大学生なの? 鰐中さん

 僕は悩んでいる。和十尊君と同じバンドサークルに入ってしまうと、今後きっと彼から逃れられないと。このままサークル室へ向かうかどうか考えていると、和十尊君が話しかけてきた。


「谷っち、どうした? そんな真剣な顔して」

「ううん、何でもない」

「そうなのか? あっ、わかった。夕飯を何にしようか悩んでいるんだろ? 大丈夫だって、コンパに出たら、たら腹食えるんだから心配するな」


(やっぱり、行くの止めよう)


「和十尊君。僕、ちょっと用事があるから――」

「何遠慮しているんだよ。ほら、行くぞ!」


(あぁ、僕の大学生活が――)


 和十尊君に手首を掴まれ、サークル室へ連行される。サークル室の入口では、新入生とおぼしき人達がいっぱいいた。


「結構、いるね」

「オレの行く手を阻むものはなぎ倒す」


(うん。なぎ倒しているうちに帰ろう)


「新入生は集まったか? 階段のところにいるノッポでイケメンのお兄さんが会場に連れていくから、ついていって」


 先輩のそんな声が聞こえると、階段にいた背の高い先輩が階段を降り始め、ゾロゾロと新入生らしき人達が後をついていった。

 僕も何となくその流れに乗っかってしまい、新入生歓迎コンパの会場へと移動する。和十尊君はというと、後方で先輩達と仲良く打ち解けていた。


(和十尊君、適応能力がすごいな。――あっ、この子、なんか凄い)


 移動している際中、アイドルかと思うくらいのカワイイ女の子が少し前を歩いていた。


(どこの学部の子だろ)


「谷っち!」

「うわっ」


 急に和十尊君に頭を掴まれる。


「先輩、こいつ谷っちって言うんだ。俺の子分」


(ああ、子分なのね。いつ子分になったのかな、気づかなかったよ)


 そんなこともありつつ、無事に会場に到着。席は先輩が指定することになった。


(和十尊君から離れますように)


「じゃあ、君はここね」

「はい」


「おい! 和十尊! 俺んとこのグループに来いよ」

「先輩の目は良いですね。流石」


(目がきますね、じゃないかな? 目が良いって、たんに視力が良いってことでしょ)


 僕はそんなことを思いながら、和十尊君が奥の席に連れていかれるのを見ていた。


「じゃあ、鰐中わになかちゃんは、ここの席でいいかな?」

「はい、ありがとうございます。先輩」


(あっ。やっぱりカワイイ。先輩、この席にしてくれて有難うございます)


 僕が女の子を見ていると、彼女が僕に言った。


「一年生?」

「うん。一回生」

「あちきも一年生。どこの学部?」

「教養学部」

「そうなんだぁ。あちきも教養学部」


(オリエンテーションで見かけなかったな。こんなに存在感があるのなら気づいても、おかしくなかったのにな)


「あちき、鰐中っていうの。君は?」

「谷川です」

「うーんと、風の谷のナウシカの谷に、川中島の戦いの川で漢字あってる?」

「そう……です」


(谷川俊太郎の谷川でいいんだけれどな)


「ねぇ。パート何やるの?」

「僕はドラムかな」

「ドラム! 経験者?」

「吹奏楽部の友達にエイトビートを教わったくらいで、経験者とはとてもとても」

「そうなんだ。もしよかったら、一緒に組まない? あちき、ギターヴォーカルなの」


(こんなカワイイ子に言われたら、嬉しいけど――でも)


「僕、まだそんなに叩けないよ」

「大丈夫だって。みんな初心者からスタートだから、練習すればいいって」

「そうだよね」

「うんうん。それになかなかドラムやる人いないから、探していたのよ」

「それなら、先輩でも良かったんじゃ?」

「タメじゃないと、気を使うでしょ? じゃないと命令できないし」


(命令? 何の?)


「あっ、そうだ。鰐中さんって学籍番号は何番だった?」

「え、えーっと、確か募集人数が――、な、七十二番なの」


(ん? 何故に間がある? わと、わに、アレ?)


「鰐中さん」

「な、なに」

「あそこにいるの和十尊君っていう人なんだけれど、和十尊君は七十三番なんだ」

「わと、わな、わに」


 鰐中さんは指を折って数えている。それから手帳を取り出し、白紙のページを見て、


「ごめんごめん。あちき七十四だった。えへ」


(えへ――って。カワイイけど、この子ヤバい)


「ねぇ、君達。注文決まった?」


 先輩が僕らに話しかける。


「あちき、オレンジジュースでお願いします」

「僕はジンジャーエールでお願いします」


「わかった」


 僕は和十尊君の方を見る。


「先輩。オレ、ビールで」

「おいおい。お前大丈夫なん?」

「双子座O型だから大丈夫です」


(和十尊君――先輩は年齢のことを聞いているんだよ。二十歳かどうか)


「おっ、俺もO型だから仲良くやろうか。すみませーん、ビールを」


(先輩。そこはノラないで、ちゃんと確認してください)


「おい、和十尊。免許証あるか?」

「ありますよ。マイナンバーカード――はい、先輩」

「貸してみ――大丈夫だな。お前、二浪しているんだな」

「しーーっ。先輩、それは内緒でお願いします」


(もしかしたら、和十尊は浪人生のままなのかもしれない)


 新入生歓迎コンパ。とても楽しい時間が流れる。鰐中さん以外の一回生とも話したし、先輩方のバンドサークルに対する考え方も聞けて良かった。そんな中、和十尊は――、


「先輩。ビール空けるの早いっすねぇ。じゃあ、オレ、このタバスコ空けますわ」


(タバスコを一気飲みするの? そんな人聞いたこと無いよ)


「おっ、和十尊」

「見せてもらおうじゃないか」


「先輩方。賢者、和十尊をちゃんと見ててくださいね」


(あーあ、賢者ってそんなことしないよ)


 時間はあっという間に過ぎて、先輩方は二次会に参加者を呼びかけた。


「鰐中ちゃん、二次会参加するよね?」

「えーっと」


 鰐中さんがこちらを見る。


「あっ、あちき、ちょっと用事が」


 そう言って、鰐中さんは僕の方へ来た。


「じゃあ、帰ろうか」

「へっ?」


 急に「帰ろうか」と鰐中さんに言われたので、僕は間の抜けた声をあげた。


「あれ? 鰐中ちゃんのカレシ?」

「違います! 帰る方向一緒なので、一次会終わったら一緒に帰ろうかって話をしていたんです」


(そんな話していないよね? 鰐中さん)


「そうなの? じゃあ、二次会参加しない代わりに必ずうちのサークル入ってね」

「はい! もちろんです! ね」


(鰐中さん――同意を求めないでもらえます? 和十尊君と同じサークルになるんですよ?)


「ね!」


(はぁ)


 僕はすべてを諦め、首を縦に振る。今日は楽しかったけれど、今後が心配だ。


「先輩! 吐く息が熱すぎます。ファイヤーブレス出ますぜ」


(そりゃあタバスコ飲んだら、そうなるよね和十尊君)

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