第4話

 反重力装置を組み込んだ赤いバイクが空を駆けて、飛行船を追いかける。幸いにも、数日前に一度損傷した飛行船はそう早くは飛べないらしかった。

「あそこ、見えましたわ! もう一段階加速しますわ!」

 アルコノストがエンジンをふかして加速して、飛行船を剣の射程範囲内に飛び込む。その瞬間、キン、と音を立てて剣戟が走った。放たれた斬撃で、飛行船の下部キャビンの扉が破壊された。衝撃で一瞬操縦が効かなくなった飛行船にバイクを接近させて、そのまま開いたキャビンにアランが乗り込んだ。どうやら今日はパイロットとレンヒル以外の誰も乗っていないようで、運転席の隅に小ぶりの棺桶が置かれている。

「ごっこ遊びの騎士が、まだ諦めないか」

 呆れたように言って、レンヒルは抜刀の構えを取る。アランも同じ姿勢になってにらみ合い、どちらが先に仕掛けるか探り合う。

 あざけるようなレンヒルのその言葉に、アランが揺らぐ要素はもう一つも無かったし、答えは既に彼の中にあって、わざわざレンヒルに対して答えてやる必要もなかった。

(そうだ。ごっこ遊びでも確かに救えたものがある。ごっこ遊びでも、最後までやり切ればそれは本物になる。……俺は弱きを助け悪しきを挫き、遍歴の騎士アラン・メラン。そうあり続けることを、王女シリンとアルコノストの名に懸けて、ここにに誓う!)

 満ち足りた心で抜かれた魔法剣が、鋭い光を放った。レンヒルが抜刀したのもほぼ同時だった。だがアランの斬撃は光と勢いでレンヒルの斬撃を圧倒して、そのままレンヒルを飛行船客室部の壁に叩きつけた。

 アランがこれまでの剣術修行で手本にしたのは、ただ一度だけ見たレンヒルの高速抜刀術クイックドロー。それを何度も何度も脳内で繰り返して思い出し、身体にしみこませて、ついにその速度は弾丸を超えるに至った。たとえ彼が偽の騎士であっても、それもまた紛れもないアラン・メランの真実である。

 すかさずアルコノストが操縦席に置かれた王女シリンの小ぶりな棺に駆け寄ってそれを抱きしめた。運転席に座ったパイロットはどうすることも出来ず、その様子と操縦パネルを交互に見守っている。

「シリン、シリン、迎えに来ましたわ!」 

「……それから、離れろ!」

 何とか態勢を立て直したレンヒルが素早く右腰の銃を抜いて発砲したが、妨害するようにアランの斬撃が飛んで弾は真っ二つに割れて落ちた。

「くそッ、くそッ、貴様のようなごっこ遊びでしかない騎士の高速抜刀術がなぜおれに勝る……!」

 苛立たしげに怒鳴るレンヒルに、静かな声が答えた。アルコノストだった。彼女はシリンに寄り添ったまま青く高く輝く瞳で彼を見上げた。

「お忘れになって? 魔法の一撃ごとの強さやコントロールは術者の気持ちに大きく左右される。レンヒル、私はお前の魔法について、ひとつ思い違いをしていましたわ。お前の高速抜刀術が高水準で安定しているのは才能の問題だと思っていた。けれどそうではなく、お前は思想や信念がないから、それに由来する気持ちに左右されず安定しているだけ。弱くなることもない代わりに強くなることも無い空っぽの剣よりも、ブレや波はあるけれど、決して揺るがない信念や誓いに固く支えられた時のアランの剣の方がずっと強い」

 苛立ったように、レンヒルが銃を捨てて剣を構える。けれど彼が抜刀するよりも早く棺の蓋がおのずと開いて、そこから這い出た黒い埋葬布がアルコノストの肩に乗った。白い骨がカチャカチャと歌うような音を立て、踊るように彼女の体を覆い、一部が損壊した金属パーツがそれを補った。その足元に魔法陣が光る。

 科学と魔法で織りなされた強化外骨格を纏って、アルコノストが立ち上がる。埋葬布が翼のようにばさりとはためく。その堂々とした立ち姿に、あの幼くとも気高いシリン王女の姿を、あるいはラパクス王家の城の廊下に飾られた歴代の国王たちのような威厳を見出して、レンヒルが怯んだ。

「私がとどめを刺してもよろしくて? 我が騎士アラン・メラン」

「ええ、もちろん、好きなだけ。シリン・アルコノスト・ラパクス王女殿下」

 芝居がかった仕草でアランが礼をすると、何事かとレンヒルが問いただすよりも前にその右頬に強烈な拳が打ち込まれた。その勢いたるや、レンヒルの巨体がぶち当たって運転席の窓が粉々に割れて壁がへこむほどであった。ヒィ、とパイロットが悲鳴を上げたのも無理はない。

「アラン、レンヒルの武装を解除して拘束なさい。パイロット、ここから一番近い政府施設に向かいなさい」

 アルコノストのその物言いに、パイロットは引きつった声で「もちろん喜んで、王女殿下!」と返事した。


***


 1か月後。闇に包まれたヴァリアント・ヴァレーの片隅で、早朝の新聞の一面を見たアルコノストが声を弾ませた。

「ねえ、ご覧になって、アラン! レンヒル以下、治安維持特務部隊が国家転覆罪等で刑務所行きになったらしいですわ」

「気絶したレンヒルを政府施設に投げ込んだのも良かったのでしょう。あの録音も、しっかり政府への告発の助けになったみたいですね」

 ランプを動かしながら記事を読んだアランは良かった、と白い息を吐き出してアルコノストに微笑みかける。彼女もにこりと微笑んだ。

 あの後アランとアルコノストは一番近くの政府の施設にレンヒルを放り投げ、そのまま半ばパイロットを脅すような形でシリンの棺を改造した技術者の元に向かった。落としたりパーツが欠けたりした大切な棺の整備のためだった。そうしてその周辺で金を稼いで、旅を再開して昨日このヴァリアント・ヴァレーに到着した。一獲千金を狙うギャンブラー気質のエネルギー鉱石掘りたちは、旧ラパクス王家の王女であることをごまかさないシリン……もといアルコノストを、「そっくりさん芸人」か何かだと判断して、好意的に彼女を受け入れた。それに付き従って騎士を名乗るアランの存在もまた人々にウケた。

「そもそも鉱石掘りなんて、脛に傷持つものが多いからね」 

 そう言ったのは、アランたちが泊っている宿の女将だ。実際それもその通りだった。

 短い沈黙の後、アルコノストが静かな声で言った。

「ねえ、あの革命の日のことをしゃべってもよろしくて?」

 否やはない。アランは頷いて、水筒に入れていたホットコーヒーを彼女に手渡した。

「……あの革命の日、城の外が騒がしくなって、城内も次第に騒がしくなった時、シリンが私をこっそり自分の部屋に招き入れたんですの。彼女は有無を言わせず私の服を脱がせましたわ」

 影武者はコーヒーを一口飲んで、深呼吸を繰り返す。

「私が脱いだ服を彼女が着ました。そして裸になった私に、彼女は、王城を抜け出すときによく来ていた庶民服を着せましたわ。そして、双頭のハゲタカを刺繍した黒い埋葬布を私に託してシリンは言ったんですの」

 アランは頷き、戻ってきた水筒を受け取りだまって続きを促す。

「離れ離れになっても私たちはずっと一緒ですわ。さ、いつものあの王城の隅から城を出なさい。私も後から必ず追いつきますわ!」

 城を出なさい。それが、王女シリンが影武者アルコノストに下した最初で最後の命令だった。だからこそ、その命令に背くことなどアルコノストにはできなかった。

「ここからは推測になりますが、アルコノストの服を着ていたシリンはそのまま影武者として、他の王族に交ざって逃亡したのでしょう」

 そしてレンヒルの裏切りによって王族と近衛騎兵団は全滅した。双子でもないのに瓜二つだったシリンとアルコノストのことだ。みすぼらしい恰好をしていた王女の影武者が、まさか本物の王女シリンだとは、誰も思わなかっただろう。

 語り終えて、アルコノストは小ぶりな黒い棺をそっと撫でる。その横顔に、水筒のコーヒーを飲んでいたアランが問いかける。

「……影武者は、アルコノスト、あなただけだったのですか?」 

「ええ、おそらくは。本当に偶然、王女シリンが街角で自分にそっくりの顔をしなみなしごを拾ったからこそ成立したんですわ。苛烈な人柄ではあったけれど、父王は40歳を超して生まれた末の娘は確かにかわいがっていたからこそ、私を側に置きたがったシリンのわがままを飲んで影武者としてなら傍に置いて良い、としたのですわ」

 しかしその王女が、自らを犠牲にして影武者を生かすことになるとは予想だにしなかったのだろう。それはまた、影武者本人にとってもそうだった。

 自分が生かされた意味を考えたアルコノストは、自分がシリン・ラパクスだと堂々と名乗り、人々の記憶にその名を刻みつけることを選んだ。

「アルコノストの名は、アラン、あなたに預けますわ」

「ええ、確かにお預かりしますとも。……ああ、見てください、お二人とも!」

 アランがを撫で、アルコノストの手を握って彼女たちに顔を寄せ、はるか先を指さした。その指先で灯った太陽の赤い光に、夜の闇に溶けていた巨岩の姿が照らし出される。ゆっくりとせりあがる陽の光に、夜と大地がグラデーションを描き出し、あたりを赤やピンク、黄色や淡い青で染め上げる。アルコノストの金髪も、その首元で輝く宝石も、アランの腰に下げた魔法剣も、朝焼けを浴びてキラキラと輝いた。

「綺麗な朝焼けですね……!」

「ええ、とても美しい景色ですわ」

 黒い棺桶を間に挟んだアランとアルコノストは、互いにもたれかかりながら、空が完全に朝の色に染まるまで、その景色を眺めていた。


***

 

 かつての革命で王族と近衛騎兵団を一網打尽にした治安維持特務部隊が革命後に増長して人々を苦しめていた、とか。キャラバンを装った盗賊、とか。海辺の街を占拠する海賊、とか。遠くの国から来た奴隷商人、とか。政府から派遣された悪い役人、とか。

 そんな悪党たちを快刀乱麻で懲らしめて回る騎士とお姫様の噂が、いつの頃からか革命政府国内で語られるようになった。

 騎士は、魔法剣の飛ぶ斬撃を利用した、高速抜刀術クイックドローの使い手。お姫様は、かつての革命で倒れた王家の末娘、死した同族の骨をまとって戦う、畏怖すべきハゲタカの血の最後の一滴。

 そんなおとぎ話のような噂を、人々は面白おかしく、特に敬意と祈りを込めて語る。そして人々はこんな風に噂を締める。

「弱きを助け悪しきを挫く。アラン・メランほど騎士と呼ぶにふさわしい男はいるまい」

「気高く聡く、諦めることなく民を守る。シリン・ラパクス王女ほど、王女と呼ぶにふさわしい女はいるまい」

 そしてそんな二人にあやかろうと、人々は遠路はるばる、とある小さな町の「ラパクス王家御用達」のパン屋を訪ねるのだという。

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Fake & Fake ! ~クイックドロー騎士とハゲタカ姫 鹿島さくら @kashi390

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