助けられなかった命「愛斗」

 2020年3月31日夜、1頭の老犬が保健所の犬舎で息を引き取った。

 職員が帰った後の真夜中、ひっそりと逝く彼を見ていたのは、同じ犬舎に収容されていた仔犬たちだけ。


 殺処分ではなく、収容死。

 彼は、収容前から患っていた病気が元で命を失った。


 飼い主は犬を置き去りに引っ越し。

 空き家の庭で帰らぬ主を待つ犬を哀れに思った隣人が、餌と水を与えていた。

 しばらくして隣人が気付いた、犬の身体の異変。


「足が腐ってきている!」


 隣人はそう思ったという。

 前足の毛が抜け、瘡蓋のようなものができ、ひび割れて体液が流れ出てくる。

 それは、アカラス症の症状だった。



 アカラス症(ニキビダニ症、毛包虫症)

 主な症状は脱毛。悪化すれば化膿や出血などの皮膚病変も発生する。

 アカラス症の根本原因であるイヌニキビダニ(体長約0.3mm)は、生後間もなく母犬から感染し、多くの犬には何の症状も起こさずに寄生している。

 しかし、自己免疫力や抵抗力の低下など、何らかの原因によってイヌニキビダニが異常増殖すると、アカラス症を発症する。

 アカラス症は子犬に多い。

 成犬で発症する場合はアトピー性皮膚炎、甲状腺機能低下症、糖尿病などの基礎疾患をもっている可能性あり。

 膿皮症を持っている犬は、症状が悪化する傾向がある。


 アカラスの治療として、駆虫薬によってニキビダニの駆除を行う。

 ただし、完全な駆除は難しく、根気よく治療を行う必要がある。

 膿皮症などの細菌感染を併発している場合は、抗生剤などを投与。

 成犬で再発をくり返す場合は、発症に関係すると見られる他の病気についても、治療を行う必要がある。



 保健所で、アカラス症の治療が開始された。

 イベルメック注射を打ち、皮膚のケアのために薬浴も行われた。

 

「薬浴、しみて痛いのによく頑張ったね」


 食欲が落ちていると聞いて、僕は保健所に行く度に鹿肉ジャーキーを差し入れた。

 普段は伏せてボーッとしている彼が、匂いを嗅ぐとすぐに夢中で食べ始めたのを覚えている。

 よほど美味しかったみたいで、2回目からはこちらの姿を見ると立ち上がり、シッポを振って出迎えてくれた。


 助けられると思っていた。

 もうすぐ保健所から出してあげるよって話していたのに。

 彼は力尽きてしまった。

 おそらく、何か重度の基礎疾患を抱えていたんだろう。


 彼はレスキュー予定が入っていた犬。

 愛知県のボランティアDogRescueHUGさんのもとへ行ける筈だった。

 その御縁は、多くの人の拡散協力があったから。

 


 ツイッターでの拡散に、多くの方々が協力してくれた。

 拡散力の強い松島さんに繋いで下さった方。

 インスタで拡散に協力してくれた、モデルで女優の松島花さん。

 引き取り先への橋渡しをしてくれた、奈良県の個人ボランティアさん。

 引き取り先になる筈だった、DogRescueHUGさん。

 奈良県のボラさんとHUGさんとを繋いだ、ワンズパートナーさん。


 レスキューすることは叶わなかったけれど、今でも感謝しています。

 当時のブログでもお伝えしましたが、本当にありがとうございました。


 

 彼は、DogRescueHUG様から「愛斗(まなと)」という名前をもらっていた。

 置き去りにした飼い主の名前なんか知らない。

 彼を助けようと動いてくれた人々が知る名前で、これからも覚えていようと思う。



※「愛斗」画像

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093080958948510

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