幼馴染の君と異世界帰りの僕

瀬戸 夢

第1話.再会

(大きくなったら、私をかーくんのお嫁さんにしてね)


(うん、もちろん!)


 幼い頃、君と交わした約束。どんなに苦しい時も、どんなに大変な時も、僕は決して忘れることはなかった。ある意味、その約束がずっと僕を支えてくれていたんだと思う。


 そして時は過ぎ、大きくなった僕らは、今こうしてあの頃と同じように川沿いの土手の道を歩いている。夕暮れ前の傾き始めた陽の光を、川の流れがキラキラと反射していて眩しいほどだ。


 川岸の草むら、対岸に建ち並ぶビルや工場、下の歩道を散歩やジョギングで行き交う人々。草や土、それに川面を渡る風の匂い。すぐ脇の鉄橋を走り抜けるけたたましい電車の音。遠くから耳に届くカキーンとボールを打つ音と、野球少年たちの歓声。あの頃と何も変わらない。今にも「そろそろ帰るわよー!」と、お母さんが呼ぶ声までもが聴こえてきそうだ。


「懐かしい! 私もここに来るのは久しぶり」


 少しトーンを上げてそう言うと、君は土手の芝生の上に腰を下ろした。僕もその隣に座る。


 隣にいるみーちゃんとは、生まれて間もない頃からの付き合い。所謂いわゆる、幼馴染というやつだ。


 同じ地域に住み、同じ幼稚園に通い、母親同士も仲が良かった。幼稚園からの帰り道、おままごとや芝滑りなど、この土手のあたりで遊ぶのがいつものこと。休みの日は、たまにお互いの家に遊びに行くこともあった。


 あの頃の僕はおとなしい子供で、のんびり屋さんの君と気が合ったのだと思う。君の周りだけ時間がゆっくりと進んでいるような、そんなのほほんとした雰囲気が一緒にいて居心地がよかった。ちょっと抜けているところもあったけど、僕はそんな君のことが大好きだった。



 川面を眺めている君の横顔。うすく笑みを浮かべたその表情は、再会した直後の興奮からはだいぶ落ち着いたよう。風でなびいた髪をそっと耳に掛けると、君はしみじみと言った。


「本当に久しぶりね」


「そうだね」


 再会してからこのやり取りはもう三回目。前回、五分前は僕からだった。


「二十年かぁ……、本当に生きててよかった」


 君は安堵のため息と共に言う。その目には、うっすらと涙が滲んでいるように見えた。君のことだ、僕の安否をずっと気にかけてくれていたのだろう。


「心配かけてごめん」


 僕が申し訳ない気持ちで謝ると、君は微笑み何も言わずただフルフルと首を横に振った。


 今から二十年前、小学校の入学式を来年に控えた五歳の時、僕はこつ然と君の前から消えてしまった。


 事故、誘拐、家出、果ては神隠し、行方の知れない僕に様々な憶測が飛び交ったそうだ。両親や警察、またみーちゃんの家族を始め地域の人々など、たくさんの人たちが僕を探してくれたようだけど、必死の捜索も虚しく僕は一向に発見されることはなかった。


 しかし、見つかるはずはない。僕は、日本どころかこの世界にもいなかったのだ。


 あれは、お母さんが目を離したほんの一瞬の出来事だった。あの日、みーちゃんと別れてお母さんと家に帰る途中、偶然会った近所のおばさんとお母さんは立ち話を始めた。


「あら、幼稚園の帰り? 大きくなったわね」


「はい。来年からは小学校なんです」


「そうなの。そういえば、お受験の方はどうするの? やるなら早めに――」


 つまらない大人たちの会話。手持ち無沙汰な僕は、何か面白いものはないかと周囲をキョロキョロと見回していた。


 すると、すぐ脇にある路地の奥を一匹の猫が横切る。新しい遊び相手を見つけた僕は、好奇心に駆られ一人でその路地に足を踏み入れてしまった。


 猫を追いかけて五、六歩駆け寄った時だった。突然、僕の足元に白い魔法陣が現れる。僕は怖くなりしゃがみ込むと、その魔法陣は輝き始めた。白い光に包まれる。


 気がついた時には薄暗い石造りの部屋の中。湿気を含んだカビ臭い匂いとひんやりとした空気。立ち上がり周囲を確認すると、白いローブを着て杖を持った人たちが僕を取り囲んでいた。


 召喚されたところは、剣に魔法それにスキルが存在する、まさにおとぎ話のような世界。禁術により強大な力を得た魔族の王、魔王により世界は脅威にさらされており、その魔王を打ち倒す資質を持った僕が選ばれ地球から召喚されたとのことだ。


 なぜ僕が選ばれたのかは、喚び出した神官たちもよく分からないらしい。世界の危機に対し、古の時代から伝わる神話にならい召喚の儀を行っただけだという。まさに、神のみぞ知るといったところのようだ。


 見知らぬ場所に見知らぬ人たち。幼い僕は家に帰りたいとひたすら泣き叫んだ。そんな僕を、幸いなことに城の人たちは丁重に扱ってくれた。


 まぁ、せっかく喚び出した希望の星、ぞんざいな扱いはしないだろう。それを差し引いても、城の人たちは優しく温厚な人が多かった。


 そして、それから二十年。厳しい修行と困難な冒険の末どうにか魔王を倒し、数ヶ月前に僕は地球に戻ってきたわけである。


 僕が生きていたことを泣いて喜ぶお父さんとお母さん。だいぶ年を取ってはいたけど、その顔を忘れることはなかった。


 いつの間にか出来ていた弟と妹の存在にはビックリしたけど、ありがたいことに二人とも僕と会えたことを喜んでくれた。もちろん、僕も家族が増えて嬉しい。


「かーくん、すごいよね。今や時の人」


 異世界から戻った僕は、長年行方不明だった子供が発見されたとして一躍有名になった。連日マスコミからの取材やお偉いさんとの会合など、戻ってきてからなにかと忙しくしている。


「そんなことないよ」


「ううん、そんなことある。それに魔法だっけ? なんか漫画や映画みたいだね」


 異世界に行っていたという僕の話を信じてくれない人たちに、仕方なく僕は簡単な魔法やスキルを披露した。そのおかげで、みんなはやっと理解してくれたよう。まぁ、一部の人はまだ手品だと思っている人もいるみたいだけど。


「それに……、カッコよくなった」


 恥ずかしそうに伏し目がちでそう言うと、君はちらりと僕を見る。


「そうかな? 自分では分からないけど」


 異世界でもこっちでも、それなりに色々な女性からの賞賛やお誘いは受けてきている。けれども、それは勇者や奇跡の生還などの肩書があってのこと。別に僕がカッコいいからではないと思う。


「みーちゃんこそ、あの頃と変わらず可愛いよ」


「またまた、そんなお世辞を言って。こんなおデブさん、可愛くなんてないよ。かーくんと遊んでいた頃に比べると、だいぶ太ったでしょ?」


 二十年ぶりの再会、色々と変わったところもあったけど、僕は一目でみーちゃんだって分かったよ。大きな体に親しみやすい丸い顔、大福のように白くぷにぷにとした君はあの頃のまま。会った瞬間、僕は嬉しすぎて思わず抱きしめてしまいそうになった。


「ねぇ、僕がいなくなってからの、みーちゃんのことを教えてよ。小学生の頃、中学生の頃、高校生の頃、今に至るまでさ」


 僕は君がどんな人生を歩んできたのか知りたかった。話を聞くことで、離ればなれになっていた幼馴染との時間を埋めたかったのだ。


「えぇ!? そんな、かーくんにしたら面白い話なんてないよ」


 困り顔で躊躇ためらっている君。


「いいからいいから。聞かせてほしい。お願い」


 僕は安心させようと、ニコッと笑顔を作り手を合わせた。そんな僕の顔を見て、仕方がないなぁといった感じで君はため息混じりに微笑んだ。どうやら、話をしてくれる気になったようだ。


「もぅ、たいした話じゃないからね」


 そして念を押すように言う。


「大丈夫だから」


 僕はワクワクしていた。これから語られる話に期待が膨らむ。でも、楽しい話ばかりじゃないかもしれない、そんな不安もあった。

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