第44話 おはようございます
人を好きになるのに理屈はいらないと言うけれど、俺の場合はある。
まず、顔だ。
若月さんの魅力の真骨頂は、その内面にある。しかし、もし若月さんの顔が良くなかったら好きになっていなかったかもしれない。
「俺は見た目なんて二の次だ! 女性は中見!」と自信を持って言えるほどのできた人間ではない。
「‥‥‥」
現在、午前1時19分。
木崎・末永・加賀の3人は広いソファに横たわってスヤスヤ寝ている。
駄菓子パーティの会場となった末永家。ご両親は京都旅行に行っているらしく、我々は深夜になっても居座ることができている。今度お会いしたら、お礼をしなければならない。
そう思いながら、スマホを起動してイヤホンを耳に詰め込む。
そう。俺は今日、徹夜しようとしている。
夕方頃に気絶という名の睡眠をとったことと、他に人がいる空間で眠ることが不可能な性質から、今夜の睡眠は諦めた。
こういう日は、普段は観れない長めの配信でも観て過ごすに限る。
1人で長時間話せることで有名な元芸人のYouTuberの配信を2時間見続けていたら、尿意をもたらし、3人を起こさないようにトイレへと向かう。
「‥‥‥ふぅ」
出すものを出して、扉を開ける。
「うわっ」
「あ、ごめん」
そこには、姉さんがいた。
自分のことで大変なはずなのに、弟を労ってくれた姉さんがいた。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
我が家だったら、ここで一言二言言葉を交わすのだが、ここは人様の家だ。遠慮した沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、姉さんの方だった。
「良い人達に恵まれたね」
静かだけど、聞きやすい声。
「きっと、拓也が頑張って生きてきたから集まってきたんだと思う。だから、私も‥‥‥頑張るよ」
「‥‥‥うん」
姉さんが、こうもストレートに決意表明するのは珍しい。
一瞬頭に浮かんだ「無理はしないようにね」という気遣いの言葉を飲み込むほどの力が、その言葉にはあった。
「あ。あと、若月さんはベランダにいるよ」
そう言って、俺とすれ違う形でトイレに入った。
トイレを我慢しながら、あの決意をしていたのか。
やっぱり、俺の姉はすごい。
\
「‥‥‥お疲れ様です」
「おつかれー」
今日の若月さんにしては珍しく、お酒を飲んでいなかった。おそらく、俺以外にも未成年が多数いる中で自重したのだろう。
「やっぱり、人がいると眠れない?」
「そうですねー」
「じゃあ、修学旅行とか大変だねー」
なんとなく、声質に元気がない。
もしかしなくても、「悪役に徹しろ」発言を悔いているのだろう。根が真面目すぎるこの人は、勝手に無茶した故の体調不良まで、自分で背負い込もうとしている。
「一応、言っときますけど、若月さんがああ言ってくれてなかったら、今日は最悪の気分になってたと思いますよ」
基本的に、俺は中途半端な人間だ。たまに暴走するが変に後になって冷静になり逃げることもある。
「悪じゃなくて、悪役。そう思ってなかったら確実にパンクしてました」
「‥‥‥そうかな。若林少年は、自分が思ってるよりずっと強いよ。私の余計な1言さえなければ」
「好きです」
まだ、何か言いかけていた若月さんを暴力的ともとれる好意で無理やり止める。
「貴女が好きです。だから、大丈夫です」
「‥‥‥ハハ。君の告白はいつも突然だなぁ」
以前、告白したのは、この人に出会って間もない6月17日。あの時も、俺は何の脈略もなく告白した。
このまま時間が過ぎ去って、お互いが思い出として風化していく未来を変えたかったのだ。
でも、今回はあの日とは少し違う。
若月リラさん。
俺はこの人には笑顔でいてほしい。
そのためだったら、何度でも言おう。
「好きです」
「ハハ。でも、君、まだ未成年‥‥‥」
そうだ。この問題があるから答えは1年後に持ち越されたのだ。あれから、まだ4ヶ月程度した経っていない。
「分かってます。でも、今どうしても、もう1度伝えたくて」
「‥‥‥なんで、こんな私にそこまで好意を寄せてくれるの?」
この質問には、一晩中答えることができる。
顔とか、図書館で働いている時の頼もしさとか、面倒見の良いところとか。まあ、挙げたらキリが無い。
でも、その答えは今の若月さんが望んでいる答えでは無い気がする。
‥‥‥できれば、墓場まで持っていきたかったが、仕方がない。何故なら、この感情は気持ち悪すぎるから。
「最初は、姉さんの代わりだったんです」
「‥‥‥」
黙って聞いてくれるようだ。ありがたい。
「あの時の姉さん、少し弱ってて。自分では受け入れているつもりだったけど、憧れてた姉さんじゃなくなったことで、俺の心に穴が空いてた」
敬語を忘れていることに気づいたが、調整する余裕がない。
「そんな中、かつての姉さんにそっくりな若月さんに出会ったんだ。快活で、俺の悩みなんか笑い飛ばしてくれる年上の女性。正に、姉さんの代わりにはもってこいだった」
これで、この人との縁は切れるだろうな。
「でも、今はそれだけじゃない」
ここまで言ったんだ。最後まで悪あがきしてみよう。
「今、姉さんは前を向きつつあります。それでも、俺の中の若月さんへの感情は変わりませんでした。たぶん、これが恋心ってヤツなんだと思います」
「‥‥‥」
全てを語り終えても、若月さんから感想や罵倒などは返ってこなかった。
気持ち悪すぎて、呆れられたか。
その場から去ろうと後ろを向く俺に、若月さんの綺麗な声がかかった。
「もしかしたら、一緒になら眠れるかもね」
「‥‥‥?」
それから若月さんはテキパキと寝床の準備をした。他人の家故に、柔らかそうな絨毯のスペースを取ることしかできていなかったけれど。
「さ。一緒に寝よ」
眠れるか! 男子高校生の性欲舐めんなよ!
そう叫びたい気持ちで一杯だったが、好きになった弱みによって、俺は好きな人の隣に横になった。
\
「‥‥‥」
外が明るい。
おかしい。さっきまでド深夜だったはずなのに。
もしかして、あの状況で熟睡したのか? 俺が? 好きな人の隣で?
「‥‥‥ん。若林少年。もう起きたの?」
横の女性も目を掻きながら覚醒したようだ。
「おはよう」
この挨拶を、頭がこんなにもクリアな状態で言うのは何年ぶりだろうか。
「おはようございます」
夜更かしの会 ガビ @adatitosimamura
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