第31話:神話2

 その日もまたニヒリスはフローラが住む村はずれの草原に佇んでいた。

 先日、自身の姿をフローラに似せて形作った際、直接本人に似ているかどうか尋ねてみたところ、色がないから分からない、とのことだった。

 ニヒリスはこの世界を、”周囲に充満する自身の魔力とそれに重ならない物体”、と知覚していた為、色という概念が分からない。もちろん知識としては知っているがそれを知覚することはない、人間とは違う存在だから人間と同じように世界を知覚することは出来ないのだと諦めてはいたが、フローラの知覚する世界が自分が知覚する世界と違うことに少し寂しさのようなものを感じていた。


 ニヒリスはそんなことを考えながらフローラが来るのを待っていたが、フローラはまだ現れない。いつもならニヒリスの気配を察知すると、例え泣きべそをかいている時だろうが姿は見せた、既に日も暮れかけている、何か非常事態でも起こったかと村の方へ意識を飛ばすと、やはり村がいつもよりも騒がしい雰囲気だったので、直接出向いて様子を伺うことにした。


 村に到着すると様々思念が飛び交い騒がしい、相変わらず自分は村人に視認されていないため話しかけるわけにもいかないので、とりあえず近くにいた村人の思念を探ってみると、血だらけで佇むフローラのイメージを見ることが出来た。血だらけではあるが怪我をしている感じではない、まるで頭から血を浴びせかけられたかのような姿だった。

 このイメージだけでは何が起きたかよくわからないので複数の村人の思念を読み、ここで何が起こったのか詳しく探ってみると、どうやら何かに驚き興奮した馬車馬が、馬車ごと大勢の人で賑わう村の市場へ突進していくイメージが見えた、そして両親と思われる人間と共にその場に居合わせたフローラが突進してくる暴れ馬を魔法を用い破裂させ、馬車の暴走を止めた。


 なるほど、ついにフローラが魔法を行使したかと、そして魔法で市場にいた大勢の人間の命を救ったのだとニヒリスは理解し、フローラのことをなぜか自分のことのように誇らしく感じた。

 物語風にいえばフローラは多くの人間の命を救った英雄である、今頃は村を挙げての宴か何かの主賓とされているであろうと推測し、いつもの場所に現れなかったことにも納得した。

 確かに村の中心部辺りが騒がしいし、やはりそこにフローラの魔力を感じることが出来た、おそらくそこで宴が開催されていると判断したニヒリスは、宴の主賓とされ恥ずかしがっているフローラの姿を想像しながら村の中心部へと漂い向かった。


 村の中心へたどり着くとニヒリスは驚愕した、ニヒリスの想像した光景とは真逆の光景を知覚したからだ。

 フローラは磔にされ、それを取り囲む群衆が「魔女を殺せ!」などとフローラに罵声を浴びせていた。

 魔女というのはと契約し魔法が使えるようになった人間の女を指す言葉だ。だがニヒリスが知覚する限りなどこの世界には存在しない、ニヒリスはこのような認識を人間に植え付けた神を呪いながらも冷静に状況把握に努めた。

 フローラの近くには村人に拘束され泣き叫んでいる二人の男女――フローラの両親というの男女がいる。神にそのように創造されたとはいえ本人らにしてみれば実の娘だ、必死に取り返そうとして散々殴られたのだろう、その顔は元がどんな顔だったのかわからないほど膨れ上がっている。

 ニヒリスはひとまず今にも磔台に並べられた薪に火を付けようとしている神官であろう男の首を撥ね、フローラの火炙りを阻止すると、すみやかに磔台からフローラを解放した。

 群衆からしてみればニヒリスを視認できないのでフローラが自力で磔台から脱出し空中を浮遊しているように見えたであろうが、今のニヒリスに群衆のお気持ちを汲んでやる余裕はなかった。

 ニヒリスはすぐさまフローラの容体を確認する、体中に殴られた跡があり刃物で切り付けられたような痕もある、そしてその両眼はまぶたを縫い付けられ、舌は焼けた金属を押し当てられたかのように焼け爛れている。


(愚かな……目を縫おうが舌を焼こうが魔法の発動を封じることなど出来ようもないというのに……)


 ニヒリスは村人の行いに、そう憤りを感じながらもフローラを介抱することを優先した、フローラはまだ生きている……が意識はない。拷問で受けたであろうダメージは内臓へも達していると思われる為、時間的猶予はない。

 人間の神官は神の力を借り、治癒魔法を使うことが出来るという知識を思い出したが既に神官は殺してしまった。

 ニヒリスはフローラの受けた損傷を修復するイメージを魔力と共に放出するがフローラを治癒させることは出来なかった、ニヒリスは人体の構造や治癒手段を具体的にイメージすることが出来なかったからだ。今からその知識を得ようにもフローラの命は待ってくれない、時間がない。

 ニヒリスは一瞬、どうするべきか悩んだが直ちに人体の構造の知識を得られ且つフローラを修復する手段を思いついた。

 まずフローラの肉体を自身の体に吸収するとフローラという存在を解析し始めた、フローラを解析し終えるとすぐにフローラを、自身の体内でこれ以上分解できない粒子にまで分解し補完する、そしてニヒリス自身の体を限りなくフローラの体組織と近い形で再構築し、それをフローラに与えてやるのだ。

 その試みはおそらく成功した、あとはフローラの意識が戻れば自身の意識を周囲を漂う魔力に移し、自分の体はまた別に構築すれば良いという算段なのだが、なかなかフローラの意識は戻らなかった。

 ニヒリスはフローラの思念を感じ取れていたのでフローラが生きていることは確信していた。この時ニヒリスが感じたフローラの思念は”罪悪感”だ。

 子供なので大人が説く魔法を使ってはいけない理由をその言葉通り鵜呑みにし、その信仰心という呪縛から逃れることが出来ない為、目覚めることが出来ないのだとニヒリスは解釈した。

 フローラをその呪縛から解き放つにはフローラ自身の認識を改変したところであまり意味はない。

 ”普通の人間が魔法を使ってはいけない”という認識自体を世界から消し去らないと意味がないのだ、非常に手間のかかる方法だがこれでひとまずはフローラを元の状態に戻す目処は付いた。


 今のニヒリスは仮とは言えフローラと寸分違わぬ姿であると自負していたが、念の為いつの間にか拘束から解放されていたフローラの両親に、ちゃんと似ているかどうか尋ねてみた。

 フローラの両親は泣き叫ぶばかりでまともに会話できる状態ではなかった為、ニヒリスは両親の思念を読んだ、が思念もぐちゃぐちゃに混乱していてあまりよく理解できなかったのだが、その中から"髪の色が違う……"という思念をなんとか拾うことが出来た。

 髪の色……か、ニヒリスは色を知覚することが出来なかったのでフローラが元々どのような髪色であったか見当がつかなかった。

 今のニヒリスの体は限りなくフローラを再現した肉体で、当然フローラの目を備えている。知覚方法を魔力から目による視覚に切り替え、初めて人間が見る世界を視認してみようと考えた。

 そこには、泣き叫び取り乱している者、魔女だの魔人だの叫ぶ者、ひれ伏し許しを請う者、武器を構え今にも飛びかかる構えを見せる者、気が触れたかのように笑い続ける者、様々な村人の姿を視認することが出来た、まさに阿鼻叫喚とした様だった。

 初めて視認する色・景色がこれかと、ニヒリスは強い不快感を感じたので、たった今フローラを解析して得た知識を使い、村人たちを――村そのものを、フローラの両親だけ除外して、瞬時に分解、消滅させた。


 ニヒリスはフローラの両親にねぎらいと、髪の色を再現できなくてすまない、といった言葉をかけると、二人をいつもフローラと一緒に遊んでいた草原に転送し、フローラの罪悪感を取り除く手段――"世界の認識を書き換える"工程へと取り掛かる。


 この工程を為すにはさすがに体内魔力だけでは足りなかったので、世界に散った自身の魔力も併用することにした。

 ニヒリスは自身の足元に巨大な魔法陣を生成し、世界に散っていた魔力を回収し始める。

 しばらく魔力の回収に集中していると、予想外の邪魔が入った。

 翼の生えた人間――おとぎ話に登場する姿そのままの天使が四体、空から降りてきた、おそらくこの魔法の性質を察知した神による干渉だ。

 天使たちは、新たな悪魔がとか魔人がどうとか話し合っていたかと思うと一斉にニヒリスに向けて手をかざし、何らかの魔法を放ち邪魔をしてくるであろうことが予測できた。

 ニヒリスは世界に散った自身の魔力を回収しながらも、天使達の構築する魔法、そして天使達の体組成を分析した。


 ニヒリスは世界が再構築されたあの時、同時にごっそりと自身の体が削られた感覚を覚えていた。当時は目覚めたばかりで事態を正確に把握することが出来なかったが、それは神が自分から魔力を奪い世界を改変するのに利用したのだと、今では完全に理解している。


 案の定、天使達の魔力はニヒリス由来の魔力であり、体組成ですらそのほとんどがニヒリス由来の魔力で構成されていたので、それらもついでに回収した。

 天使達は途端にその浮力を失い、そのまま地面に落下した。落ちた天使達は泡を吹きながら体を痙攣させている。


「世界に散りし我が同胞、神に奪われし我が同胞よ、我の求めに応じ此処に集結せよ」


 その言葉に呼応するかのようにニヒリスが展開した魔法陣が眩い光を放ち、上空に巨大な魔力塊を形成すると、それはまるで胎動するかのように脈打ち始めた。

 ニヒリスは脈打つ魔力塊を眺め、満足そうな笑みを浮かべるとさらにこう唱える。


「胎動する世界、今こそ此処に顕現し、その力を――」


 ニヒリスがそこまで唱えたところで突然、空に雷鳴が轟いた。その稲妻は脈打つ魔力塊を貫くと共にニヒリスをも圧し潰し大地を穿った、質量を伴った稲妻――明らかに自然現象ではない、これも神による干渉だ。

 貫かれた魔力塊は音もなく破裂し、光の波動を生み出した。その波動は破壊を伴わず、瞬く間に世界を駆け抜け、世界のありとあらゆるものを貫いた。

 稲妻はニヒリスごと大地を穿ち続け、ニヒリスを地中深くまで圧し潰す。

 しかしニヒリスはその圧力に圧し潰されながらも笑い続けていた、魔法はすでに発動されていたからだ。


「胎動する世界の光、新たなる理よ、この仮初の秩序を書き換え、罪なき罪を浄化せよ……さあ、力を示せ!」


新世界秩序ニュー・ワールド・オーダー》!


 *


 ニヒリスは笑い続ける。

 ニヒリスは神のいかづちに触れた瞬間、神を捕捉した。

 同時に、神に世界を書き換えるだけの力は残されていないことを知覚した。

 今後、神にその力を貸してやるつもりもない、だが完全に魔力の供給を断つことはしなかった、フローラを創造した功績を評価したのだ。


 ニヒリスはなおも圧し潰されその肉体は崩壊し始める、薄れゆく意識の中、ニヒリスは自身の内に眠り未だ目を覚まさないフローラに語りかけ続ける。


「フローラ、世界は魔法を受け入れる、もう誰もお前を責めたりはしない……」


「痛みも、罪悪感も、目覚めた時には全部忘れてる……だから……」


「……フローラ……少し疲れたか? ……なら今は眠るといい……」


「……君が寝ている間……たくさん……物語を集めておこう……」


「……君が……目を覚ましたら……また……」


「……物語を……」


 …………。


 ……。



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 あとがき

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 SCP-X1751-JP-Aの正体が判明したので『財団はどうしても異世界の調査をしたいようです。』は完結です。

 すでに後半からだいぶ財団関係なくなってましたが、次回作からは異世界側を舞台とした物語を予定しています。

 如月達が企ててるプランBとか、急に現れた謎の天狗(比良山)とか異世界の人達からするとすごく怖いだろうな……って。

 あと、この最終エピソード『神話』の解説を近況ノートに載せておきますので、ご興味がございましたら是非そちらもお読みいただければ幸いです。


 もし面白いと感じで頂けたら、ブクマやいいね、★をたくさん貰えると嬉しいです。次回作へのモチベーションが上がります!

最後まで読んでいただき誠にありがとうございましたm(__)m

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財団はどうしても異世界の調査をしたいようです。 Kudzubug @Kudzubug

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