最終話.幼馴染

 赤く焼けた夕日の中に消えていく君。一人残された僕は、その背中を見えなくなるまでずっと眺めていた。すると……。


「なんだが妬けてしまいますわね」


 不意に後ろからの声。とっさに振り向く。


 そこには、この場に不釣り合いな豪華なドレスをまとった女性。澄み切った青い瞳に、巻かれた長い金色の髪が揺れている。しかめっ面で腕組みをしている様子は不機嫌そう。


「ソフィア! いつの間に」


 きっと、非常用に渡しておいた、転送の魔法結晶を使ったのだろう。油断していた。


「そーだそーだ! 妬けちゃうなボクも!」


 猫耳をピンっと立てたが、ぷんぷんと頬を膨らませながら抗議している。


「アリア! あっ、それにルーラにリリー、ステラまで」


 そこにいたのは、人間族の王女ソフィア、獣人族のおさの娘アリア、エルフ族の皇女ルーラ、ドワーフ族の王女リリー、そして元魔王の娘ステラだった。


 それぞれタイプは異なるが、どのも地球の女性に比べ超越した美貌の持ち主。ちなみに、みんな僕のお嫁さん。僕にくっついて地球にやって来た。


 種族間の争いを平定する中、各種族から僕に婚姻の申し出があり、それらを受け入れることが和平の条件として提示された。どの種族も、勇者である僕とのつながりを作っておきたいという魂胆なのだ。完全なる政略結婚。


 愛のない結婚に僕は否定的だったが、意外にも相手として来た彼女たちは好意的、むしろ僕との結婚を望んでいるようだった。色々と思うところはあったけど、一刻も早く世界が平和になることが大切だと考え、僕は婚姻を受け入れることにしたのだ。


 それに僕だって健全な男子。絶世の美人や美少女から強烈にアプローチを受ければ嬉しくないはずはない。最初は戸惑うことも多かったけど、今では彼女たちのことを心から愛している。


「みんな、なんでここに……」


 異世界から来た彼女たちの存在は、元々地球生まれの僕とは違い公にはされていない。建前上は身の安全のためとされているが、実際は混乱を防ぐためなんだと思う。異世界人なんて世間に知られたら大騒ぎになるのは目に見えている。


 それに身の安全といっても、僕が常に彼女たちに防御魔法をかけているので問題はない。地球の武器や兵器では、彼女たちを傷つけることはできないだろう。そもそも近づくことさえ不可能。愛する妻たちに指一本触れさせやしない。


「今日は政府の人たちの案内で、ネズミーランドに行っているはずじゃなかったっけ?」


 彼女たちが色々と地球を見て回りたいと言うので、政府管理の元、大自然から歴史的な建造物、はたまた大型機械の工場など、連日のように彼女たちはどこかしらへと出掛けている。今日は地球の娯楽ということで、ネズミーランドだった。


「あんなまがい物のなにが楽しいんですの?」


 まがい物って……、もうちょっと言い方ってものが。まぁ、異世界ほんばからしたら、そう感じるのは仕方がないとは思うけど、あれはあれで楽しいと思うんだけどなぁ。


「それで、あの方はどなたですの?」


 ソフィアは鋭い目線をみーちゃんが去っていった方へ向けた。


「もしかしてぇ、新しい奥さん?」


 悪戯っぽい顔でニシシと微笑みながら、アリアが僕の顔を覗き込む。


「ちっ、ちち、違うよ!」


「あっれー、焦ってる?」


 こうしてアリアが僕を揶揄からかってくるのはいつものこと。でも今はやめてほしい。訝しげな顔でみんなが僕を睨んでいる。


「か、彼女は、彼女は昔の友達。ただの幼馴染だよ」


「幼馴染!? 幼馴染は、わたくしだけと思っておりましたのに……」


 落胆した様子でソフィアが呟く。


 確かにソフィアとは、異世界に召喚された五歳の時からの付き合い。幼馴染と言えなくもない。王立学園にも一緒に通った。


「召喚される前のことなんだから仕方がないだろ。でもまぁ、黙っててごめん」


 とりあえず謝っておく。処世術というやつだ。


「でしたら、今夜はベッドで一晩中、わたくしを慰めてくださ――」


「ソ、ソフィア、ぬ、抜け駆け、ず、ずるい!」


 小柄なリリーがむくれ顔で言う。


「勇者よ、おぬしはわしだけ愛しておればよいのじゃ!」


 いつものようにステラが強引に話に入ってきた。


「みなさん落ち着いて。ここは大人の女性として懐の深さを示す時ですよ。ということで、今夜は私を可愛がってくださいな」


 推定年齢三百……、いやなんでもない。見た目二十代前半のルーラが、長い耳をピコピコさせながら穏やかな笑みと声でみんなを諭す。


「ちょっ、ルーラ! どさくさに紛れて!」


「こういったものは年長者を立てるのが――」


「都合のいい時だけ年長者ぶりおって! この三百歳越えのババアが!」


「聞き捨てなりませんね。私はまだ二百九十――」


 いつもの言い争い。こうなると収拾がつかない。そんな中、みんなを尻目にいつの間にかリリーが僕の横に。真っ赤な顔でモジモジしている。


「ゆ、勇者様、こ、今夜は、わ、私と――」


「「「こら、リリー!!」」」


 ちゃっかりみんなを出し抜こうとしていたリリーにみんなが叫んだ。こういうところは揃ってるんだよなぁ。


「まあまあ落ち着いて。今夜はみんなを可愛がるからさ」


 一度に五人を相手にするのは大変だけど、強化魔法と回復魔法、それに絶倫のスキルでどうにかなるだろう。でもあれ、結構魔力を使うんだよなぁ。


「あっ、じゃあボクが一番!」


 真っ先に元気よく手を挙げたのはアリア。


「お待ちなさい。それこそ年長者の私が最初というものですよ」


 そう言いながら、僕とアリアの間にルーラが割り込む。すると、アリアも負けじとルーラに肩をぶつけた。いがみ合う二人。


「い、一番若い、わ、私が最初――」


「ちびっは黙っておれ。最初の一番濃いのはわしのものじゃ!」


 魔族特有の赤い目をギラつかせながらステラが前に出る。


「あなたこそ、そんなツルペタな体では勇者様を喜ばすことはできませんわよ。ここは幼馴染のわたくしめが最初で――」


「なんじゃとー! この胸デカ女が!!」


 ステラがソフィアに飛びつき取っ組み合いが始まった。


「おい! ステラもソフィアもやめろって!」


 二人を制止しようと踏み出したところ、誰かが僕の背中を引っ張っている。見ればリリー。彼女は僕に抱きつくと顔を上げた。うるうるとした瞳が庇護欲をそそる。


「ゆ、勇者様。あ、頭、な、なでなでして……」


「「「リリー!!」」」


 だめだこりゃ。僕は大きなため息をついた。


 こんな争いに、あののんびり屋のみーちゃんは入っていけないだろう。だからきっと、あれで良かったんだと思う。


 目の前で繰り広げられているドタバタ劇を前に、思わずフッと笑みがこぼれる。なんとなく、気持ちがスッキリとしていた。


 もしかして、ソフィアたちは僕を元気づけようとこんな……、いや違うな。血走る彼女たちの。あれは本気ガチだ。


 なんにしてもこれはこれで良くはない。騒ぎが広がる前に、一旦みんなを異世界むこうに戻そう。


 僕は手のひらを地面に向けた。彼女たちの周りに白い魔法陣が浮かび上がる。白く光ると、すぐに一人二人と彼女たちは消えていった。


 さて、僕も行くか。自分の周りにも魔法陣を展開した。白い光に包まれ、周囲の景色が高速で流れていく。


 異世界むこうでも、まだまだ彼女たちの争いは続くんだろうなぁ。


 今後の展開を思うとため息が尽きない。でも、自分を求めてくれる人がいるということは、恵まれていることなんだと思う。


 みーちゃんは幸せだと言った。僕は……、うん、とっても幸せだ。


 もう君には会わない方がいいと思っていたけど、たまには会いに行ってみよう。だって君は、僕の大切な幼馴染なんだから。


 あっ、そうだ。メイドたちに、みーちゃんから聞いた呪文を教えなきゃ。えっと、呪文はなんだっけ。「おいしくなーれ、燃え燃えきゅん!」だっけ? なんかちょっと違うような気が……、まぁ、いっか。あと、ポーズが大切だって言ってたな。確かこうして両手を合わせて――。


 僕は転移している間、君から教えてもらった呪文を何度も練習した。

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幼馴染の君と異世界帰りの僕 瀬戸 夢 @Setoyume

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