第二章 幼年期アゾの学び編

第12話 開始

「お坊ちゃん、何しに行くんだい?」

「留学です。9歳まではアゾで過ごします」

「そうかい、頑張ってね」


 轢かれた鉄のレール。そこに二両編成の馬車がけたたましい音を出しながら通るこの鉄道は「闘気鉄道」。

 乗合馬車をレールに乗せて走るこの鉄道の大きな特徴は馬が闘気をまとい猛スピードで走っていることだ。


 なんでも熟練の闘気使いは闘気を他の生物に共有することができるらしい。

 多分今の速度って路線バスの最高速度位あるかもな。乗ったこと無いけど。


 ちなみに闘気を共有できるほどの技量を持つ人が乗務員にいるため、車内治安もバッチリ。


 だあれも騒がない。気分がいい。


 多分諍いが起こったらムキムキマッチョが飛んでくるのだろう。「車内にマッチョは居ますか?」状態だ。

 もし俺なら車内ジャックとか絶対にしないね。


「お手洗いに行ってきます。部屋からでない様にお願いします。若」

「うん」


 ただ一人ついて来ていたルルが部屋からでていった。

 使用人とはいえ流石に部屋は別だしな。


 本当によく出来たシステムだ。

 留学といいつつ、護衛がルル一人なのは信頼の現れだろう。


「あ〜、暇」


 流れる車窓に身を任せながら久しぶりに砕けた口調でつぶやいた一言は、思いの外弾んでいて気持ち悪かった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 水浴びはないが全食付きの素晴らしい生活は3日で終わり、俺はついにブルガンディ州都、アゾの街にやってきた。


「はーい切符見せてやー坊っちゃん」

「…これでいいですか?」

「お、ええでー。ほな!またよろしゅうお願いします」


 車掌に切符を渡し、馬車を降りる。ちょうど先頭の馬が水を飲んでいるところだ。


 さーてと、やっとついたな。


 駅にはホームがなく、はしごで降りる。一応駅舎らしき物もあるが、多分トイレぐらいしかない掘っ立て小屋だ。


「若様。こちらでございます」

「あ、うん」

「荷物、持ちましょうか?」

「う、ううん、いいよ」


 フフ、ここは男を見せる。



 ルルに先導され、鉄柵で囲まれた駅を出る。


 俺の輝かしき留学生活、スタートだ。



「こちらが若様の馬車ですね」

「お、ありがとうルル」


 ルルが手を指した先を見ると、右手を挙げた執事服の男が居た。


「じゃあね!ルル」

「はい!ご武運を!」


 いやご武運ってなんだよ…


「あの〜」


 ルルと別れた俺は馬車の前に立つ老人に話しかける。


「これはこれはアイザック様。お初にお目にかかります。ヴェノザンビーク・グラックス家の執事をしております、ハネス・レーセンクイファーと申します。今回はこちらの馬車で貴方様をアゾの領主館までお連れします。さあ、こちらへ」

「よ、よろしくお願いしもう」

「…」


 スキンヘッドに口ひげの男は俺を舐め回す感じで見てくるが、俺はそれを気にしていないように馬車に乗り込む。

 なんだコイツ。タマがヒュンってしたぞ。


 俺が乗り込むと、すぐに馬車は俺の焦る気持ちなんかお構いなしに出発した。




 俺の対面に乗り込んだハネスは、おもむろに口を開いた。



「さて、いくつか幾つか言う事があります」

「はい」

「私めはラガレス様のお友達であらせられるダン様の要請を受け、お屋敷で預からせていただきます」

「はい」


 なんだ?急にどうした?訓示でもたれんのか?


「私めは使用人となり、貴方様の管理下に入ります。ご不安な点がありましたら、なんなりとお申し付けを」

「…うん」


 お、VIP待遇なのか。

 ヴェノザンビークって確かこの国の権力者だろ?


 じゃあ俺めっちゃ偉いじゃん。すげえ。


「私めは貴方様の心の不安を和らげるためにラガレス様より遣わされました。家臣団一同、精神誠意を込めてお使えいたします」


 胸に手をあて、ハネスは少し会釈をする。

 なんという身のこなしだ。惚れ惚れする。


 いまんとこ俺の好感度バク上がりだ。



「因みに先程の馬車に乗る前の挨拶は人族の貴族基本作法で、これはまず始めに覚えてもらうことになります」

「は?」


 急に謎の叱責が来たので動揺が隠せない。


「は?ではありません。返事は『はい』か『いいえ』です」

「え…、じゃあいいえ」

「返事は『はい』です」

「はい」


 いやいいえの選択肢はどこいったん。


「よろしい。今度から私はアイク様、貴方様の礼儀作法をさせていただきます」

「へ?」

「半端な言動は許しません。そのつもりでいてください」

「え?」


 空いた口が塞がらない。


 あ、そーゆー感じ?常識が違うってわけかい?



 いやイかれてるだろ。

 普通に二重人格だろ。



 数秒前に俺に心の痛みガアって言っておきながらその後すぐにお前舐めたクチ聞いてんちゃうぞ殺すぞクソガキがって、ありえねえだろ。


 情緒はどこいった情緒は。


 マジありえねえ。


「返事は『はい』です」

「は、はい」

「よろしい。ここから3日間は礼儀作法をみっちりやりましょう」

「はい…」



「…全く、あのクソ田舎の家が。礼儀作法ぐらいちゃんと三歳までには叩き込んどけやカスどもめ」



 は?

 いまなんつった?


 聞き捨てならん音が聴こえたが聴き間違いか?


「あ、もうつきましたよ。お降りになられてください」

「あ、ありがとうございます」

「返事は『はい』です」

「…はい」


 え?え?

 これなに?


 何の冗談?


「ほら、早くお降りになってください。荷物は私が持って降りますから」

「はい」

「はいじゃないでしょう。そういう時は『いえ、わたしが持ちます!』といい荷物を自分で持って降りるんですよ。それがマナーです」

「…いえ、わたしが持ちます」

「威勢が足りない!」

「……わたしが持ちます!」

「よろしい!」


 あ、いいんだ。へー。


 いやこの人地雷見えなさすぎだろ。

 こっちって言われたらあっちが正解でこっちが敵対トリガーみたいな。


 もう自分でも何言ってるかわかんねえや混乱しすぎて。


「おあの…メノスさん」

「爺でいいですよ」


 ちっ。めんどくせぇなあ。


「爺様」

「はいなんでしょう」

「僕の部屋は…」



 刹那。その一瞬のスキ。


「おい」


 後ろから一閃。


 ドンッ


 似合うとしたらそんな擬音語だろうか。

 素手での双掌打だが、まだ近接戦闘慣れしていない俺をノックアウトさせるのには十分な一撃。


 視界が回る。

 スローで映る俺の視界に映り込むのは馬車のドア。屋根。それをも突き抜け、回転し、地面。


「ゴフッ」


 空中で浮きながら、俺は眼の前に俺のクチから出た血を見る。


 一瞬で10メートルほど弾き飛ばされた俺は地面に叩きつけられた。


「ガフッ」



「爺に気安く口を聞くな馬鹿者!」


 金髪のキチガイは転がる俺に大穴の空いた馬車越しに指を差す。


「ああ、こんなわたしのためにこれほどまでのことをしてくださるとは…」


「さすがはバルトロメウス様!さすがはこのヴェノザンビークの後継者様!」

「黙れ!」


 その一言とともにメノスも吹っ飛ぶ。



 あまりにもバイオレンス。



 俺はイライラしながら真上を見上げる。


「イカれてるだろ…」


 一旦現実逃避で俺は目を閉じた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「はーい切符見せてやー坊っちゃん」

「…これでいいですか?」

「お、ええでー。ほな!またよろしゅうお願いします」


 本人にとってなんかよくわからんボンボンから切符を切り、駅員は近くの掘っ立て小屋に向かう。

 ドアに入り、入念に鍵を掛けると、駅員は壁にもたれる。


「あー、割に合わん仕事やなあホンマに」


 そして駅員は急に顔を撫で回すように触り始めたのだ。


「ま、実際ここが穴場っちゅーこっちゃ」


 ベロリと顔がめくれ、中から現れたのはスラリとした体格と黒いスーツ調の服にネクタイと片眼鏡を合わせた男だ。


「ホンマに人使い荒いのうこの頃のマスターは」


 男はさらにマントを羽織り、また顔を触って人相を変える。


「ま、貸し一ってところやな」


 男が急に地団駄を踏むと床板が回り、深淵が出現した。


「ま、お転婆な甥の顔でも拝みに行くとするか」


 銀の指輪がキラリと光ったその男は闇に消えた。

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