シンゲツの灯り

sHiRal

シンゲツ

遠くから汽車ノ汽笛が空気中に響き渡った。

周囲には建造物一つなく、音を遮るものも、冷たい風を遮るものもない。肌に空気は冷たく突き刺さり、道草が揺れる程度の風でさえ、そのまま顔がスパッと裂けてしまいそうなほどの痛みが走った。

 標高1,400m地点、ランタンで手元を照らしながらかじかむ手を擦り合わせ、重たい望遠鏡を設置した。

 山を登り始めた時には、見えていた陽も今では沈み、周りを照らすものはこのランタンと、マッチの小さな灯りのみである。

 「はぁ...」

 かじかむ手に溜息混じりの白い息を吐いた。一時的に感じる幸せさえも、顔の横を吹き抜ける風が空へ送ってしまう。

 僕が草むらに大きな望遠鏡を設置していると、静寂に包まれていた空気から草を踏む下駄の音が聞こえた。

 「山小屋に売ってたから買ってきたぞ」

 後ろを振り向くと、そこには僕の連れである吟が温かい飲み物を持って近づいてくる。

 「あぁ、ありがとう」

僕はそれを受け取り、今度はしっかりとした暖かさにほっとする。

 「お前って本当に星好きだよな。こんなに暗くて寒い日によくやるよ」

そう言いながら吟は僕の設置した望遠鏡のレンズを覗き込む。

 なんたって今日は新月だ。星が一番見えるチャンス、ここに来ないという選択肢はない。その上今夜は、毎日仕事で大忙しの吟が久々の休みだと教えてくれた。大切な人と一緒に星を見たいと思うのは当たり前だ。

 「でも、吟はついてきてくれたじゃないか」

吟はこちらを振り向いて少し微笑むと、静かに揺れる草原に座り込んでこちらを見つめる。

 「そうだな、久々の休みに、お前と過ごせるならどこだって良かったから」

 僕は、その言葉に少し顔を赤面させ、それを隠そうと望遠鏡を覗き込む。レンズの中には光り輝く星が一面に広がった。

 「あ、流れ星」

吟の言葉に、僕はパッとレンズから目を離した。

しかし、目の前には吟が立っていて、僕の頬を手に持って無理やり目を合わせてくる。

 「やっとこっち向いてくれた」

僕は、すぐに目線をずらした。

 「今日誘ってくれたのには理由があるんでしょ」

その言葉に小さく頷くことしかできなかった。

 「俺はね、お前の気持ち答えたいよ」

僕の心臓が止まりかける。

 「これからもずっと一緒に星を見ようよ」

結局僕は、僕自身が思っているよりもずっと意気地なしだったのかもしれない。

新月の夜、吟を天体観測に誘うことができても、同じ時間を一緒に二人きりで過ごすことができても、それ以上先に自ら歩みを進めることができなかった。

そんな事を考えてたら、自然と涙がこぼれてくる。その涙も、空気の冷たさで顔を割いてしまう凶器となるにも関わらず、自分自身で止めることは不可能だった。目をつむり、その場でしゃがむと、ふっと、体が暖かくなった。

「ねぇ、夜空。俺お前のこと好きだよ」

耳元に吟の声が近づく。その言葉で更に涙があふれる。しかし、その声に僕は頷くことしかできなかった。


ある新月の夜、星と詩が奏でる声が大空に光の線を放つ。真冬、深夜の流星群。

その光も、空気もやがて、汽車ノ汽笛の音に合わさりどこか遠くへ姿を消した。

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