第7話 口づけはイチゴ味


 「優ちゃん……いやだ。そんな、どうすればいいんだ……」


 「シンイチ!優ちゃんを助けてやってくれ!」

 「わかってるさ!落ち着けよ、今助ける。でも一体どうすれば……!」




 優柔不断ゾンビというものは不思議なゾンビだ。


 生きているのか死んでいるのかすらはっきりしない。

 元来の不治の死者たるゾンビたちは多くの器官が機能を停止しており、その冷たい肉体は朽ち果てるに任せるままなのだが……この優柔不断ゾンビは違うのだ。


 彼女はゾンビであるのにもかかわらず心臓は動いており、そして温かな血も流れていた。


 その体をどうすれば維持できるか優ちゃんにさえわからないものの、このまま何もしなければ失われてしまうことは誰の目にも明らかだった。




 「そうだ!俺の血を飲んでくれ!」


 シンイチはナイフを取り出すと自分の手のひらを切り裂き、流れ出た血を両手にためて優ちゃんに差し出す。




 「ん……」


 しかし彼女の反応は鈍い。

 すでに優ちゃんに残されている生気はごくわずかだったのだ。


 「……優ちゃんごめん!」


 シンイチはみずからの血を口に含むとそのまま優ちゃんの唇に自分の唇を重ねる。

そして優ちゃんの口に舌を滑り込ませると、喉の奥へと血液を流し込み始めたのだった。




 「っ……」


 互いの口の中で血と唾液とが混じり合い、カクテルのように優ちゃんの体へと流れていく。するとどうだろう、優ちゃんの目がぱっちりと開いたではないか。




 「優ちゃん!」




 「……あれ、わたし何してたんだっけ?」

 「優ちゃん!大丈夫か!?」

 「何だかわからないけど大丈夫だよ。わたし、ゾンビなのにすっごく元気になっちゃった!!」


 彼女の言葉通り、かすかにイチゴの香りがする蒸気と共に傷跡がみるみると修復されていく。


 そして優ちゃんはシンイチの首に抱きつきながら再び立ち上がる。


 絶望が生んだ恋と苦難が育んだ愛、その驚きの結末を刮目して見よ!




 「よかった……本当に……」


 「二人とも泣いてるの?」

 「だって、優ちゃんが死んじゃうかと思って」


 「えー!んへへ、わたしゾンビだし死なないよー」




 しかし何か状況が改善したわけでもないのだ。今この瞬間にもシンイチの血の匂いに惹かれたゾンビたちが集まってくるに違いない。


 だがそれでもシンイチは優ちゃんを抱きしめるその手を離すことが出来なかった。




 「おい、シンイチもう帰ろうぜ!」


 「落ち着け。わかってるよ、行こう」

 「ねえ、先にシンイチの手に包帯しよーよ!」

 「冴えてるな優ちゃん!ここが病院で助かったなあシンイチい!」

 「動物病院だけどな……」




 屋上から病院へ続く扉は破壊され、入り口は開けっ放しになっている。院内にはまだまだ沢山のナースゾンビたちが残っているはずだ。


 シンイチたちは慎重かつ大胆に階段を降りていく。そしてナースゾンビたちに見つからないように物陰から物陰へ……。




 「ん?」


 しかし動物病院はすでに地獄と化していた!


 改造すべきわんこたちを失ったクリニック内ではナースゾンビが互いを捕らえ合い、その活動が停止するまで改造をくり返していたのだ。


 ナースゾンビがナースゾンビの脳をいじくり回し、ナースゾンビがナースゾンビの腹を開き、ナースゾンビがナースゾンビの目をえぐり……。それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図!




 「うげえ」

 「もー!シンイチは見ちゃだめ!」


 優ちゃんでさえ両手でシンイチの目を塞ぎながら、その惨状に思わず言葉を失っていた。しかしそんな状況でも不思議なことに、シンイチたちにはまったく関心を示さず、ナースゾンビは互いを見境なしに改造しあっている。


 まるで「それどころじゃない」とでもいうかのようだ。




 「シンイチ!今のうちに逃げようぜ!」

 「落ち着け。静かに行こう……」




 ナースゾンビがこちらに気づいていないのは幸運だった。

 しかし同時にそれはこの病院で通常のゾンビ騒動とは異なる何かが起きていることも意味しているだろう。


 「おっ!システムルームって書いてあるぞ!きっとシャッターの制御スイッチはここだぜえ!!」

 「静かにしろってつってるだろ!」




 システムルームに足を踏み入れるなりシンイチたちは外の地獄とはまったくかけ離れた光景に思わず足を止めた。


 蛍光灯のてろてろしたに光に照らされた整然と並び立つレバーやボタンのついた機械類。そして所狭しと並べられたコンピューター。それは言い逃れなど出来ないほどシステムルームだった。


 ここならばシャッター制御装置もあるに違いない!


 衝撃の実話を基に予期せぬ恐怖に襲われるサバイバル・ヒューマンドラマが今始まる!




 「あっちっっ?!あちちっ!!」


 「どうした!?」

 「シンイチ!なんかそこのレバーをひねったら熱湯が出てきた!」


 「落ち着け。正体がわかるまで触ったりするなよ」




 湯煙のせいでよく見えなかったものの、機械のレバーにはラベルがついており『給湯:70℃』と書かれているように見えた。


 注意深く辺りを見回すとレバーにはきちんとラベルが貼られており『全犬舎洗浄』だの『カラーひよこ:CMYK』だの『わたあめ』だの『バッハインベンション:1~15番』だのと書かれている。

 どうやらここの機械類に動物病院が持つすべての機能が集約されているようだ。




 「おい、特にそこの『ゾンビコントローラー解除』だとか『自爆』だとか書いてあるボタンには絶対触るんじゃないぞ!」

 「わかってるよシンイチ!当たり前だろ!」


 『緊急事態発生!緊急事態発生!これより当院は自爆します!』


 「「うわあああ!!」」




 事態はシンイチたちが思っていた以上に悪化しているようだ。


 ゾウアザラシの断末魔のようなサイレンが響き渡り、赤と白に激しくLEDがフラッシュする中で機械音声が医療システムの崩壊の刻を告げる!

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