最終話 そして、抗い続ける。
その映画は『告発』というタイトルが付けられた。
ドイツに生まれた一人の男が、自ら絞首台へと登るまで人生を描く映画であった。
何故、男はそうしたのか? それを観客へのフックとしていた。
大々的に宣伝が打たれては、広告が街中で躍った。
映画は大きく5つのパートに分けられている。
しかし、この情報は観客へと意図的に伏せられていた。
第1パート、優しい両親の下に生まれた内気な少年の物語である。
家庭教師の息子であるユダヤ人の友と勉学に励み、心豊かに少年が成長していく様を描いた。
第2パート、男はその”未来を見るような”先見性を開花させ、親友と起業。
世界恐慌などを逆手に取って莫大な財産を作り、後述の『地下』と呼ばれる施設群を作る様を描いた。
第3パート、男はナチス親衛隊に入隊し、迫害に加担するように見せながら自らの工場へ、人びとを誘導する。
偽装のため、人びとを過酷な労働に追い込むことに良心を痛め続けながら、多くの人をホロコーストから遠ざけた。
その過程で、口裏を合わせ書類上死亡した子供たちだけは地下に匿い続ける様を描いた。
第4パート、終戦に向けた様々な戦いとその果てに破壊されきったドレスデンの街を男は見ることになる。
自らを二重の裏切り者と称した男は、終戦とともに友や共犯者たちに別れを告げて、有罪に足る資料を携え、出頭。
そして裁判においては一転して自らが処刑されるべく、偽悪的に振る舞い、そして絞首台へと向っていく。
ここまで映画を見た戦後生まれの若い観客たちは、これがフィクションだと錯覚する。
こんな話が実話であると極一部を除いた全世界の誰もが知らなかったからだ。
だが一部の客は、上映時間がまだ残っていることに気が付くだろう。
あるいは映画のタイトルが”告発”であったと思い出す。
一体、これの何処が告発なのだろうかと。
そう、この映画は『男が自ら死んで終わり』ではなかったのだ。
第5パートは、これら映画の内容の全てが『事実である』と告げる老人が登場する。
劇中におけるユダヤ人の友、サウルその人が”観客たちへ”そう告げるのだ。
実際の地下の職員たちも証言を重ねるために出演する。
そして、そのサウルが知らぬ人は居ない企業グループの主である事も判明する。
赤狩りによって名前を隠した俳優や監督たちによって虫食いとなったクレジット。
そこで答え合わせのように流れるのは、実際に男がサウルに宛てた遺書の一部であった。
スポンサーにはこの老人が興したとされる企業が名を連ね続けた。
こうしてこの映画の男は、かつて戦犯として処刑された実在の人物であったと観客たちは気づくことになる。
観客は、みな唖然としながら、あるいは歴史書に登場する男の名前を探すべく、劇場を出ることになった。
狂気的とも言っていいゴリ押しと格安の放映権、チケットによって異常な上映館数を誇るこの映画は幾つかの記録を輝かしく塗り替えた。
制作費と収入を比べた場合の赤字比率などの不名誉な称号もあれど、欧米を中心に観客動員数は恐ろしい数をはじき出した。
一部のフィルムは闇の中で東側にも渡り、物好きな映画マニアにも驚愕を与えることになる。
そして世間からの反応は、激烈であった。
まず映画業界、当時の映画作りのルールを完全に無視した様な作品である。
これはまず映画であるかどうかとすら議論された。
完全に故人の名誉回復運動も兼ねた映像であり、証言集と共に世に出た。
これはある種のメディアミックスの形を取って単体での評価を難しくしていた。
傘下グループによるなりふり構わぬ宣伝攻勢もあり、刺激的すぎて受け入れられない部分もあってか、幾つかの賞を取るだけに留まるも、爪痕を残した。
むろん赤狩りに負けず、再びこの映画をとった人びとへの称賛の声があったことも忘れるべきではない。
欧州、特にドイツでこの映画の封が切られた時、得られた反応は様々であった。
敗戦したとはいえ兵士だった者たち、党員だったものたちは大勢いるのである。
かの男が戦時中に私腹を肥やしながら背後の裏切り者として生き、そして自ら死んでいったことをどう受け止めればいいかわからないものが続出した
何故この男を処刑する必要があったのかと、連合国側に抗議する声もあった。
この男が興した企業への悪戯、抗議電話が殺到することもあった。
軍人たちの中には映画館に銃弾を送りつけるものがいたし、幾人か逮捕者も出た。
中には戦時中にこの男に会い、救われた、あるいは亡命を手伝われたと新しく証言するものまで現れ、より混沌とした。
アメリカにおいては、男を知らない者の方が多かったからこそ、この映画を純粋に物語として受け取ったものは多かった。
そしてこの悲劇的な末路を辿った男が裁判においてアメリカ側に処刑されたことを知ると、抗議に出るものまで現れた。
赤狩りは終結していたものの、東西陣営の中で揺れ動くこの時に、ユダヤ人の告発者を共産主義者と非難するのもまた難しく。
こうして二重の意味で面目を潰された国家の関係者たちは、この迷惑な告発映画を苦虫を噛み潰すような目で見送った。
また未だユダヤ人コミュニティが強い地においては、この迫害者にして救済者に対する評価は賛否両論となり、議論を引き起こし続けた。
そして未だ戦火の記憶が遠くないとはいえ、歴史研究者と呼ばれる人びとは一気にこの男に対する評価を検討することになった。
なにせ凡百なナチス党内の悪魔、もしくはホロコーストを経済的な転機としか考えてなかった悪辣な企業運営者としか捉えれられていなかった存在である。
おまけにその悪魔を出し抜いた、被害者とされていたユダヤ人の後継者が実質的な共犯者として、その名を挙げた。
映画に、本に、と盤面をひっくり返す様な激震を引き起こしたサウル等を彼らは内心恨んだだろう。
集団的な詐欺のようなものであり、歴史の正当性が問われる自体まで発生する。
だがそれでも、告発の日以来、この男への評価は全く別の方向の視点が追加されることとなったのは確かだった。
そして中東の某国において、上記のような混乱は無論起こった。
工場で働かされていたが生還したもの、所謂当事者も少なからず含まれていたからだった。
何より議論となったのはこの男を始まったばかりであった『諸国民の中の正義の人』に含めるか否かということだった。
本人は親衛隊であり、すでに戦犯として処刑されていたが、それでも救われた人たちが声を上げたことによって激論となった。
だがサウル自身はそれを無理矢理にでも認めよという態度を示すことはなく、彼が正義の人と認められることはなかった。
しかし、何らかの高度なやり取りがあったのか、異例の処置としてサウルはドイツ人として記念植樹だけを行うことになった。
それでも残る悪評もあったが地道な地下の人びとや、その志を引き継いだ者たちによって風評は現代で薄れつつあった。
後年においてはグループ企業と提携を結んだ数億の契約者を持つ映像サブスクリプションが、この映画を画質のサンプルとして視聴者に無料で配信し続けている。
2023年に至るまでに、幾つかのリメイクも行われつつ、彼への評価は複雑極まりないものになるも。
それは極東の島国にまで、制作前後の騒動と共に響くものとなったという。
「閣下、現時点をもって10月8日を超えました」
ベッドと一体化したような老人の耳に、そっと息子が告げた。
もはや歩くことすらできなくなった老人はゆっくり頷き、安堵の息を漏らした。
「……活動を秘匿しているということはないんだね」
「ええ、政府の友人たちからも報告を受けていますが、逆に静かすぎると言ったこともありません」
「そうか……下がってよろしい、今日はありがとう……」
「いいえ……それでは」
「うん」
そうして老人は一人になって、真っ暗な夜の闇へと目を移した。
いくら見つめても乳と蜜の流れる大地はそこにはない。
だが。
無いのならばこれから作っていくしか無い、老人となったトミオは思っていた。
もはや先行きのないこの生命だったが、未来は変えられると彼やサウルは身を持って教えてくれた。
だからこそ本来であれば何処かで灰となっていた体を使って、トミオは今まで精一杯戦った。
そして幾つかの政治工作と安定化の末に、2023年のこの日を双方の流血なく迎えている。
自らが悲劇的な道を辿っていたとしても、誰かにそれを押し付けてはならない。
きっと断ち切れるのだ、人は自らの呪わしい因果を。
彼は、それを証明してみせたのだ。
サウルより引き継ぎ、何時かモーゼス医師と彼に送った冠が表紙に描かれた分厚い冊子たち。
そこには未来知識だけでなく、彼が日本人であった頃の記憶も赤裸々に綴られていた。
きっと誰かに知ってほしかったのだろう、そうした自分でも、誰かを救えるのだと。
「……そうだ」
トミオは自身が計画を進めていたNGO団体のトレードマークを思いついた。
あの息子に全てを任せ引退したら、その団体の面倒でも見ようと考えていたのだった。
傍らにあったパッドに、さらさらと、動く方の腕で描く。
恵まれない子供たちを救うための、そんな団体にしたかったのだ。
きっと、これが自分なりの世界に対する抗い方なのだろうと、トミオは微笑んだ。
画面には、花で編まれた冠のイラストが描かれていた。
ナチスドイツに転生しちゃった件 完
【完結】ナチスドイツに転生しちゃった件 タサオカ/ @tasaoka1 @tasaoka
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