御先の国のアリス

鳩原

御先の国のアリス

 青白い廊下の奥から微かに聞こえてくるばさばさばさっという音に反応して、アリスは振り向いた。間髪入れず通信機を起動する。

「ボス、トランプ兵がやってくるわ。武器を転送してくださる?」

慌ただしい雰囲気でごそごそという音が漏れてくる指令室だが、さすがに優先順位はわきまえているようだ。一秒後にはアリスの右足に装着された転送装置にずっしりとした重みが感じられた。慣れた手つきで構え、そこで初めて目をやると……鮮やかなピンク色の首の長い鳥が、こちらを見ていた。

「はじめまして。わたくし惑星V-20305出身のフランと申します。以後よろしく。」

「どういうことよ⁉ボスは私にフラミンゴ、その、私の出身地にあなたとよく似た生き物がいるの、で戦えというわけ。」

「ボスから伝言を預かっております。『アリスの右足へ。フラン三等兵は自身の種族の特徴である光を吸収・放出する嘴について研究を進め、嘴から光線を発射するという高等技術を発見し、身につけた。滑るように移動し得意な接近戦を強いてくるトランプ兵に必ずや……」

そこまで言うと、廊下の角からトランプ兵たちが飛び出した。

「もう、ボスったら結論までが長くて仕方がないわ。私が指示を出すから、あなたはそれに従ってちょうだい。うん、ざっと二十人ってところね。いや、枚の方が正しいかしら?」


 今から半世紀ほど未来、人類は全宇宙知的生命体連合への加入を認められた。そこでは最新技術の共有、希少生物の保護・研究など、様々な恩恵を受けることができる。人類は加速度的に発展し続け、今や先進種としても認定しようという運動まで起きている。さて、ここだけだと良いことばかりのようにも聞こえるが、決してそうではない。先進種となる以上は連合に何かしらの貢献をしなければならないが、独自の技術力があまり高くない人類が研究の分野でそれを行うのは困難である。そこで目を付けたのが戦闘分野、特に狭い場所での単独行動というわけだ。というのも、現在連合軍の兵士の六割を占めるc住む種族、通称トランプ兵はあまり知能が高くなく、単独行動はほとんどできない。そこに目を付けた人類が、我々なら一人だけで戦闘をこなしますよ、と先進種たちに持ち掛けたのだ。もし本当にそうならばこれを逃す手はない。そう思った先進種たちは、ある実験をすることにした。トランプ兵と人間を戦わせ、能力をはかることにしたのだ。これに失敗すれば、人類は一生発展途上種だ。絶対に成功させなければならない。そこで選ばれたのがアリスという十歳の少女だった。現在の人類は短い寿命の中でできるだけ早く人材を育て上げるために、才能のある者は本人に適した教育プログラムで学習することができる。彼女は五年前からその戦闘センスを買われ、戦闘訓練が大部分のプログラムを受けてきたのである。突然連合の人類代表から呼び出されて最初は戸惑っていた彼女だが、事情を聞かされると俄然乗り気になってきた。得意なだけでなく、戦闘を心から楽しむ少女なのである。

 さて、実験当日。記録装置が壁や天井にこれでもかと埋め込まれた、小型宇宙船を模した実験場に、アリスはいた。ウサギのような生物が懐中コンピュータを見つめながら、隣に立っている。しばらくして、ウサギが口を開いた。

「惑星T-19008のアリス・リデル。準備が整ったそうだ。行くぞ。」

「あら、私の星にはちゃんと地球っていう名前があるわ。あおれに、どこにも扉なんてないわよ。さっき外から入ってきたあれを除けばね。」

「そうか、重力昇降機は初めてか。まあ、仮にも戦闘員候補の体幹だから大丈夫だと思うが。」

そういってコンピュータを操作すると、天井に穴が開いた。そこに体が吸い込まれていく。いや、頭から落ちていくといったほうが正しいか。とにかく、重力の働く方向が百八十度変化して、アリスたちを目的地へと送り届けた。

「そろそろ着くから、体の向きを変えろよ。そのままだと頭から突っ込むぞ。」

「わかったわ。でも、そういうのはもっと早く言ってくださる?」

空中でくるりと宙返りをしたアリスは、きれいな着地を決め、会話を続ける。

「それに、この重力昇降機?重力が反対になるなんて、思ってもみなかったわ。そういうのも先に説明しておいてほしいものね。」

ウサギはアリスの文句を無視して口を開く。

「ここからが実際に戦闘する実験場だ。そこの扉を開くとスタート。敵はトランプ兵で、全員を倒したらお前の勝利。死んだらお前の負け。ちなみにお前の味方はいない。じゃあ、私はモニター室に行く。」

「なんて不愛想なのかしら。まあいいわ。どんどん行きましょ。」

アリスはそういいながら通信機を耳にはめ、扉を開いた。

 

そして現在、トランプ兵が風を切りながら突き進んできているというわけだ。彼らの惑星T-10002は絶えず気象が荒れているので、トランプ兵の先祖は地中を少しずつ切り拓き、狭い空間を薄い身体で移動しながら生活してきたのだ。人類に負けて兵士をくびになり、故郷に残してきた家族に貧しい思いをさせるわけにはいかない。そんな覚悟の伝わる突進だった。しかし、そんなことを知るよしもないアリスはフランの首をつかみ矢継ぎ早に指示を出す。

「二秒射出!大丈夫、角度は私が調節するから!次、五・五秒!」

一分も経たないうちに、目の前には穴の開いたトランプ兵たちが横たわっていた。普通の光線銃ならばそれほど深い傷は負わないし、たまに高出力のものに出会っても複数人で襲い掛かるトランプ兵に出鱈目に撃ち続けていればすぐに燃料切れを起こす。フランの強力な攻撃と、アリスの正確な指示がもたらした勝利である。

 トランプ兵が飛び出してきた方向にさらに進むと、開けた場所に出た。ドーム状の天井には空の映像が映し出され、まるで屋外のようだ。アリスは用心深く石畳になっている地面に足を踏み入れた。しばらくすると、ずっと続く石畳の向こう側から先程とは比べ物にならないくらい大量のトランプ兵がやってくる。そして、大群の真ん中あたりから三人のトランプが飛び出した。風の抵抗を極力減らすためのぴったりとしたデザインのトランプ兵用軍服ではなく、豪華な服を身にまとっている。それに服には兵士番号を表す数字ではなく何かを象った細かな刺繍が施されている。その中では一番地味なトランプ兵が口を開けた。

「ひかえおろう、お二方は惑星T-10002を治められし王族であるぞ。」

どうやら三人は王族とその従者のようである。

「あら、ひかえおろう、とはどういうことかしら?私はトランプ兵でもないし、その星に行ったこともないわ。別に私はひれ伏すことないじゃない。」

「黙れ!貴様が私たち民の仕事を奪おうとするから、わざわざ王様と女王様が止めにいらっしゃったのになあ!そんなことをほざくやつはなあ……」

そこまで言ったところで、誰かが声を被せてきた。どうやら女王様のようだ。

「この者の首をはねよ!」

トランプ兵たちが一斉に飛びかかってきた。はじめのうちは廊下で戦った時の方法で対処できたが、そのうちに捌ききれなくなってきた。狭い廊下と違い、広い場所では一度に突っ込んでくる兵の数が違う。

「早く突破してください!このままだとジリ貧です!」

「そんなこと言ったって、右四十度に八秒!どうしようもないじゃない!上三十五度に三秒!武器の転送にも時間かかるし!嘘、下からも来るの⁉」

「その時間をわたくしが稼ぎますから!さあ早く!」

「迷ってる時間はないみたいね、ありがとう、フラン!」

アリスはフランを手放して後ろに飛ぶと、すぐに通信機に向かって話しかける。

「武器!〇・五秒以内!」

やってきたのはオーソドックスな形の槍である。ボスの緊張した声が叫ぶ。

「使え!あそこから遠距離の戦闘に持ち込むことはできない!」

「なんだ、簡潔な指示もできるじゃない!いつもそうあって欲しいものだわ。」

そんな会話が終わるころには、いや「遠距離」のあたりでアリスはトランプ兵に向かって突撃していた。今回の実験では相手がトランプ兵だったので高出力の光線を撃てるフランを武器として投入したが、そもそもアリスの得意分野は近接戦闘である。彼女はその美しさすら感じる槍術でトランプ兵を切り裂き、突き伏せ、叩きのめしていった。向かってくるトランプ兵を全員薙ぎ倒し、一度距離を置いて息を整える。水を得た魚を体現するかのようなアリスの戦闘で、決着はついた、かのように思われた。しかし、まだ最初の三人のトランプが残っている。

従者は一番に飛びかかってきたにもかかわらずつかず離れずの戦法でいまだ無傷だった。王様は自分よりも大きな槌をどこからか取り出し、地面を打ち鳴らしている。担いだ大斧を震わせて怒る女王様が指を鳴らすと合図に従者は石畳の下に隠してあったらしい転送装置を起動する。しばらくすると視界を覆い隠すような大砲が王様と女王様の奥に現れた。大砲といっても火薬ではなく機械仕掛けの物なので、操縦室に従者が乗り込む。女王様が怒りに満ちた声で言う。

「この者の首を、はねる!」

二人が襲い掛かってきた。アリスはまず、王様の振り上げた槌を避けようと横に回り込もうとした。しかし足が動かない。いや、体が動かない。そして息もできない。その時、微かに通信機が動き、ボスの声がした。

「空間固定剤だと思う!今溶解液送った!」

「あら、ありがとう!でもさっきまでは何ともなかったわ。」

間一髪で攻撃を受け止めたが、腕が痺れてしまった。木製のように見えるが重力昇降機のような威力をあげるからくりが施されているのかもしれない。

「さっきまで、地面叩いてただろ。多分その時に埋めておいたのをはたき出したんじゃないかな。自分たちだけは溶解液を靴に塗っておいて。」

「アリスさん、後ろ!」

フランの声に、アリスは振り向く。槍の刃で、女王様の斧を受け止める。がきんと鈍い音がして、そして、槍が折れた。

「今度は何が起こってるっていうの⁉それより、ボス、新しい槍!」

「無駄じゃ、ダマスカス鋼製の斧は絶対に敗れん。」

どうやらこの斧の素材は地球のロストテクノロジーであるダマスカス鋼を先進種が復元したものらしい。

「ちょっと待ってくれ、ダマスカス鋼だと⁉じゃあ普通の槍じゃ無理だ!対策考える!」

「そんな時間ないわ!」

「助太刀します!」

フランが光線を放った。が、女王様が斧の刃をかざすと、乱反射して砕け散った。

「無駄といったであろう。」

その声に轟音が重なった。

「王様、女王様、お離れください!電磁投射砲の用意ができました!」

絶望が走る。二人がすぐに離れ、大砲に青白い光が集まる。

「これ飲め!」

一番早く行動したのはボスだった。次いでアリス。フランを守るように抱えて転送されてきた小瓶の中身を飲む。そして電磁投射砲が放たれる。


 次の瞬間アリスが感じたのは、爪先の痺れだった。何が何だかわからず、思わず声に出す。

「おかしいわね。この靴は開発中とはいえパワードスーツの部品が埋め込まれているから、滅多なことでなければ衝撃を吸収しきっていまうのに……」

「そりゃ電磁投射砲だからな。いやしかし間に合ってよかった。」

「あら、そうよ。電磁投射砲を受けたんだったわ。じゃあここはあの世かしら?あれ、でもなんでボスがいるの?」

「生きてるんだよ。開発中の粒子爆発分裂薬を使った。今のお前の身長は約十六メートルだ。」

「それはよかったわ。でも、なんだかあまりかっこよくない名前ね。」

「いいだろう、助かったんだから。服すら破れなかったこと、感謝してほしいな。」

その時、どこからかあのウサギの声が聞こえた。

「やめだやめだ。そんなもの使ったら狭い場所での戦闘というシミュレーションが崩れるじゃないか。トランプも数で迎え撃てば勝てるとか吹いていたから特別に大部屋を作ったのに結局やられて。本当は全員処分してしまいたいところだが、トランプ兵が大量に死んだ今アリスという逸材を逃すのは惜しい。とりあえず全員重力昇降機で回収だ。」

そこまで言うと、ドームがぱっくり開き、そのまま五人は吸い込まれるというか落ちてるというか……


「アリス!アリス!寝ているの?」

「……?はっ、姉さん!聞いて、今までとっても不思議な夢を見ていたの。」

「いいわよ。でももうすぐ宇宙フェリーが出港してしまうわ。夢のお話はそこでゆっくり聞かせてね。」

「うん!」


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御先の国のアリス 鳩原 @hi-jack

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