それでいいのか? バンド名

 和十尊君が寝泊まりする場所を探しに向かった後、サークル室に鰐中さんが現れた。


「あっ、いたいた」


 どうやら鰐中さんは僕のことを探していたみたいだ。


「鰐中さん、僕に用?」

「もち。連絡先交換していなかったじゃん。だから交換しよ」


 ぶっちゃけ、こんなカワイイ子と連絡先を交換するなんてラッキーだと思う。いや、これから一緒にバンドをやるんだ。頑張ってドラムを叩こう。


「これでよし! あっ、ターニー相談があるんだけれど」


(相談か――神様、我に慈悲を)


「相談って?」

「うん。ベーシスト探そうかなって」


(頼む。彼の名前を出さないでくれ)


「ベーシストか」

「そう。ターニーは誰かよさげな人知ってる?」

「まだ、サークルに入ったばかりだから、わからないよ」

「そうだよね。あーあ、タメで存在感抜群の人いないかなぁ、フロントマンだし。バンドの顔にもなる個性的な人がいいな」


(頼みます! 頼みますから! 神様!)


「あっ! ワトソンがいるじゃん!」


(無慈悲だ)


「よし! 善は急げ。ターニー、ワトソンどこにいるか知らない?」


 僕は正直答えたくなかったが、鰐中さんの為に答えることにした。


「和十尊君なら、入学式の会場近くにある公園にいると思う」

「公園か――ワトソン、シーソーに乗って遊んでいるのかな?」


(鰐中さん? 大学生なら、もっと違う遊びをすると思うよ。っていうかシーソーは一人じゃ遊べないし)


「まあ、いいや。ターニー行くよ!」


(はい。ついていきます。僕はあなたのしもべです)


「谷川、気をつけてな」

「芳賀先輩、ありがとうございます。気をつけます」


 僕は鰐中さんと一緒にサークル室を出て、公園へ向かうことにした。


 ◆


 公園に着き、和十尊君を探す。五分ほど探すと、水飲み場で体を拭いている和十尊君を見つけることができた。


「ワトソン!」


 鰐中さんは和十尊君の近くへ行く。和十尊君は気づいたようで、蛇口の一部を指で塞いで水に勢いをつけ、鰐中さんに水を掛けようとしていた。


「うあ。ちょっと何するの!」

「誰だ、お前? ――おう、谷っち。久しぶりだな」


(うん。一時間ぶりだね)


「和十尊君。この子、鰐中さんっていって同じサークルの人だよ」


 和十尊君は鰐中さんを見つめ、そして何やら考える。


「谷っち、オレのストライクゾーンじゃない。他の女を紹介しろ」


(好みのタイプが違うということは、取り合いにならない。仲良くできるな――っていうか仲良くなること前提かい!)


「むぅ、失礼な。こんなカワイイ子に喧嘩を売ってるの?」


(うん。ストライクゾーンじゃないって面と向かって言われたらね)


「ああ、『外見だけを見るのは、湖を泳ぐ白鳥の足かきを見ていない。表面的な小細工に騙されずに本質を見ろ』と、フェデレイション・オブ・セイント・キッツ・アンド・ニィヴィス出身のサユリ・ワトソンの言葉がある。オレの座右の銘だ」

「フェデレイション・オブ・セイント・キッツ・アンド・ニィヴィス出身の人の言葉なのかぁ。確かにそうだよね」


(なぜに会話が成立する?)


「サユリ・ワトソンってどんな人だっけ?」

「オレのかあちゃんだ」


(あとは鰐中さんに任せて帰ろう)


 僕が帰ろうとすると、腕を掴まれた。


「谷っち、オレに用事があるんだろ?」

「えーっと、鰐中さんが和十尊君とバンドを組みたいらしいんだ」

「はぁ? オレと組むなんざ、十秒早いぜ」


(うん、十秒後には組んであげて。十年早いんじゃないんでしょ?)


「そんなぁ。ワトソンはあちきと組む気は無いの?」

「バンド名次第だな。気にいったら組んでもいいぞ」

「ホント!」


 と、いうわけで東屋あずまやに移動し、三人でバンド名を考えることになった。


「下手にカッコつけずに、現実感のあるバンド名の方がいいと、オレは思っている」

「うんうん。あちきもそう思う」


(僕も同意)


「そこでだ。『びちゃびちゃう〇こ』なんてどうだ? 昨日そんな感じだった」


(昨日、下痢してたのね。ビール飲みすぎだよ)


「えーー。それなら、あちき『カチカチう〇こ』がいいと思う」


(もうイヤだ。帰ろう)


 僕は何も言わずに東屋から出る。


「ちょ、ちょっとターニー! 帰んないでよ!」

「そうだぞ、谷っち。真剣に話し合っているのに失礼だぞ」


(真剣にう〇この話をしているんだよね)


 僕はすべてを諦め、空気になることを決めた。


「……」

「……」

「……」

「なあ、谷っち」

「ん?」

「谷っちの意見を聞いていないんだが」


 和十尊君に言われ、少し考えてみる。


「うーん、今、思い浮かばないから、後でもいい?」

「いいぞ」

「それよりもさ、和十尊君はバンドでどこのパートをやりたいの? ベースじゃなかったら、他の人を誘うつもりなんだけど」

「ベースか――カウベルとタンバリンとで悩んでいたんだ――よし! オレ、ベースやるぜ」


「あっ! ねぇ『カウベルタンバリン』にしない?」


 僕は鰐中さんの顔を見る。すると和十尊君が、


「いいねぇ! それにしよう。決まりだ!」


 こうして『カウベルタンバリン』が結成されたのであった。

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