毎度どうも!」

「うん、今日も頼むよ。今日も探してもらいたい宝石があって……」


 今でも一応、多少のフェイクを交えて相談しているが……。

 おそらく彼女は、俺に声をかけてきた最初の時点で既に、俺の正体を見抜いていたのではないだろうか。

 俺の仕事は宝石メインの空き巣泥棒である、と。




(「その占い師が俺の仕事を成功させる」完)

   

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