花の列車
市月かづな
1
秒速1.4m、夢をみていた。
しずかな昼下がり。
春はやさしく、花香する列車は
わたしの脈を吸いとって風を切る。
ぼうっとゆられていると、
車窓の虫が私に聞いた。
「どんな夢だった」
私は口を噤む。
ひとつ息を吸い、
吐いてから。
「おぼえていないの」
虫は笑った。
「惚けたことを。
ずいぶん臆病な女になったのだな」
ああそうよ。
そのおかげでいま列車に乗って、
あなたと話をしているの。
血の上る喉が言葉を吐くまえに
虫はひらりと、
風にながれて消えた。
…
遠い街ゆくだれかに、
忘れられるのを恐れた夜もありました。
その春の全てがわたしを呪っても尚、
同じくだれかを忘れた今
まだわたしは、
春を うつくしいと思えるのです。
指先を伝うあかるい日差しに、
切符が行き先を変える。
「次で降りましょう」
一片の期待と 数秒の死を以てした、
あれは、
墨の残りに違いないのです。
花の列車 市月かづな @if__00
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