大谷翔平物語

竹内昴

大谷翔平物語

気温30度の天候のなか、浅黒い肌の男は、

ゆっくりとグラウンドを周回していた。実に

この3日間、彼は雨の降らないこの夏の季節のグラウンドの空気に慣れ始めようとしていた。微妙な空気の湿り気に、ムッとするするような乾いた空気の入り混じった感じの中で

、塩の吹いたTシャツと汗のしみたズボンに

くたびれそうになりながら、じっと忍耐の様子で下を見ながら、必死に自分のなかのイメージの走りに追いつこうと、頑張っていた。

「俺はこの先どうやって生きていこうか?」

そんな、自問自答が頭をよぎっては、消えていく、答えのあいまいなことでさえ、よぎる不安として沈んでいくことの、悔しさにあがき、もがき、苦しい胸の内に潜む、自分の夢、

それに必死にすがろうとしていた。「俺はメジャーリーグに行くんだ」という思いのほかに彼を突き動かす事は、何も無かった。彼の名は大谷翔平、野球選手になりたいのである。

彼は現在、高校1年生である。岩手花巻東高校に在籍している。硬式野球部に在籍している。ちょうど今は夏休みである。高校のグラウンドには、様々な運動部が活動外の自主練に興じていた。彼はランニングを終えて、体育館に向かった。そこには剣道部やバトミントン部、バスケ部など様々な部活が行われていた。翔平は思った「人には色々な通過点がある。僕は野球というスポーツを通じて、何を学んでいくんだろう」と。そして、体育館横の水飲み場で、水を飲んで、頭から水をかぶった。この3年間で必ず結果を残そうと、

感じていた。しかし、いくばくかの不安もあった。大きな夢を描くのも大事だが。もっと、

現実的な夢も必要ではないかと。とにかく、明確かつ具体的な目標が必要だ。そのためにマンダラチャートを書こうと思った。実に素晴らしいものが出来上がったのだ。これで、自分の明確な目標設定ができたのだった。

 比較的、午前の練習はスムーズにできた。

今度は、午後の練習だ。しっかりと腹を満たしておかなければならない。午後からは素振りをしようと思っている。自信の裏付けには

こういう練習が必要だ。自慢の筋肉は隆々と

朝のランニングの結果を物語っていた。とにかく、ごはんが美味しかった。もうちょっとで眠くなるところで、午後の素振りに入った

。一振り一振りに丹念なイメージコントロールが必要だ。シチュエーションによって、例えば、何アウト塁にランナー何人とか、投手のタイプとか、いろんな想像のなかで、素振りを行った。実際の試合において、どんなことが起こるかなんて、実際試合になってみなければわからないものだが、やはり、できるだけの事はしておかなくちゃならない。そのさまざまな練習の原点いうべき練習である。

折り重なったシーズンの中で一番汗を掻いて運動量が多くなる夏である。昨日までは、自分の力量に対してマイナスイメージを持っていたが、今日は幾分か自分のものになりつつ

あると、思えてきている。実際問題、バットが軽いのである。綺麗な素振りだなと、我ながら自画自賛である。だからといって、油断は禁物なのだ。大事な場面での緊張を緩和してくれる、メンタルトレーニングも取り入れていかなければならない。静かに目を閉じて光を遮り、露骨な不安・プレッシャーと向き合うのだ。そうすると、不思議と自分とは違う何かに生まれ変わったかのように思えてくるのである。実際にどんなにプレーに影響がでようとも、平常心が必要である。常におんなじような次元のイメージが必要である。ボールが追ってくるスピードよりも、速い感じの

イメージである。あとはテンポである。期待どおりのイメージでスイングするバットには

ものすごい風圧の音がする。「これだ、これでいいんだ」と何回も何十回も終わりのないがごとく、バットを振りまくる。もしも、血豆でもできて、スイングが不可能になったら、なんて思いもよらずにである。この一心不乱な感じがなんだか素敵に思えた。この時の感動を僕は絶対忘れてはいけない。やればできるんだということである。きつい練習もこれで乗り切れそうだ。もう少しで夏休みが終われば、感じのいいまま本来の部活に参加できる。本物の部活の練習はこうはなかなかいかない。なぜなら、一人やる野球ではないからだ。9人でやるスポーツが野球である。部員おのおのの個性に合わせた練習などないのである。全体が一つになって全国優勝を目指すのだから。どうやったら、野球が強くなるかということも大事だが、人間成長も大事である。子供時代から思っていたいくばくかの自分の悩みがやっと消えるかもしれない。自分の今の負い目である。甘えが消せない。汚い自分の嘘それは、今後の自身の野球環境に影響が出るかもしれない。ここは、正直に野球に打ち込む他はない。たとえ自分の成長が過ちであったとしても、正直な気持ちは今後において買いである。他人がどうおもうとも、

今は一生懸命に練習に打ち込む。考え方によっては、時間の無駄だとか、違うことしてたいという遊びに対する誘惑がやってくる。今は我慢するのだ。いずれくる夢の試練のために今頑張るのだ。いずれは、アメリカで野球するからだ。自分描いた夢の放物線はすでに

未来に向かって伸びていっている。実に長い

道のりだが決してあきらめてはいけない。あきらめてしまえばそこで、なにもかもがおしまいだ。言葉の力も大事だ。有言実行ってやつである。一言口にした言葉は、最後まであきらめずやり遂げる。それが力になれば、最後まであきらめない力がつくような気がしている。「野球は9回2アウトまでわからない、

だから、最後まであきらめない」こんな言葉をかみしめながら、夏休みの自主練の一日を

締めくくったのだった。さあ、今日からは大谷翔平の本番である。

人間、準備万端という気持ちに対して、とてもうきうきするものである。何に対しても恐れおののくことなく挑めることの境地に我ながらエッヘンといばりたくなるものだ。気は心。充実感に満たされた気持ちのいい朝に辛くもない幸運が待っていそうな気さえする。別段なんてことない朝食の風景に自分の言葉があるような、ないような、ボーとしているときに、ふと、我に返ったかのように、自分に問うた言葉「感謝ってどうやって表現したらいいんだろうか」という感じの言いようのない感動の言葉を両親に打ち明けようとしていた。翔平ふと言い放った「お父さん、お母さん。いままで、育ててくれてありがとう。僕は絶対野球で成功してみせるよ。」と。その言葉に対して父親は言った「こちらこそありがとう。君が生まれてきて感謝している。もう一度言わせてくれ

ありがとう。」と言ったのだった。それに合わせて、母親がニコっと微笑んだ。とても、

優雅な気分とともに、少し照れくさい朝食だった。とりたてて、慌てることなく学校に行く準備ができた翔平は、スズメがなく朝の登校道を自転車でさっそうと走っていた。そこに一人の老人がゆっくりと歩いてた。翔平は自転車を止めてあいさつした。「おじいさんおはよう」と。「おや、大谷さんちの翔平君かい?しばらく見ないあいだに大きくなったじゃないか。」と言った。矢継ぎ早に「もう高校生になったかい?」と言った。「はい、高校生になりました」と翔平は返した。「勉強とスポーツという文武両道に努力しなさい。

」と老人は言葉を残して、その場を去った。

その文武両道という言葉にいささか、自嘲した笑いになった。学校ではすでに、クーラーがかかっていた。クラスメートはすでに何人かが、教室に着いていた。「おはよう!」翔平は大きくあいさつした。「おはよう」クラスメートから、すぐ返事が帰ってきた。彼は席に着くなりノートを開いたのだった。目標ノートである。確実に目標を達成していくために作ったこのノートに何を記すべきか悩んでいた。目標というのは自分ができる目標を実際書き出し、それに対して何ができるかという、アプローチの手段を書いていくものである。ただでさえ学業というのは、やることなすこと多くて大変である。その隙をぬって

目標ノートを完全に実行するのは、至難の業である。しかし、彼は自分で誓った、人生設計の前に、これを避けるわけにはいかなかった。答えは目前なのに、それを考えとして打ち出す試みは中途半端では、不可能だった。

かなり、自分に叱咤激励しないととうてい無理に思えた。でも、逆にいえば、これさえ書いておけば後は、自分との約束を守るだけである。いちいち、人にあーしろこーしろ言われる前に自分の事は自分できるための環境づくりである。要は集中力である、みんなが出来っこないと思うことも、自然と集中してで来てしまう。本物への道のりのことである。

もう、自分の生活は誰かのものじゃない、自分の物なんだと気づかせてくれる、ノートである。それに(そのノート)何を書くべきか?

それは、翔平自身が普段、フラストレーションを抱えやすい事実として、周りの人の目を

自分はどこまで意識しているか、あるいは、

意識しすぎないようにすべきかという、心の判断力が低下しないようにするための、配慮として、自分はどういうスタンスでいるべきか、不安要素を書き出すことだと、彼は思った。思わぬところで人の目線を意識して、自分にいらぬ所に力を入れてしまったり、心の通いそうに到底できない人の悩みに愚策こうじて、そっと、取り入ろうとしたりしてしまう、自分の弱さ。その克服の道筋として、自分とはてんでお門違いの様を露呈して、その気分に酔いしれてるかもしれない自分の様。

それに、感じて染み入る気負いの言葉とはなにか。それは、簡単な言葉の繰り返しである。

と、翔平は記した。簡単な言葉の繰り返しとは何か?それは、例えば、心弱ったり、心折れそうになるときに、大丈夫、大丈夫とか、

自身の判断のミスに乗じてやってくる不安に

感じる、自分へのおいたての言葉、何やってんだとか、普段、良かれと思って繰り返し使っている言葉に勘違いできないくらい、すぐに重ねて使っている言葉。それを、どう変えるべきであり、結果、どうなっていけるか、

である。例えば「大丈夫」という言葉は、なんのための言葉なのか。自分がピンチの時にかける言葉ではなく、「なにやってんだ」という言葉は、ミスを慌て隠す言葉ではないとおもうに、自分は気負いの焦りを鈍くかわす

言葉の乱れに箇所箇所で違った言葉を、簡単な言葉として繰り返していると気づいたのである。結果、大丈夫という言葉は、運びやすい事柄に対しての言葉であり、何やってんだは逆境の極地に使うべき言葉と書いた。これをいかに、野球に活かしていけるかを、真剣に見つめるためになるのである。研ぎ澄まされた自分の感覚に、ポジティブ考えが流れ、要所における、自分の気持ちの様の切り替えとして、必要な事だと思っているのである。後は実際の行動目標も持とうと努力することである。ここで、翔平はノートにまとめた。自分の行動に不安を感じる↓そのとき感じる言葉を変えていく↓その時感ずる自分のポジティブなエネルギーを感じて↓気持ちを切り替えていく、記した。その時、授業の始業時間が迫り、程なく、1時限目の授業が始まったのであった。そして、時間は進み、彼は学校の一日を難なくこなし、夜を迎えた。彼は

また、考え出した。自分が思っている以上のことを出来ている人はたくさんいる。自分が好きなホームラン王松井秀喜とか凄腕ピッチャーダルビッシュ投手とかである。今、自分は16歳という地点において、彼らと同じことあるいは、それ以上のことをできているだろうか?もしも、それ以上でも以下でもなく

全く相手にならないのなら、自分のシナリオはどうなってしまうんだろうか。それは、到底追いつかない夢の想像でしか、なくなってしまう。答えは明るみにならない、答えの中身であり、自分自身知りえない答えになってしまう。言葉数足らずだが、今一つ夢の想像に迷いを感じることの多い、自分の勘違いとも言えそうな、期待薄な感情の一部が悶え苦しみそうな孤独を誘うのである。何故、こんなにも切望していることの感じ方に疑問を持たず信じ込めるのか?純粋さかあどけなさか。

どちらにしても子供に思えてしまうのである。

ちっとは、違う想像の中身を持ってもおかしくないと思いがちで、鵜呑みされた現実のあきらめが怖くて、自分の中身を閉ざしてしまう実感のなさ。それが、あたかも、夢半ばで

あきらめていく人の様のようで、自己嫌悪になるのである。期待とは裏腹に、自分は人との間に軋轢を起こしている事実にぶち当たると、顔が硬直するほど、自分が恥ずかしいのである。きっと、自分の一概とは重ならないイメージの間のギャップが、埋まらない差として、夢を具体的にしてこなかった、自分に後悔を始めたのだった。翔平は悔やんだ。涙を流した。実際、何かに敗れたわけではないが、彼の想像のなかの本物の証は、消えそうに揺れていた。「僕は将来、どうなってしまうんだろうか」と、彼なりの精神構造の中身がひっくり返りそうな、不安とプレッシャーに悩み始めたのである。時間はゆうに彼を取り巻く環境として、それを、ガッツとか根性とか呼ばれるものに変えていく準備に入ったようだ。きっと、彼は今晩の勇気の自信にたいする憔悴感に眠れないだろう。でも、彼は

ふいに、一つの希望を見出すだろう、遠い将来、彼が、表舞台に立った時に、この時の確たる自分の確立に対する答えが、自分の夢の舞台、メジャーリーグベースボールにあることを。

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