第三話

 人間の強さとは、一体何で決まるのだろう。

 筋力や持久力、瞬発力といった、単純に肉体的な何かで決まるものではないと、俺        ――アクトは思う。

 

 かと言って、自分のなかに明確な正解を持っているわけでもない。

 意思や決意というような、微妙で曖昧なものだと割り切ることもできない。

 「強い」基準がないなら、「弱い」基準もないだろう。

 

 なら、人間は皆平等か?

 答えはもちろん否。

 この世界では、弱者と強者との間に、絶対的な差が生じる。

 それは力という面だけではなく、見方や扱い方にまで及ぶ。

 

 でも、そうなるのは必然なんだ。

 人間、ひいては動物の本質は、弱肉強食。

 自然界には自然の摂理があり、絶えず変化を続けている。

 対して人間界は、未来永劫、不変で普遍だ。

 人間という生き物は、あまりにも愚かで歪んでおり、そしてどこまでも〈生〉に執 着していた。

 十分な知識と力を得た彼らは、人間同士平和に暮らそう、と争いを放棄した。

 だが、その根底にあるのは、果てることなき〈死〉への恐怖。

 その恐怖が、何か別の感情によって払拭されない限り、人間は停滞を続けるのだろう。

 


たとえ、デスゲームの中だとしても。


 

 そこまで考えたところで、ゴツンッッ、という鈍い音とともに、脳天を痛みが駆け抜けた。


「アクトおおおぉぉ!!! もう、寝てんじゃ、ない、わ、よっっ!!!」

「いいい痛い痛いいたいやめろサクラ!」

「あんたが会議中に寝るからでしょうが!!」


 会議?

 眠い目をこすり、辺りを見渡す。

 ぼんやりとした視界に、なにやら黒い影が一つ、二つ、三つ、よっつ……、わお、 たくさん。

 なんだろうこれ、と思いながらぼーっとしていると、


「「はあぁぁぁぁ――――」」


 盛大なため息が、いくつも重なって巨大なため息。


「……アクト、前線で戦っている君が会議を嫌うのは分かるが、眼の前で寝られるのは……」


 あ。

 思い出した。


 遡ること二時間。俺はサクラに引きずられて、校舎三階の中央会議室に来ていた。

 今日は三日に一度行われる〈防衛会議〉の日だ。

 〈防衛会議〉では、主に戦力とその采配の見直しと、これからの作戦について話し合われる。

 この会議は、会議長である地区司令官と、司令官補佐、各部隊長官、情報官、の二十名弱で行われるのだが、今日ばかりは事情が異なり、なんの役職にも就いていない 俺とサクラも呼ばれていたのだった。

 なんで俺が、日和見しかしないような奴らの会議なんかに……とは思っていても言葉には出さずにいたのだが、どうやら隣で待つサクラには分かってしまったようで、


「だからしょうがないでしょ、あの殺戮者〈グレイ〉が隣の地区に現れたんだから! それに気づいたのはアクトでしょ!」

「あぁ……もういっそのこと黙っておけばよかったかな……。俺、あの司令官といまいち馬が合わないし、話が長いから眠い眠い……」

「あんただけよ、この学校でそんなに呑気なの」

「いや呑気じゃないぞ。豪快と言ってくれ」

「はいはい。豪快で不遜で猪突猛進なアクトさんは、私と一緒にいるのが嫌で嫌で仕方ないのね。だからさっさと外で戦いたいんでしょ?」

「お、おいサクラ、俺はそんなことを思ってなんか――」


 ガチャリ。

 無駄口をたたいていると、突然、眼の前の重厚な扉が開き出した。

 その隙間から、無機質な蛍光灯の光が漏れる。

 久しぶりに訪れる中央会議室はやけにだだっ広く、背面がガラス張りで、中央には一つの黒い長テーブルが設けられていた。

 テーブルの両側には十脚ほどの椅子が置かれており、どれも先客が座っている。

 扉が完全に開いたところで、最奥に座っている人物が手招きとともに声を発した。


「ご足労願ってすまない、アクト、サクラ。どうしても聞きたいことがあってな」


 こいつはこの地区の司令官である、日野辺シュウ。そして、俺の嫌いな人間。

 シュウは青と白の司令官服に身を包み、長く茶色い髪を後ろで一つに束ね、足を組んでいかにも司令官然とした風貌で、いかめしい椅子に腰掛けていた。


「いえ、そんなことは! シュウ様のお願いとあらば、どこからでも飛んで参ります!」

「……なんの用だ、シュウ司令官」


 俺がぶっきらぼうに言うと、サクラが恨めしげな視線を送ってきたが無視。

 サクラはどこかシュウに心酔している節がある。

 確かに、かっこよくて頼もしい女司令官なのかもしれないが、こいつは俺とほぼ変わらない十七歳だ。

 年齢もそうだが、司令官というのはいつも部下に司令を飛ばすだけで、自身は決して戦場に出ないので、いち戦闘員である俺としてはシュウなど偉そうな狐でしかない。

 俺の言葉と冷たい目をさらりと受け流し、司令官様は両指を組みながら告げた。


「先日、本地区の隣の位置するη地区に、殺戮者〈グレイ〉が出現したことは、二人もよく知っていると思う」


 それはそうだ。なにせ俺が見つけたのだから。


「つい先程、η地区の隣であるθ地区に派遣した情報官から、新しい報せが届いた」


 そう言ったとき、端正で切れのあるシュウの顔が僅かに歪められた。

 気のせいか、周りに座る部隊長官の顔が渋くなり、会議室全体の空気が重くなった。

 シュウは彼らを一瞥してから、ゆっくりと口を開いた。

「――――〈グレイ〉は今、ここζ地区にいる」

「……な…………」


 〈グレイ〉が、この地区にいる、だと?

 見ると、隣ではサクラも口を開いて唖然としていた。


「信じられない、信じたくない、と思うのは分かる。だがこれは確かな事実だ。疑いようのないほどに、証拠はある」


 シュウが腕をふると、会議室左側のスクリーンが点灯し、一枚の写真を映した。

 真夜中、一時頃だろうか、写真の中はかなり暗く、何を撮ったものなのかよく分からない。

 すると、シュウが右腕を一振り。

 途端に、写真の解像度と明度が格段に増した。

 よく見えるようになった写真は、どうやら高速道路――いま俺がいるこの学校から西に十数キロ離れたところにある高速道路を捉えたもののようだ。

 スクリーンに映る道路は、ところどころが凹み、砕けており、辺りに瓦礫が散乱していたが、それ以上の何かを見つけることはできない。

 それを見かねたかのように、


「右下だ」


 と、シュウは小さく、ため息とともに呟いた。

 写真の右下部分が拡大される。

 やはり人影など見当たらない――と思っていたら。


「……人だ」


 サクラはそう零した。

 スクリーンに近づき、各所をよく見てみると、いた。

 ものではない何かが。


「これは……マントか? かなり見切れてるけど、確かに人間が写ってる」


 画面右下、そこには、赤茶けたボロボロのマントがひっそりと存在していた。

 そしてそのマントは、数日前俺が〈グレイ〉を肉眼で発見したときと同じものだった。

 ぶるり、と背筋を悪寒が走る。

 思い出したくもない奴の記憶が、フラッシュバックされる。

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