花の列車

市月かづな

秒速1.4m、夢をみていた。



しずかな昼下がり。

春はやさしく、花香する列車は

わたしの脈を吸いとって風を切る。

ぼうっとゆられていると、

車窓の虫が私に聞いた。


「どんな夢だった」


私は口を噤む。

ひとつ息を吸い、

吐いてから。


「おぼえていないの」


虫は笑った。


「惚けたことを。

 ずいぶん臆病な女になったのだな」


ああそうよ。

そのおかげでいま列車に乗って、

あなたと話をしているの。

血の上る喉が言葉を吐くまえに

虫はひらりと、

風にながれて消えた。



遠い街ゆくだれかに、

忘れられるのを恐れた夜もありました。

その春の全てがわたしを呪っても尚、

同じくだれかを忘れた今

まだわたしは、

春を うつくしいと思えるのです。


指先を伝うあかるい日差しに、

切符が行き先を変える。



「次で降りましょう」



一片の期待と 数秒の死を以てした、

あれは、

墨の残りに違いないのです。

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