大学生なの? 和十尊君

フィステリアタナカ

大学生なの? 和十尊君

 四月。桜は咲いているのだろうけれど、ここ五橋キャンパスには満天星どうだんつつじの花が咲いていた。


「この教室かな」


 教養学部のオリエンテーションに参加するため、僕は三階の奥にある講義室に入った。

 前の方の席に座り、大学の先生の話を聞く。大学卒業の単位の条件や履修登録など、最低限の説明があった。


「そっかぁ」


 オリエンテーションが終わり、後ろを振り向く。みんな立ち上がり移動している中、一人だけ赤髪の人が机にうつ伏せていた。


(あれ? オリエンテーションの話を聞いていなかったのかな?)


 僕はその人のもとへ行く。


「こんにちは。起きていますか?」

「起きているぞ」


 赤髪の男は顔を上げ、僕の顔を見る。


「ねえ、オリエンテーション聞いてた?」

「ああ、大丈夫だ。聞いていたぞ。わざわざすまんな」

「ごめんね、起こして。僕、谷川って言うんだけれど、君は?」

「わとそんだ」

「ワトソン?」

「ああ、和同開珎わどうかいちんの和に十月十日とつきとうか。それとニホンブソンの尊で、和十尊わとそんだ」


(平和の和に、十に、尊いでいいんじゃないかな? それとニホンブソンじゃなくて日本武尊ヤマトタケルノミコトだよ)


「食うか? マンナンライフのララクラッシュ」


(唐突だな)


「大丈夫だよ」

「そうか。蒟蒻畑の方がよかったか……」


(それもどうかと)


「なあ。谷川って学籍番号何番だ?」

「さっき説明があったでしょ? このあと学生部にもらいに行くんだよ」

「そうなのか? ちなみに学部の一回生は何人いるんだ?」

「七十二人だよ」

「わかった。七十三にするわ」


(ん? ん? どういうこと?)


 和十尊君の言っていることが理解できない。


「とりあえず、学生部に行こうよ」

「腹減ったから、学食に行く。学生部はその後に行くよ」


(えーっと、今九時だよな。朝食抜いてきたのかな?)


「わかった。これからよろしくね」

「おう。講義で分からないところがあったら聞きにいっていいか?」

「もちろん。同じ学部なんだから大丈夫だよ」

「じゃあ、よろしく頼んますわ」


 これが彼との初めての遭遇だった。


 ◆


 学生部から学生証を貰い、建物を出る。大学生になったらバンドサークルに入ろうと決めていたので、サークル棟へ行くことにした。


(確か、パンフレットに二階って書いてあったな)


 二階に上がり、お目当てのサークル室へいくと、何故か和十尊君が先輩方と話をしていた。


(学食に行ったんじゃなかったのかな? あっ、蒟蒻ゼリーで済ませたのか)


「すみません。ここはバンドサークルですか?」

「新入生?」

「はい、そうです」

「こいつも新入生なんだ」

「和十尊君ですよね」

「同じ学部なのか?」

「はい。教養学部で一緒です」


 先輩と話をしていると、和十尊君は首を鳴らしていた。


(変わった人だよなぁ)


 それからバンドサークルの今の状況を聞き、来週新入生歓迎のコンパがあることを知った。


「俺達の奢りだから、お前ら来いよな」

「奢りなんですか?」

「そうだ」

「そんな、申し訳ないです。ちゃんと払いますから」


「谷っち、せっかくだから奢ってもらおうぜ」


 僕は遠慮したが、和十尊君はポジティブに考えているみたいだ。


「じゃあ、来週の火曜日。参加します。場所はどこでやるんですか?」

「ここに来たら連れていってやるから、ここ集合ね」

「わかりました」


「じゃ、谷っち行くか。先輩、ありがとうな」


(その言葉使いで、和十尊君、大丈夫なのかな?)


 和十尊君とサークル室をあとにし、たわいもない話をする。


「和十尊君。そういえば、受ける講義決めた?」

「おっ、そうだ。決めないとな」


 そういって、和十尊君はスマホを取り出し調べ始める。スマホには青い画面が写り、〔放送大学〕の文字が――。


(ん? ん? どういうこと?)


「あああ、わかんね。あとで調べるわ」

「大丈夫? 手伝おうか?」

「大丈夫だ――オレ、今日はもう帰るわ」

「そうなのね。わかった。じゃあ、また明日ね」

「おう。ちなみに明日はどこで講義があるんだ?」

「僕が受けるのはオリエンテーションで使った教室の真上。四階の教室だよ」

「サンキュー、谷っち。じゃあな」


 そう言って和十尊君は学食の方へと歩いて行く。僕は今日の出来事を振り返っていた。


(えーっと。和十尊君は七十三って言っていたのよな。学生部に行ったのかな? 何故か放送大学のホームページを見ていたし――もしかして)


 僕は今後の大学生活に大きな波乱があるということを確信した。


(和十尊君は関わってはいけない人だったのかもしれない)

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