第四話

◆ ◆ ◆

「こちらアクト、η地区第六エリアを警戒中。近くに敵影は確認できず。自身に被害なし。送れ」

「こちらη地区司令部。アクト隊員の位置はこちらも確認した。周りに味方隊員はいない。送れ」

「現在位置からの移動許可を願う。四分前、南南東に銃声を確認した。隊員が交戦したと思われる。送れ」

「移動を許可する。十分な警戒を続けろ。敵影を確認でき次第、司令部に伝えろ」

「了解した。ただいまより移動を開始する」


各隊員に与えられた黒いライフルを、胸の前で構える。

じゃきっ、という音が、誰もいなくなった道路に響く。

再度周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、俺は南南東へと走り始めた。


すでに十分ほど走った。

ここにも人の姿はなく、人がいた形跡もない。

月明かりに照らされた、朽ちたビルが屹立しているだけだ。

構えていた銃を下ろし、まだバクバクとなっている心臓の鼓動を聞きながら、コンクリートの地面を一歩踏み出した――その時。

パアアアァァァァァンッッ!!!


「ッッ――!?」


反射的に身をかがめる。

が、間に合わず銃弾が頬をかすめ、一筋の赤い線がつくられた。

そんなことは一切気にせず、俺はバッと飛んで、近くにあった大きな瓦礫の影に転がった。

パニックに陥ることなく、冷静に思考を巡らす。

敵か。

銃を扱えるということは、人間だ。

だが、この世界にあれほど精密な射撃をできるものはそうそういない。

ならば、〈殺戮者〉か。

それしかいない。奴らは元の世界で、実際に人を殺したことがある連中なのだから。

銃弾を放ったのが〈殺戮者〉だと分かったいま、俺は何をすべきだ?

このまま隠れてやり過ごすか、司令部に伝えて応援を要請するか、それとも――迎え撃つか。

答えは一択だった。

闘争本能が強くたぎり、俺の体を奮い立たせた。

だっ、と瓦礫から躍り出る。

狙撃された方面にライフルを向け、敵の姿を視認する。

敵は、五十メートルはあろうかというビルの屋上に佇んでいた。

銃は、構えていない!

この気を逃すまい、とボルトに指をかけ、躊躇いなく押し込んだ。

タアァァンッッ!! という凄まじい音を耳元で聞きながら、銃弾の向かう先を見やった、のだが。

――そこには、何もなかった。

つい先ほどまで存在していたはずの敵影が、今は忽然と消え去っていた。


「なッッ……」


そう漏らしたのと同時に。

猛烈な殺気を纏った何かが、俺の後ろに現れた。

そこにいたのは――人間。

髪は無造作に伸びていて、服はあちこちに染みができている。特徴的なのは、その殺意に満ち溢れた眼と、擦り切れたマント。

本能的な恐怖を感じさせる、獣と言って相応しい相貌だった。


「……よぉく、よけたあぁじゃないかぁ、きみぃ?」


そいつは、神経を逆撫でするような声で俺に話しかけた。

俺はその問いかけに答えなかった。男に大した注意も払わず、愚かなことを考えてしまっていた。

今なら、襲いかかれるだろうか、と。

こいつが〈殺戮者〉であることを忘れてしまうほどに、俺は愚かで弱かった。

彼我の距離は、さっきより縮まって二十メートル。男はその手に何も持っていない。

だが、さっきの銃声は、きっとこの男のもの。他地区の人間を狙った時点で、こいつは危険因子だ。

だから、ここで倒す――!

そう決意し強く地面を蹴ろうとした瞬間。

俺の足元で、地面が大きく抉れた。

遅れて、銃声が耳に届く。


「やめとけよぉ、おまえ、死んじまうぞぉぉ?」


その言葉が聞こえるのと同時に、俺は右腕を大きく振りかぶっていた。

プシュゥゥゥという音を鳴らして、辺り一帯が濃密な煙に包まれた。

間髪を入れず、男がいるであろう方向の逆に走り出す。


「こちらアクト! 第六エリアにて、〈殺戮者〉と接触! 状況不利と見て、本部に帰投する!!」

「こちらη地区司令部。了解した、命だけは守れ!」


こいつには、勝てない。

一瞬で、それを理解してしまった。


震える足で、俺は逃げた。

立ち込める煙の中、輝く月の下、恐怖に突き動かされて逃げた。

敵を前にして逃げるなんて、このときが初めてだった。

振り返ると、男の姿は見えなかったが。

だがそこでは、おどろおどろしい声がこだましていた。


「おれはぁ、殺戮者〈グレイ〉さぁ。また会おうなあぁぁ、しょうねぇぇん??」

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その命を懸けて戦え。―花散るころのデスゲーム― 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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