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 変わり果てた育ての親であったものを斬ったラシャは、脚の木工デバイスを切られて動けないスエに事の一部始終を説明しながら、沙羅しゃら寺のふもとの町へとスエを負ぶって下り、町の伽羅倶利からくり装具士を訪ねた。だが、田舎では、スエの脚は材料不足ですぐには直せず、町の伽羅倶利からくり装具士に相談したところ、数日はこの町に留まらねばならないという話になる。

 そのため、スエは新しい脚が完成するまで、車いすで町の宿屋に泊まることになった。

 スエはラシャから事の顛末を聞き終えて、ある疑問が過った。


「あれ? 私の旅、もしかしてもう目的、果たしてるな?」

「そうなんですか? スエさん、旅が好きだから旅芸人をしているのだと思ってました」


 旅の宿の窓から望む田舎の田園風景は、初夏の青空の下でどこまでも広がっているような錯覚を覚えさせる。風鈴の音がとても気持ち良い風景だ。

 そんな風景を見ながら窓辺で頬杖を突きながらスエはあっけらかんと述べる。


「嫌いじゃないのよ、旅。でも、旅の一座の皆としていた頃と違って、旅の目的はおにの元締めを何とかすることだったのよ。どっちかっていうと、私は一所で、静かに、時々旅に出るのが良いかな。仇討の旅だったけど、それも今回果たせてしまったし。ええ、果たしてもらっちゃいました」


 スエは、自分の太ももを叩き、取り外された自身の脚を思う。

 ラシャが申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、すみません。仇を勝手にとってしまって」

「何言ってるの。ラシャさんにとっても因縁が深い相手だったでしょ。寺の皆さんやシュリさんの仇でもあったんだから。というか私、多分仇とかどうでも良かったのよ」


 そうして、スエは窓の外を眺めながら続ける。


「ドライブが何なのか、なんで旅の一座はあんなことになったのか、それを探る旅だったけど、次第にラシャさんとロナちゃんがどうなっていくのかが気になった旅で……それもまたひと段落着いたようだし。うん! 私としては大満足!」


 後半はラシャに微笑みながら素直な喜びを伝えた。

 しかしそこまで語って、スエは「あっ」と何か思い至ったように声を出した。


「旅の一座の皆に報告したいな。となると、新しい脚が来たら都を越えて西に行く必要があるわね」


 と、ここでロナがラシャの隣に座り、何か無言でスエを見つめて訴える。

 その様を微笑ましいと思いながらスエはロナに話しかける。


「なになに? ラシャさん取られると思ってる? 大丈夫よ」

「別にぃ、スエが西に行くなら、ここで旅路が分かれちゃうな、って」


 ロナはラシャの腕に抱き着きながら不貞腐れ気味に述べた。

 ラシャはロナが抱き着いたことは気にしていないようだったが、旅路が分かれることに関しては申し訳なさそうに説明する。


「一度、ヘイスイ市に行こうと思って。非想緋緋蒼天ひそうひひそうてんは元々、ヘイスイ市のお寺、シュリ兄の修行先のお寺で借り受けた物でして。事の報告と返却をしなければと。あ、でも、すぐである必要はないんです。どうせ数日返却が遅れても何も言われないでしょうし」

「あれ? でもさ」


 ロナが指折りで何かを数えて口を挟む。


「都を越えてくんでしょ。琵琶湖越えだと、片道一週間じゃない? ここに戻るまでで。で、ここから三日ぐらいでヘイスイ市。そもそもスエの脚の材料が届くのに何日か。流石に二十日ぐらい過ぎちゃうのはちょっとどうかと思う」


 ロナの冷静な指摘にラシャが固まる。


「本当は、俺たちすぐにでもヘイスイ市に向かわなくちゃいけないんだよね」

「い、一日、二日はこうして休んでても許してもらえるよ……多分」


 そんなラシャにロナは甘えつつも、視線はスエを心なしか睨んでいるように、スエには見えた。

 ロナはスエの留まっているラシャが気に食わないのだろう、とスエには解り、スエは思わず笑いだす。

 そして、何で笑っているのかという二人に対し、笑いが収まってから意を決して口を開いた。


「じゃあ、やっぱりここでお別れ」

「え、でも……」

「でももないの。ラシャさんは、ちゃんとロナちゃんの手を離さないようにしなきゃ駄目よ。私、ロナちゃんを応援してるんだから」


 何を応援しているんだろうという表情のラシャに、スエは続ける。


「短い間だったけど、二人との旅は楽しかった。そりゃ命の危険もあったけど。さっきも言ったように、私は大満足よ!」


 ラシャはスエの晴れ晴れとした笑顔に、どこか寂しさを感じた。

 だからこそ、ラシャは手を付いて、スエに頭を下げる。


「この度は、誠にお世話になりました」


 スエは頭を上げるように促す。


「やめてやめて。今生の別れみたいじゃない、まったく。……さ、急ぐんでしょ? じゃあ、もう行って。湿っぽくなっちゃう」


 ロナはスエの傍に歩み寄り、別れのハグをして離れる。どこか始末の悪そうな顔を見るに、スエに嫉妬をぶつけるような態度を取ったことを謝りたいのだろうな、とスエはそう解釈した。

 ラシャは部屋を出る際に今一度頭を下げる。ロナは小さく手を振って別れの挨拶をし、そうして二人は宿を出て行った。




 窓の外には、一面の田園風景と、どこまでも広がる青空が見える。風鈴の音が初夏の涼し気な風を際立たせている中、ふと、田舎の農道を歩く、見覚えのある二人組の少年がスエの目に留まった。一人は袈裟を着て背中に長い藍色の包みを背負い、もう一人の白髪の少年と仲良さそうに手を繋いであるいている。

 二人を見て、思わず呼び止めた。


「ねえ!」


 どうして呼び止めたのだろうとスエは迷う。まだ二人と旅を続けたいと言えばそうだが、そんなことが言いたいのではない。


「私、旅の一座の皆に報告したら、ちゃんとした伽羅倶利からくり装具士になる。そしたら、お客として訪ねに来てね! きっと!」


 呼び止められて振り返ったラシャは大きく手を振る。ロナは小さく手を振った。そうして、二人はどんどん遠くへ、夏の風景の中に遠ざかっていく。

 もう声も届かないだろう距離まで二人を見守り、今一度、届くか分からない声を張り上げる。


「ありがとう!!」


 二人の小さな影が振りむいたような気がした。

 ふと、スエはどこで伽羅倶利からくり装具士となるのか伝え忘れていたことに気付く。だが、もう二人の姿はどこにも見えなくなっていた。

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沙羅の羅紗は修羅ならば  九十九 千尋 @tsukuhi

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