Under the Storm

卯月

嵐の下で

 突然、激しい雨が降り始めた。

 天気予報では、そんなこと全然言ってなかったのに。

 斜めに叩きつける雨に追われるように、夕方の住宅街を走っていると、何かの店らしい看板が見えた。


『Under the Storm』


 深く考えず、ドアを開けて駆け込む。

 店内にいたおじさんが俺を見て一瞬驚き、それから、嬉しそうに言った。

「いらっしゃいませ」

「……あー、ここ、喫茶店ですか」

 カウンターと、いくつかのテーブル席。客は一人もいないようだが。

「そのようなものです」

 おじさんがにこやかに答える。

「びしょ濡れなんだけど、入っても大丈夫……?」

「どうぞどうぞ、こちらに」


 カウンター席の高い椅子に腰かけ、やっと落ち着いて店内を見渡した。壁中にレトロな掛け時計がかかっているが、全部、違う時刻を示しているのが不思議だ。

「私はただの留守番なので、こんな物しか出せなくて。あ、お代はいりませんよ」

 と、おじさんが湯気の立つ日本茶を出してくれた。

 ちびちび飲みながら、世間話。大学の授業が休講になったので、ふらふらと、普段とは違う道を通って帰ろうとしていたと話す。

「こんな住宅街に、喫茶店があるとは思いませんでした」

「でしょうねぇ」

 飲み終えた頃に、おじさんが尋ねてきた。

「ところで、今は何年何月何日ですか?」

「は?」

 きょとんとしながらも答えると、おじさんは、カウンターから出てきて言った。

「ああ……もう五年か……でも、まだ早いほうなのかも」

 そして、ぽん、と俺の肩を叩いてから、ドアへと歩いていき、開ける。

 店の外は、さっきの嵐が嘘のような青空。


「次の留守番、頑張って」


 外に出たおじさんの姿が消え、ドアが閉まる。


「え……待てよ、何だよそれ!」

 慌ててドアをガチャガチャ開けようとしたが、びくともしない。

「何だよ……留守番って……」

 おじさんの言葉がだんだん頭に浸透してきて、その場にへたり込む。

「嘘だろ、五年……?」



 そんな店が、嵐の日、どこかに現れる。



〈了〉

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Under the Storm 卯月 @auduki

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