第3話.夢
結局、みーちゃんは満男とその後も会うことはなかったそうだ。一度は逃げ出してしまったけど、彼はきっと立ち直りどこかで元気に暮らしていることだろう。
「それで、高校は地元の学校に行ったの。私ね、頭が良くないから、あんまりいい学校じゃないんだけどね」
そう言って君はハハハと苦笑い。
確か、幼稚園の頃も君はあまり勉強が得意じゃなかった。ひらがなや簡単な計算とか、よく木の枝で砂場に書いては君に教えてたっけ。
「その頃はね、仲良くなった友達と新宿の
「そうなんだ。まぁ、そういうこともあるよね」
異世界に住み始めて二十年、未だに僕は王侯貴族に会うのが苦手だ。
彼らが使う格式ばったしゃべり方や作法、それに服装は息苦しいったらありゃしない。前線基地で仲間たちと馬鹿話をしながら、焼いた骨付き肉をかじっている方が僕には性に合っている。
「で、結局学校は退学になっちゃってね、仕方なく働き始めたの。色んな仕事をしたのよ」
「へー、どんなことをしたの?」
僕も勇者として様々な仕事をした。グリフォンやフェンリル、果てはドラゴンなどの魔物の討伐から、各国の騎士団や近衛兵の訓練に参加したり、珍しい貴重な植物や鉱物、それにアイテムの入手、護衛なんかも頼まれてよくやった。
そうして色んな仕事をこなすことは修行になるし見聞を広められたりもするけど、各地を巡るので旅行のような感覚でそれなりに楽しくもあった。それに、仕事の後に仲間たちと飲むエールは最高だ。もちろん、得られる報酬も魅力的ではある。
「えっとね、コンビニの店員が最初で、工場でケーキ作りもしたかな。私はイチゴの係でね、毎日毎日トレーからイチゴを取ってはケーキの上に乗せていたの」
そういえば幼い頃、君は将来ケーキ屋さんになりたいって言ってたっけ。どうやら夢を叶えたようだ。よかったよかった。
「でもね、イチゴがすっごく美味しそうで、我慢できなくてつい食べちゃったのよ。ほら私、本当にイチゴが大好きだから」
憶えているよ、君がイチゴ好きだって。幼稚園の遠足で行ったイチゴ狩り、君は幸せそうな顔でたくさん頬張っていたよね。
「いつも隠れて百個くらいは食べていたかな。あとこっそり家に持って帰ったり。でもそのうちにね、ライン長に見つかっちゃってすっごく怒られたの。それで結局辞めちゃった」
そう言うと、君は渋い顔で肩をすくめた。
昔から食いしん坊の君。いつも僕のおやつを物欲しそうに見ていたよね。仕方なく分けてあげると、ありがとうって大きな笑顔で言ってくれたっけ。その顔を見るのが僕は大好きだった。
君の話を聞いて、忘れかけていた小さな思い出が次々と蘇っていく。そして、今の君にもあの頃の片鱗をいくつも見つけることができた。
みーちゃんはケーキ工場を辞めた後、秋葉原でメイド、歌舞伎町でバーテンダー、それに男の人と会って話を聞く仕事などもやったそうだ。でも、どの仕事も長続きせず、すぐに辞めてしまったらしい。
「もう一回、もう一回やってみて」
僕は真剣な顔で君にお願いをする。
「もぅ、恥ずかしいなぁ。じゃあ、最後だよ」
「うん、お願い」
「ゴホン……、おいしくなーれ、萌え萌えきゅん!」
そう言いながら可愛らしくポーズを取る君。これでご飯が美味しくなるそうだ。魔力は感じられないから魔法でもスキルでもないようだけど、一体どういう仕組みなんだろう。何度見ても分からない。不思議だ。
知らない呪文だし、うちにもメイドはいるけど
「あとはね、たくさんのお年寄りに電話をかけたり、電話をかけたお家までキャッシュカードを受け取りに行ったり、そのカードでお金をおろしたりする仕事もしたのよ」
一体どんな仕事なんだろう。異世界から帰ってきたばかりの僕にはよく分からなかった。でもきっと、君のことだからみんなに喜ばれる仕事なんだろうね。
「それに、その頃に付き合っていたホストの彼氏から紹介されて、お風呂屋さんでも働いたかな」
「ホスト?」
聞き慣れない
「あーそっか、異世界に行ってたかーくんには分からないよね。えっとね、ホストっていうのは、女の子を幸せにするお仕事なの」
女の子を幸せにする仕事? うーん、宝石商とかかなぁ。遠征先のお土産として珍しいアクセサリーなんかを買っていくと、姫様たちはすごく喜んでくれたっけ。
「そうなんだ。いい人そうだね」
「うん、ジン君っていってカッコよかったのよ。彼はね、ホストの
僕にも夢があった。いつか邪悪な魔王を倒し、人間もエルフもドワーフも獣人も、そして魔族でさえも仲良く暮らせる世界を作りたいと。
「すごい! みーちゃんタレントさんみたいだね」
「フフッ、そんな大したものじゃないよ」
照れくさそうに手を振って謙遜する君。どんな映画なんだろう。君が出ている映画を僕も観たかったな。映像は残っていないのかな。
「最初はNGばっかり出していたけど、監督のジン君も彼が連れてきた男優さんたちもとっても優しくってね。だから私、一生懸命演技したんだから。彼はね、リアルっていうのかな、人の生々しい愛を撮るのが得意で、彼が撮る映像は本当にすごいのよ!」
君は目を輝かせながら興奮気味に言う。きっと、そのジンって人の夢に自分の夢を重ねたていたのだろう。
人の生々しいものか……。僕は嫌なことを思い出していた。
魔王との戦いが終わった後、平和になるものだと思われたが今度は種族間での争いが始まったのだ。どの種族も戦後の混乱に乗じて優位に立とうと考えたのだろう。報酬の取り合いや難民の押し付け合い、それに伴う裏工作や暗殺が横行した。
そんな生々しい人のエゴを目の当たりにした僕は、呆れるというかなんというか、本当に人が信用できなくなり人間不信に陥りそうだった。
それでも僕は勇者として、各国を訪ねてはそれぞれの話を聞いて回り、時には武力を以て抑えたこともあった。かつて一緒に戦った仲間たちに刃を向けたくはなかったけど、あの時は仕方のないことだったと思う。
結局、それらを平定し和平を結ばせるのに一年、更に世界連合を設立するまでに二年もの歳月がかかっている。
「それで、みーちゃんが出たのはなんて映画なの?」
「えっと、色々あるけど、禁断の愛に溺れる色白雌豚妻シリーズがお勧めかな。三巻まであるのよ。縄とかろうそくとか使ってて本格的なんだから!」
禁断の愛? 雌豚? 変わったタイトル。うーん、人間と獣人など種族間を超えた愛の物語とかかなぁ。
タブーとまでは言わないけど、思想や宗教、それに習慣などの違いにより、種族間を超えた結婚には色々とハードルがある。実際に、そのあたりは僕も苦労している。
「今度観てみるよ。で、そのジンって人は今はなにを?」
「残念なことなんだけどね、優秀な彼にたかろうと色んな怖い人たちが来るようになっちゃって。身の危険を感じた彼は、東南アジアにいる友達のところに避難したの」
わかる! 僕も正式に勇者に任命された後、色々な人たちが群がってきた。
武器や防具などの売り込みから、貴族からのお見合い話、教会や怪しい慈善団体から入信や入会のお誘い、果ては幼馴染や生き別れた親兄弟を名乗る人まで出てくる始末。幼馴染はまだしも、地球から来た僕に親兄弟がいるわけなんてない。
「結局それきり彼とは会っていないけど、いつかハリウッドで映画を撮りたいって言っていたから、今頃きっと彼は向こうで大成功しているんじゃないかな」
そんなすごい人なんだ。ぜひ会ってみたいな。来週またアメリカの大統領と会談をするから、その時にちょっと訊いてみよう。
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