【ショートショート】川辺の夏

依定壱佳

川辺の夏

 川へ足を近づける。水面につくか、つかないかのギリギリをキープして楽しむ。足がひんやりとした。はいゲームオーバー。空を仰ぐ。青い空。初夏の風が心地いい。


 友達二人は釣りに夢中だ。バケツの中をのぞく。釣果はあまりよろしくなさそうだ。

「全然ダメダメじゃん。へたっぴか」

 二人に向かって冷やかしの言葉をかける。

「うるせ。釣りやったことないくせに、素人は黙ってろ」

 二人に睨まれ走って逃げる。


 もう一人は石を拾っていた。いや、拾っては捨て、拾っては捨てを繰り返していた。

「水切りの石探してるの? 手伝おうか?」

「ん? 違うよ。天然石探しているの」

「天然石!? そんなのあるの? アメジストとか?」

「白い水晶かな。下調べしたわけじゃないから、この河川敷にあるかどうかはわからないけど」

「なーんだ」

「透明なのがあったらきれいかもね」

 ふぅん。興味が薄れた。そいつはまた、拾っては捨て、拾っては捨ての、作業に戻った。


 川に足を入れる。ばちゃばちゃ派手に音を鳴らす。

「やめろよ、魚が逃げるだろ」

「やだ。っていうか最初からここにいないんじゃないの?」

 二人は押し黙り、顔を見合わせる。

「どうする? ポイント変えるか?」

 おー、場所変えるのか。サンダルを探す。


「あー! サンダルどっかいったー!」


「お前なぁ」

 釣りをしていたうちの一人が悪態をつける。なんだよその顔。ばちゃばちゃ音を鳴らす。


「ねー、ドンキでかったクロックスもどきお気に入りなの! 探すの手伝ってー!」

「しゃーねぇな」

「確か、ピンク色だったよね。目立つからすぐ見つかるよ」


 ゆうやーけ、ひがくれて、カラスがしらせ―。そろそろ帰る時間。


「全然見つからねえな。どの辺ウロウロしてたんだよ」

「覚えてなーい」

 みんなで探したが見つからなかった。空を仰ぐ。青から赤のグラデーション。少し風がひんやりしてきた。


「あきらめてそろそろ帰るか」

「えー! 素足で帰るのー!?」

「失くしたお前が悪いんだろうが。耐えろ」

 やだやだ! 地団駄を踏みたいが、地獄の足つぼマッサージを喰らう羽目になるからやめた。


「ねー、サンダル片方貸してよ」

「片方?」

 三人とも嫌そう。

「じゃんけんで勝った人が、サンダル片方を貸しなさい」

「普通逆だろ」


 結局、じゃんけんで負けた人がサンダルを貸してくれることになった。

「じゃんけん、ポン!」

 一発で決まった。


「ちぇっ。明日絶対に返せよ」

「うわー深緑とかださい」

「お前本当に!」

 一人が、まぁまぁとたしなめた。


 お気に入りサンダルどこいったんだろう。冷たい空気を吸って吐いた。


  *  *  *


「はい。ださださサンダル。持ってきたよ」

「くそっ、感謝しろよな。昨日帰るのきつかったんだぞ」

「はいはーい。ありがとー」

 こいつはケンスケ。昨日釣りしていたやつ。口が悪い。


「途中、俺と交代交代で帰ったんだぞ。俺にも感謝しろ」

「えー知らない」

 こいつはユウスケ。昨日釣りしていたやつ。口が悪い。ケンスケと双子。


「二人とも大変だったね」

 こいつはタツヤ。石拾ってたやつ。物知り。やさしい。


「僕も大変だったー!」

 タツヤにぶーぶーいう。

「あはは、タイヨウも大変だったね」


「はー、僕のお気に入りのサンダルどこいったのー」

「お前にあきれて逃げたんだろ」

「サンダルに対して愛情が足りないんだ」

 わー! ひどいひどい! 今度こそ地団太を踏む。


「まぁまぁ、今度探しに行こ?」

「タツヤー、僕の味方は君だけだー」

 タツヤに抱きつき、横に揺れる。

「おい。その辺にしといてやれ」


 サンダル、お気に入りだけど探しに行くのだるい。川、退屈なんだよなー。やりたいこと見つからないし。初夏の風を思い出す。


「ねーねー! 花火しようよ!」

「話、飛躍しすぎたろ。サンダルはどうした」

「サンダル探したら、そのあと花火するの!」

「いいね、みんなでお金出し合って花火買おう」


 お金の話が出てビクッとする。


「お、お金ない……」

「じゃ、花火の話はなしだな」


 あー! やだやだ!

「うわー! 花火したい! サンダル見つけて花火するんだー!!」

「じゃあ、お前はサンダルを探しながら、俺らが花火しているの見てろよ」

「ぐわー!!」


「ケンスケ、それはかわいそうだよ。そうだ、タイヨウはバケツとかゴミの持ち帰りを担当するってのはどう?」

「おお、それならいいぜ」

「俺も賛成」


 どんどん話が進んでいく。だるそうかも。

「タイヨウ、これでいいよね?」

 落としどころをつけたんだよって顔で迫ってくる。

「わ、わかった」


 ユウスケが張りきった声でいう。

「サンダル探すなら早い方がいいだろ。放課後花火買いにいこうぜ。お前は花火の準備して来いよ」

「うえ!? 僕花火選べないの?」

「仕方ないだろ。時間的にさ。それとも土日にするか?」


 うーん。足りない脳みそで考える。


「わかった。花火を選ぶのはあきらめる」

「まぁ、花火なんでどれも同じだから気にしなくてもいいと思うよ?」

「あー! タツヤー、僕の味方は君だけだー!!」

 タツヤに抱きつき、ぐるぐる回った。


  *  *  *


 家に帰って花火の用意をする。なにを持っていけばいいんだっけ?


「ママー、花火やるんだけど、バケツとチャッカマンとゴミ袋あるー?」

「チャッカマン? ろうそくと、マッチならあるわよー?」

「ほんと? じゃあそれ持っていく」

「やけどしないようにねー」

「はいはーい」


 あんまりお気に入りじゃないスニーカーを履いて出かける。クロックスもどきが恋しい。

 川についた。誰もいない。まだ花火選んでるのかな。川に足を突っ込もうとしたがやめた。スニーカーまでなくなったらお終いだ。


 川を眺める。


「三人とも、川で楽しそうに遊んでてずるいや」


 釣りの道具を持っていないし、石のこと知らないし、川でなにをしたらいいかわからない。

 釣り道具は高いから買ってもらえないだろうなー。今度タツヤに石のこと教えてもらおう。


「花火買って来たよ」

 三人が買ってきた花火を見せてもらう。

「わー、どれが強いかな」

「なんだよ花火に強いとかあるのか?」


「花火のことは後にして、まずはサンダルを探そう」

 みんなでサンダルを探し回った。


「見つかんねえな」

「流されちゃったかもね」


 しゅん。


「愛しのクロックスもどき……」

「もう新しく買ってもらえよ、ドンキだろ? 情熱価格で売ってるだろ」


 ゆうやーけ、ひがくれて、カラスがしらせ―。タイムリミット。


「……花火やるか。お前先に好きなの選んでいいぞ」

「じゃあこの強そうなやつで」

 花火に火をつける。


「なんだよ、ニヤニヤして」

「僕、川遊び好きー」


「そうかよ。今度、釣り道具貸してやるよ」

「ほんとにー!?」

 双子に抱きつく。

「うわっ、お前花火もったまま抱きつくな!」

「いいな、僕にも貸してよ。楽しそう」

「いいぜ、親父のもってくるわ」


 空を仰ぐ。青から赤のグラデーション。ちょっぴり蒸し暑い。手元を見る。そこには派手に噴き出す強い花火の色。熱い空気を吸って吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ショートショート】川辺の夏 依定壱佳 @yorisadaichika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画