獄中手記

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私が佐山慶介を殺したことについて

 現在獄中でこの手記をしたためています。私は人を殺しました。死なないはずの人間を殺しました。被害者の名は佐山慶介といいます。慶介は私の親友でした。

 死なないはずの人間というのはどういうことかと申しますと、これは比喩でもなんでもなく、佐山慶介は不死身の人間でした。何万人にひとりの珍しい体質で、海外ではDEADMANなどと呼ばれているそうです。彼らは不死であるかわりに信頼や愛情といったものを感じられない性質でして、例に漏れず慶介も人と人との温かい繋がりがさっぱりわからない無神経な奴でした。DEADMANにはそういう者が多いそうです。

 そんな慶介と私は不思議と馬が合いました。私はDEADMANではありませんが、幼少期から他人と親しくなることを気持ち悪いと感じるような、孤独が好きな性分でした。そのため慶介だけが、適度な距離感で付き合いを続けられる唯一の人間でした。

 慶介は他人と親愛の情を持てない代わりに、仕事のできる奴でした。その有能さで人間関係を埋め合わせていました。自分はそんな慶介を初めて見たとき、こんな生き方もあるのかと感心してしまいました。

 そのような慶介と愛想のない私が仕事で組まされるのは、ある意味適材適所であり、厄介払いだったのでしょう。それが功を奏して、私と慶介は周囲から見て親友と定義されるにふさわしい長続きした連携を築きました。

 ある日、二人で飲んだ居酒屋で慶介が言いました。

「困っちまうよなあ、まったく。俺は人と話すのも関わるのも嫌いじゃないのに、ちっとも楽しくなれないんだ」

 その言葉と一緒に、慶介はDEADMANについて教えてくれました。その時の私は慶介の悪趣味な冗談だと思っていたのです。しかしその帰り道のことです。慶介は不意に私を呼び止め、雑木林の奥に連れていきました。

「おもしれーもん見せてやるよ」

 そう言って慶介は鞄から出したカッターナイフで首を切りました。確かに深々と突き刺して、血が流れ出ました。私はそれを前にして腰を抜かし、パニックになっていました。しかし、首から出血して地面に倒れた慶介がおもむろに起き上がり、首の傷が見る見るうちに消えていくのを見て、私は更に絶叫を上げて気絶しました。

 次に目が覚めた時、雑木林は朝の陽ざしを受けており、目の前には慶介が生きていました。

「すごかっただろ」

 そう言って笑った顔を作った慶介の首に傷はありませんでした。

 地面にも血痕はありませんでした。


 そのような不死身の佐山慶介がなぜ死んだか、これは警察の方々にも話したことですが、ここで文章にして残しておきたく思います。理由は最後に書きますので今はご容赦ください。

 慶介は何年経っても優秀で、私はそんな慶介と他の人々の中間に立って調整する役割になっていました。お互いそろそろ四十だなと軽口を叩く頃、慶介は精神科に通院を始めました。

 自分の望む社会との関わり方と、現実の自分のギャップに耐えられなくなってきた、と彼は言っていました。

 私はひどく驚き、また動揺しました。あの慶介がそんなふうに悩むことなんてあるのかと、信じられませんでした。しかし慶介自身から渡された書籍には、DEADMANは愛や信頼を感じられないことで様々な精神疾患にかかりやすいと書かれていました。慶介もそうなってしまったのです。本当は愛や信頼を感じてみたいのに、体質によって一生それができないことが悔しくてたまらないのだと彼は語りました。皆それを感じて気分よく生活しているのに、自分にはそういう安息が一生手に入らないのだ、自分は普通にはなれないのだ、という事実に彼は打ちのめされていたのです。

 私は私なりの言葉で彼を説得し、通院の手助けをしてきました。けれど私自身も限界が来ました。慶介の介護をすることではありません。あの日、私を感心させ憧れを抱かせた、ひとりきりでも器用にやっていける佐山慶介という優秀な人間が、目の前で崩れていくのが嫌で嫌で仕方なかったのです。佐山慶介は孤独でもやっていける器用な人間などではなかった。私が思っていた佐山慶介という人間像は、私の希望的、理想的なものを反映したまったくの虚像だったのです。

 それを自覚した私は、勘違いで慶介を祭り上げていた自分を軽蔑するのではなく、生々しい弱さを晒すほどに情けなくなった慶介を憎みました。私は彼に元に戻ってもらいたくて、通院を手助けし、言葉を模索していました。そこに他の人々がうまく言うような温かみは入れられません。入れたところで慶介はそれを感じられないのですから。なので私は徹底して、仕事の話で慶介を焚きつけました。周囲から見れば、弱った人間に追い打ちをかけるような酷い言葉に見えたでしょう。ですが私たちにはそれでよかったし、それが必要だったのです。

 しかし慶介はとうとう自宅の風呂場で倒れていました。私が訪れた日、チャイムを鳴らしても出てこないので訝しんで、しかし鍵は開いていたので中に入りました。風呂場のほうから、ここだ、と声が聞こえたので中に入りました。中には包丁を手にした慶介が、そこら中切り刻まれたぼろぼろの服を着て座り込んでいました。服を着た上から何度も包丁で刺したのに死ねなかったそうです。周りから顰蹙を買いながらも仕事の優秀さでねじ伏せていた慶介はもう跡形もありませんでした。弱々しい声で慶介は言いました。

「死にてえのに、死ねねえんだよぉ。DEADMANを殺せるのはその人を心から愛してくれている人だって本には書いてあったのに、俺にはそんな人、どこにもいねえからよぉ」

 その言葉を聞いて、私はとうとう心の底から、慶介に対して同情してしまいました。なんと憐れな生き物だろうか。涙が止まらず、私は彼に抱きついて泣き続けました。泣きながら包丁を手に取って、慶介に突きさしました。何度も何度も、慶介の全身をくまなく刺しました。生き返るはずの慶介は、そのまま死んでしまいました。それによって、あることが証明されました。私は慶介を愛していたのです。その愛が友愛か性愛かはもうわからないし関係ないしどうでもいいのです。慶介は私にとって紛れもなく親友だったのです。

 この手記を読んだ皆さん、どうか佐山慶介に同情してやってください。誰かから愛されている、大切に想われていると、さっぱりわからない人生を送った末に私に殺されてしまった佐山慶介を、私の代わりに弔ってやってください。私にはできません。慶介の死を認めることができません。眠るたびに慶介の夢を見て、起きている間は慶介の幻覚を見ます。そして幻の慶介は言うのです。

「親友になってくれてありがとう」

 私はおまえを殺すために親友になったわけじゃないのに。変ですよね。さようなら。

                  大山大悟

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