第2話 移動要塞スーパーアイアンハルク


 「シンイチ!で、なんの話だったっけ!?もう終わりだ!」

 「落ち着け。優ちゃんを乗せてドライブしているだけだ」


 「シンイチ!そうだ、このゾンビはどういうわけか車から降りようとしないぞ!俺たちは死ぬんだ!」


 「わたしね、海に行きたいの」

 「わかってるよ優ちゃん。一緒に行こうね」

 「うん、シンイチって優しいよね。かっこいいし」

 「もう終わりだ!もう終わりだ!」




 屈託のない笑顔とは裏腹に、外の景色を見る優ちゃんの横顔はどこか哀愁が漂っていた。街はいまだにゾンビと人間との戦いの痕跡が残っており、時たま爆発音がしてはゾンビの肉片が民家の窓からぼたぼたと落下している。


 まさかそんな光景に思うところがあるわけではなかろうが、それでも優ちゃんはぼんやりとした視線をガラスの外に向けながら呟いた。




 「ずっとね、海に行きたかったの」

 「わかってるよ。海は俺たちの流した涙で出来ているからさ、どんな悲しみだって受け入れてくれるんだよな」


 「シンイチ!おめー何かっこつけてんだ!もういい加減にしてくれよ!」

 「落ち着け。今からガソリンスタンドに行くぞ」


 シンイチは車を走らせる。


 二人の男と一人のゾンビ、果たして彼らは生き残ることが出来るのだろうか?

 それともこの絶望の世界と共に終わるのか……衝撃の実話を基に予期せぬ恐怖に襲われるサバイバル・ヒューマンドラマが今始まる!




 「シンイチ!ゾンビがフロントガラスを叩いているぞ、もうおしまいだ!」

 「落ち着け、今ワイパーをかけてるからそのうち視界が開ける。そんなことよりも優ちゃんってかわいいしお洒落だよね」

 「うん!わたしかわいくてお洒落だってよく言われるよ!」


 優ちゃんがワンピースの裾をつまみながらにこりと無邪気に微笑むと、シンイチもつられて思わず顔をほころばせる。

 そしてワイパーでゾンビたちを叩きのめしながら進んでいくと、大通りに面した一角にガソリンスタンドが見えてきた。




 「シンイチ!あーあ、ガソスタもゾンビだらけじゃん!どうすんだ!もうだめだよ!」


 「落ち着け。まだ助かる可能性はある、希望を捨てちゃいけない」

 「シンイチ!ちゃんと周りを見ろ!ゾンビがいっぱいいるぞ!」

 「落ち着け。まだどうにでもなる、大丈夫だ」

 「シンイチ!前だ!後ろも見るんだ!終わったら左右!ゾンビがどんどん近づいてくるぞ!」

 「落ち着け。ガソリンの補給が済んだらすぐ脱出だ」

 「シンイチ!前後左右前後左右!上上下下右左!」

 「落ち着け。この程度ならこれまでだって乗り越えてこれただろ」

 「シンイチ!もうやるしかないってことか!」

 「落ち着け。そういうことだ、あいつらを蹴散らすぞ!」




 シンイチと友人の男がショットガンを手に取り、スーパーアイアンハルクから飛び出した。


 するとあっという間に想像を絶する量のゾンビが四方八方からどっと押し寄せてくる。しかしシンイチたちの顔に恐怖の色は微塵たりとも見られない。




 「優ちゃんごめん!すぐ戻るから車の中で待っててくれ!」

 「えー!」

 「ごめんね!」

 「……はーい」


 「うわはははっ!!シンイチぃい!こいつらくそ雑魚だぜえ!」


 友人の男はスーパーアイアンハルクのルーフの上へと飛び乗るとゾンビの群れに散弾をひたすら撃ち込んでいく。




 肉をえぐる音とともに次々とゾンビたちの体が吹き飛び、車体を取り囲むようにすり鉢状の血だまりが広がっていった。

 いつの間にかぴたりと友人の男と背中合わせで立っていたシンイチも負けてない。ショットガンを振り回し次々にゾンビを吹き飛ばしていく。


 「さあ一気に蹴散らすぞ!」


 背中合わせに回転しながらゾンビを粉砕するその姿はさながら移動要塞!


 それからものの数分でゾンビ集団のことごとくは肉片となって土に還り、ガソリンスタンドに束の間の静寂が訪れたのであった。




 「シンイチ!俺の射撃は完璧だったろ!」

 「落ち着け。まあお前のおかげで助かったよ」




 「いやーそれにしてもガソスタでも飲むジュースのぬるさは格別だな!」


 大破したボンネットにもたれながら満足げに喉を鳴らす友人の男を横目にシンイチは車へと戻る。


 「優ちゃん、これ飲む?」

 「……車から出させてもらえなかったー」

 「ごめんね。君を巻き込みたくなかったんだ」

 「冗談だってば、ありがと!」


 ぶすっとして不満げにほっぺたを膨らませていた優ちゃんに缶を手渡すと、シンイチも隣でゆっくりと缶の中身を飲み始める。


 自販機に電気はもはや通っておらず缶ジュースの中身は遥か昔に常温だ。しかし体にいいか悪いかなど考える余地もなく、簡単に口に出来る飲み物と言えばもはやこれ以外になかった。




 「ねえ、やっぱりわたし海に行きたい」

 「わかってるよ」

 「本当?」

 「うん、絶対連れて行くから大丈夫」


 君はいつからゾンビなんだ?

 なぜゾンビなのに話せるんだ?

 どうして海に行きたいんだ?


 そんな疑問は飲み込んで、シンイチと優ちゃんは何気ない会話をしながら二人の時間を楽しんでいた。


 車を襲ったゾンビたちは撃退したものの、いつまた新手が来るかはわからない。


 わずかな休息の間に今後の方針を決めておかなければ……まあガソリンを補給した以上はこの街から脱出して海へ行くだけなんだけど。




 「シンイチ!そろそろ進もうぜ!」

 「落ち着け。わかってるよ」


 ガソリンスタンドを出ると彼らは過酷な旅路へと戻る。

 ひとまずの危機を乗り越えたものの、世界にはもう人間にとって安全な場所など残っていないのかもしれない。


 道中で通るモールやビルも外からでもわかるほど荒れ果ており、割れたガラスの向こうにゾンビがうろついている様子がはっきりと見えた。




 「もう終わりだ!この星はもう終わりだよ!」


 助手席で友人の男が絶望するのも無理はない。


 歩道も車道も所狭しとゾンビたちがひしめき合っており、どこへ進もうとも死の運命から逃れることは出来そうにない。


 しかしそんな中において絶対に諦めない男のシンイチは毅然とした態度でハンドルを握るのであった!


 衝撃の実話を基に予期せぬ恐怖に襲われるサバイバル・ヒューマンドラマが今始まる!

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