第二話

 夜の校舎は冷える。

 月光の差し込む廊下を、腕をさすりながら歩く。

 どうやら今日は満月のようで、普段よりも窓の外がよく見える。

 ――と言っても、コンクリートと建物の残骸しかないのだが。

 廊下の突き当り、水道場の前で足を止める。

 キュっと蛇口をひねると、弱々しく水が出た。

 手に溜めてバシャッと顔にかけると、ひんやりとした感覚が伝わり、意識がはっきりとしてきた。

 ついでに、喉を潤しておく。

 貴重な水を無駄にしないために、しっかりと蛇口を閉める。

 早く戻ろうと教室に足を向けたとき、背中に少女の声がかけられた。


「あ、こんなところにいた。すーぐどっか行っちゃうんだから」

「……まさか、俺を探してたのか?」

「そ。少しは私の気持ちになってよね、さっきまで学校じゅうを歩き回ってたんだから!」


  ぷんぷんという擬音語が聞こえてきそうな表情で、腰に手をあてているその少女は、水澤サクラ。

 俺と同じクラスだ――いや、正しくは同じクラスだった。

 サクラと教室で笑いあったことも、二人で先生に叱られたことも、一緒に帰ったことも、全ては過去のことなのだ。

  「学校」なんて場所は、

 そんな感慨に、思いの外長く耽っていたようで、


「ねぇアクト、早く戻るよ! 皆、アクトのせいで防衛会議を待たされてるんだから」


  そうぼやいて、サクラは黒いスカートを翻した。


「はいはい……。あの会議、ただ長くて退屈なんだよな……、群れずに一人ずつ戦えばいいのに」

「それはアクトだから言えることでしょ!」

「そ、そんなことはないぞ。ほら、遺跡にある装備は耐久値がすごいっていうから、集めて皆に渡せば……」

「だから、遺跡に行くのもアクトぐらししかできないでしょっ!」


  無駄口叩いてすみません。

 まったく、サクラをこんな気性の荒い子にしてしまったのは、いったいどこの誰なんだ。

 やや強いサクラの上履きの音が、二人しかいない廊下に響き渡る。

 反響するその音は不規則で、どこか心臓の音のように、止まっている俺を急かした。


「……まぁ、今日は真面目に働くとするか」


  サクラもお怒りのようだし。

 すでに階段を下り始めていた彼女が、振り返って俺を見た。


「アクトってば、はやくしてー!」

「いま行く」


  今度は俺の足音が響く。

 それはやはり、心臓の音のように聞こえた。

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