夕方五時のリズム

時輪めぐる

夕方五時のリズム

 夕方五時の防災行政無線。

 山間の村に大音量のエレキギターが、山々にこだまする。

 ギュィイイイイーン!

 続いてドラムが、激しいブラストビートのリズムを刻む。まるで爆風。

 メタルバンド『HELL OF HELL』の曲だ。ヴォーカルは、この村出身のあたし。

 猫の額の様な田畑の他には何も無い村。

 あたしは、小高い丘の上から村を見下ろし、思い切りシャウトした。

「ざまぁ、みやがれーっ!」



 あたしは、三十年ほど前に、この村で生まれた。中学生の時に、四キロ離れた町の小さなライブハウスで、売り出し中の『HELL OF HELL』のヴォーカルに誘われ、卒業と同時にプロデビューした。


 あたしを生み捨てて出奔した母親、父親は不明。ひでー話だろ?

 何でだよ。何で、あたしの事なんかどうでもいいババアしかいないんだよ。ガキの頃、そんな事ばかり考えてた。あたしは、いつも腹が減っていたし、風呂も滅多に入れない。服だって学用品だって、全部、村の誰かのお下がり。生きているだけ、幸せだって? ああ、そうかもね。

 生きていたから、あたしはメタルに出会えた。小学校高学年の時、音楽教師のK先生が、ポップスやロックを聴かせてくれた。はは、完全に先生の趣味だったけど。ハードでヘヴィな曲もあった。小学生に聴かせるには、ちょっとハードル高いよね。でも、あたしは、メタル系のデスヴォイスやシャウトに心を鷲摑みにされた。これだ! って思った。やり場のない怒りと悲しみを代弁するもの。ブラストビートに、魂が揺さぶられた。自分の中で何かが解放される気がしたんだ。

 地獄の底から発せられるデスヴォイス。あたしも喚きたい、心に澱のように溜まった闇をシャウトしたい。吐き出したい。心底そう思った。

 根負けしたK先生が、ヴォイストレーニングをしてくれた。あたしに翼をくれたんだ。言い表せないほど感謝している。

「喉・首・肩まわりを柔らかくして、喉に負担が掛からないように」

 片道四キロの通学路で、村の小高い丘で、あたしは、一人で吠え続けた。

 ヴォッ、ヴォッ。ヴォッ、ヴォッ。

 ヴォーッ、ヴォーッ、ヴォーッ。


 小学校に隣接する中学校に上がると、ババアの家に帰らず、町の繁華街の小さなライブハウスに入り浸る。年齢を偽って、アルバイトをしていた時、バンドに自分を売り込んだ。

「歌ってみろ」

 あたしは、耳コピしたバンドの曲を、デスヴォイスで歌った。

 第一声にリーダーの目が見開かれ、あたしは手応えを感じ、歌い終えた。

「すげぇじゃん! お前の声、総毛立つぜ! 一緒に来いよ」

 メンバーは、二十代前半から後半の男性三人。おどろおどろしいメイクとヘアー。黒ずくめの衣装。近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが、認められた事の無いあたしは、死ぬほど嬉しかった。しかも、念願のステージで吠えることが出来る。最高じゃん。

 あたしの孤独と憤りは、『HELL OF HELL』の原動力だって言ってくれた。

 母親譲りの破天荒で奔放な性格、小学生の時から鍛えたデスヴォイス。二つを引っ提げ、毎晩、あたしはライブハウスで吠えた。

「ナッチー!」

「ナッチィー!」

 絶叫の様なナッチコールが、起こる。

 ナッチは、あたしの愛称さ。

 客は、あたしの歌に歓声とヘドバンで乗ってくる。バンドの人気は上がり、小さな箱に客が入りきらなくなる頃、スカウトがやって来た。

 あたしが中学を卒業すると、『HELL OF HELL』は上京し、晴れてプロのミュージシャンになった。


 二〇××年の『ミッドサマー・ロックフェスティバル』で十万人を超える聴衆の前で歌った時の、むせ返る熱気と、押し寄せる歓声。万単位のヘドバン、見た事あるかい? 縦ノリ、横ノリ。思い出すだけで、体が熱くなる。皆、あたしに夢中だった。

『HELL OF HELL』は、一気にスターダムに駆け上がった。信じられないだろ? あのボッチで小汚いあたしがだよ?



 数年後、あたしは、成功者として、村に帰って来た。故郷に錦を飾る? 凱旋ってやつさ。ババアを始め村の人達は、相好を崩し歓迎した。はっ! 何という掌返し! 吹き出しそうになった。

「ガキの頃、夕方五時が嫌いだった。防災行政無線で『ななつのこ』が流れるからさ。皆、母親の待つ家に帰って、温かな飯にありつくんだろ? あたしには、そんなもの無かった。だからさ、夕方五時を、あたしの歌で上書きしてやる。ご機嫌なブラストビートをブチかまして、寂しさや悲しみを、ぶっ飛ばしたいんだよ」

 村の防災行政無線に『HELL OF HELL』のヒット曲を推した。あたしは、この村始まって以来の、有名人だったから、要望は、すんなりと聞き入れられた。


 夕方五時、響き渡る大音量のブラストビートがこだまし、あの日の『ミッドサマー・ロックフェスティバル』を彷彿させる。

 貧しく孤独で惨めな時を、あたしは生き抜いた。クソみたいな子供時代を、ぶっ飛ばしてやる! 畜生、涙で目が霞む。

「ざまぁ、みやがれ……」



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