第2話.思い出話

「じゃあ、小学校の時からね」


 みーちゃんはそう言うと、遠くの方へ目を向けた。君の視線を追うように、僕もその先へ目を向ける。


 対岸の土手の奥にはビルや工場、更にその先には霞むいくつもの鉄塔。あの鉄塔の下には、おとぎ話のような素敵な街が広がっているんじゃないか、昔そんな妄想をしていたことをふと思い出す。


 君は何から話そうか思案しているのか、目をぱちくりさせたり軽く首をかしげたりしている。そしてしばらくすると、記憶を掘り起こすようにゆっくりと話し始めた。 


「そうだなぁ、小学校はかーくんがいなくて心細いし、それにつまらなくって、入学した最初の頃は一人でいることが多かったかな。でもね、そんな私に話しかけてきてくれた子がいて――」


 小学校に入ってすぐに仲の良い友達が出来たという。そのことを聞いて僕はホッとしていた。僕がいなくなった後、のんびり屋さんの君にちゃんと友達ができるのかなぁと気になっていたのだ。どうやら要らぬ心配だったよう。


 召喚されてから数ヶ月後、僕も城からほど近い王立学園に通うことになった。本当は嫌だったけど、拒んで城から追い出されても困る。子供なりに、どうにか生きていこうと必死だった。


 学園では読み書き算術の他、剣や弓などの武器の扱いや魔法の訓練。スキルの種類と効果や魔法の体系、また魔族や魔物の特徴など、異世界で生き抜いていくためのありとあらゆる知識を叩き込まれた。


「――ティちゃんがその頃に流行ってて、グッズを買ってはみんなで見せ合いっこをしていたのよ。今でも好きで、ほら、今着てる服もサンダルもそうなの」


 そう言って君はニコッと微笑みながら背中を見せた。そこにはリボンを着けた可愛らしい猫のキャラクター。銀色の刺繍が黒いジャージの上に施されている。同じように、黒いサンダルにも銀色の猫のキャラクターが描かれていた。


 時折こうして笑いを交えて話す君の姿を見て、楽しく学校に通えていたことがうかがえた。そのことが純粋に嬉しい。


 でも、二年生、三年生、四年生と学年が上がっていくにつれ、僕に関する話題が段々と少なくなっていく。仕方のないことだけど、君の中で僕という存在が薄れていったことが感じられて少し寂しい。


「でね、五年生の時に友達と東京に遊びに行ったの。渋谷とか原宿とか、もう何もかもがキラキラしててすっごく楽しかったぁ」


 いつか行ってみたいって言ってたね。本当は僕が連れていってあげたかったんだけどな。君と東京の街を一緒に歩きたかった。


 僕は年に数回、お祭りの時だけ城下町に遊びに行くことを許された。お祭りには各国から珍しい品や食べ物などが集まり、大道芸や演劇なんかも催される。エルフやドワーフに獣人など、異世界ならではの種族を見ることができるのも楽しみの一つだった。


「それで、六年生の時に初めて髪を染めたの」


 そう言って君は横の髪をかき上げた。


 そうか、その金色の髪は染めたのか。


 異世界の人、特に獣人なんかは成長すると毛の色が変わったりする。魔族も人によっては変化したり。だから、君も成長して髪の色が金色になったのだと思っていた。それに、渋谷の交差点には、金色の他に青やピンクや紫、白なんかもいたし。


 僕は君の綺麗な黒髪が好きだった。もう黒にはしないのかな。



 みーちゃんの話は小学校から中学校へ。小学校を卒業後、そのまま近くの公立中学に通ったそうだ。


「部活はね、柔道部に入ったの。ほら私、太ってて体が大きいじゃない。だからいいかなぁと思って。これでも結構いい成績を残したんだから」


 君は得意気に投げる真似をする。


「へー、すごいね!」


 王立学園の初等部を卒業後、僕はそのまま中等部に上がった。中等部からは実践的な授業、つまりは魔王軍との戦いに備えた訓練が主となる。軍の規律や仲間たちとパーティーを組んでの野営や魔物の討伐など、集団行動における立ち回り方についても学んだ。


「二年生の時に来た教育実習の先生がすっごくカッコよくてね、友達とファンクラブを作ったの。みんなでカラオケに行ったり、先生のお家に遊びに行ったりもしたのよ」


 やっぱりその手の話もあるのか。でも、思春期の女の子が異性に興味を持つのは当たり前。それに、僕もちょうどその頃ある人に恋をしていた。


 僕の恋のお相手は聖女のメルティーナさん。それはそれは美しく神々しいひとだった。


 彼女は魔王軍との前線基地で普段は負傷した兵士の治療にあたっていたけど、学園で行われる大規模訓練の際に怪我人が出ることを想定して、回復魔法のエキスパートである彼女も何度か呼ばれていた。話では、彼女も王立学園の卒業生らしい。


 初めてお会いした際、緊張した僕は固まってしまい全く話すことができなかった。そのせいで、同級生にしばらく揶揄からかわれたっけ。


「でもね、先生は学校で一番可愛かったと付き合い始めて、それが学校にバレて辞めちゃったの」


 悪いとは思うけど、君の恋が叶わなかったことにホッとしてしまう。


 先生と生徒が恋に落ちるのは異世界あっちでもよくあること。ある意味、学園は結婚相手を探す場でもある。僕が教わっていた先生も生徒と結婚していた。みんな祝福していたけど、どうやら地球こっちではいけないことのようだ。なんでだろう。


 ちなみに、僕の恋も叶わなかった。まぁ、メルティーナさんは憧れであって、彼女とどうこうなれるとは思ってはいなかったけど、皇太子殿下との婚約が決まった際はそれなりにへこんだ。そして、今や彼女も二児の母。


 綺麗な年上のお姉さんへの恋は、今となっては甘酸っぱい思い出。青春の一ページだ。きっと君もそんな感じだったのだろう。


「で、三年生の時にね、こんな私にも彼氏が出来たのよ!」


 ――ぐふっ! 予期せぬ一撃。言葉を失う。ピースをしながら嬉しそうに話す君とは対照的に、僕は魔王から不意打ちを食らった時のように心の中で悶絶していた。


 二十年という月日の間に、誰かと交際することもあるだろうと覚悟はしていたけど、実際に君の口からそのことを聞くとやはり胸が締めつけられる。


「そ、そうなんだ……」


「フフッ、相手は誰だと思う?」


「えー!? え、えっと、誰だろう、アハハハ……」


 訊いてくるということは、僕が知っている人なんだろう。でも頭が回らない。苦笑いするのが精一杯。


「それがね、あの満男みつお君なの。憶えてる?」


 満男? 誰だっけ? えっと……、あっ、思い出した!


 召喚される前の記憶は、家族やみーちゃんとの楽しかった思い出がほとんどだけど、当然嫌な記憶もある。その一つが満男とのことだ。


 満男は幼稚園の頃いじめっ子だったやつ。暴力的で傲慢ごうまん、本当に嫌なやつだった。他の子に比べて体が大きく、僕を始めあいつにいじめられていた子は多い。


 異世界あっちでも、突如勇者となった僕のことが気に食わないのか、一部の貴族や富裕層の子息たちが嫌がらせをしてくることがあった。どこにでも嫌なやつはいる。


 でも、僕だって好きで勇者になったわけじゃない。できることなら誰かに代わってほしかった。


「……うん、よく憶えているよ」


 君があの満男を選んだことが残念でならない。あいつにいじめられ、君だって嫌な思いをしたはずだ。


「彼も柔道部でね、すごく面倒見が良くて、よく体育館の裏で同級生や後輩の子たちに稽古をつけてあげていたのよ。お礼にお金をもらっていたりもしてて、みんなから本当に慕われていたんだから」


 頬をほころばせながら話す君。くそっ! あんなやつのことを嬉しそうに話すだなんて……。


 でも、体育館の裏で稽古って、彼も影で努力していたってことなのかな。僕もよく放課後に、こっそり一人で大森林に行っては修行として魔物狩りをしていた。


 最初は嫌がらせをしてくるやつらを見返してやりたいと思ってのことだったけど、そのうち、勇者としてみんなの期待に応えたい、そのためには強くならないと、そんなふうに思うようになった。


 きっと、あのいじめっ子だった満男も、成長して意識が変わったのだろう。いつまでも、過去のことに囚われていてはいけないのかもしれない。許す心も必要なのかな。


「でもね、学校の屋上から後輩の子が落ちて死んじゃって。その後かなぁ、彼は急に転校しちゃったの。お別れの挨拶もできなかった……」


 訓練中の事故や魔物との戦いで、僕も何人もの同級生を失った。その度に深い悲しみに暮れると共に、次は自分の番なのではと恐ろしくなり、逃げ出したいと思う時もあった。彼もきっとそうなのだろう。逃げ出した彼を僕は責められない。


「急にお別れになってすごく悲しかったけど、彼と付き合ってたことはいい思い出。なにより初めてのひとだしね」


 そう言って君は目を細めた。


 初めてのひと、その言葉の意味は分かっている。僕だってもう幼稚園生じゃない。ズキリとした胸の痛みと共に、嫉妬のモヤモヤが心の中に広がる。


 君が満男と体を重ね甘い時間を過ごしていた頃、僕は魔の大迷宮で魔物との戦いを重ねる過酷な日々を過ごしていた。


 王立学園の卒業課題として、三年生には各地に存在する迷宮の踏破が義務づけられている。特に僕は勇者なので、みんなよりも難易度が高い魔の大迷宮に潜ることになった。


 迷宮内には魔物が跋扈ばっこしており、また様々な罠も仕掛けられている。毒に侵され血反吐を吐いたり、何百メートルもの高さから落ちて全身の骨が砕けたり、腕や脚など肢体を魔物に噛みちぎられたり、何度も死にそうな目に遭った。また、雑草や魔物の肉など、生きていくためなら何でも口にしている。


 そんな経験をしたので、いい思い出と言った君とは対照的に、あの頃に僕は嫌な思い出しかなかった。

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