第7話 大団円

 そんな先端恐怖症の娘が、殺された。

 そこにちょうど佇んでいたのは、かずみと、清川だった。

 清川は、この店に来て、かすみのことを気にしていたようだった。そのことは、かすみはもちろん、娘も知っていたのだ。

 娘も、そんな状況を見て、

「二人を応援しよう」

 と言っていたようだ、

 そんな娘が殺されて、そこに二人で佇んでいる男女。その状況を発見したのは、娘の父親でもあマスターだった。

 とりあえず警察に通報した。

 娘の方は、見る限り、明らかに死んでいるのが分かっていた。娘を揺さぶっても、まったく返事がないし、完全に硬く、そして冷たくなっていたのだ。

「お前たちどうしてここに?」

 その場所は、店の厨房に入ったところで、娘は胸を刺されて絶命していたのだった。

 警察がやってきて、状況を見る限りでは、

「何か言い争いでもしていたのか、誰かが殺意を抱いて、ナイフを取りに行ったのかな?」

 ということを考えたが、その動機とすれば、やはり考えられるのは、

「三角関係ではないか?」

 ということであった。

 ただ、この三人の三角関係というのは、ちょっと考えにくいところもあった。

 被害者である娘は、別に、清川のことを、好きだったということもないようだ。

 彼女が誰にも、

「清川のことを好きだ」

 といっているわけでもないし、清川の方も、

「この店の客の一人であることには違いないが、誰か女の子を目的で来ているわけでもない」

 ということだった。

 ただ、

「かすみちゃんって。いつも明るくて、気持ちがいいよ」

 と声を掛けると、かすみが、必要以上な喜び方をしただけに、

「清川が好きだったのかどうかまでは分からないが、彼女のことを気に入っていたのは、間違いないだろうな」

 といっていた。

「俺は、天真爛漫な子が好きなんだ。明るくない女の子と一緒にいるというのは、俺にとっては地獄でしかないからな」

 といって、その目が、娘の方を向いていたのを、誰か気づいた人がいただろうか?

 嫌いというわけではないが、何か引っかかるところがあるようだった。

「虫が好かないというのは、こういうことなのかも知れないな」

 と、言っていた。

 かずみにとって、どうやら、普段から友達がいないことで、

「やっとできた友達だ」

 ということを、まわりにも言っていたようだ。

 それが、どうもしつこい感じがしたので、娘の方も少し気にはなっていたが、元々が天真爛漫で、どこか、天然っぽいところがあるかすみとでは、

「これが普通なんだ」

 と思うと、娘の方も、

「それほど嫌だ」

 という感じでもなく、お互いに、次第に仲良さをひけらかすようになっていた。

 最近は、娘の方が大っぴらに、かずみを褒めるようになり、

「この間までの彼女とは大違いだ」

 と思っているところに、

「逆に、最近では、かすみの天真爛漫さというものが、あまり目立たなくなってきたな」

 とばかりに、本来であれば、

「ホッとしてしかるべき」

 ともいうべき娘は、

「大丈夫かしら? かすみさん:

 と真剣に心配しているようだった。

 普段から天真爛漫なので、落ち込んだ時が分からない、だから、

「今の私が分かる範囲の天真爛漫さが、彼女の性格だといってもいいだろう」

 ということであった。

 殺された人間を目の前にして、二人の男女が佇んでいた。

 手に包丁を握っていたのは、男の方であり、その包丁には、握っていた本人はもちろん、隣にいたかすみの指紋もついていた。

 さらにおかしなことに、柄の部分に被害者の指紋もついていたのだ。

 この状況を考えれば、

「最初にナイフを握ったのは、殺された娘ではなかったのか?

 娘であれば、厨房のどこにナイフがあるのか知っていても不思議ではない。そこでマスターに、

「アルバイトの新宮かすみさんが、厨房に入るということはありますか?」

 と訊ねてみると、

「いいえ、それはないと思います」

 と答えた。

「じゃあ、ナイフがある場所を知っている可能性は?」

 と聞かれ、

「いいえ、それもないと思います。何しろ、厨房に入るには、それなりの衛生面でキチンとしておかないと入れないようになっていますからね」

 というではないか。

「じゃあ、店が終わった後に、入るというようなことは?」

 と聞くと、

「それもないと思います。彼女はあくまでもアルバイト、時間から時間で、しかも、彼女の場合はいつもすぐに店を出て帰っていたので、ここに入るということはありえません」

 というくらいに言い切っていたのだ。

 その前に、そもそも、凶器に使われたナイフが、この店のものであることは、確認済みであった。そのうえで、あのナイフが凶器に、しかも、愛娘を殺す凶器になったのだから、父親としてのマスターも、精神的には大きかったであろう。

 しかし、あの状態にはさすがに、刑事だけでなく、マスターも驚いていた。しばらく、立ちすくんでいる二人の男女を見ていて、変な気分になったことであろう。

 刑事は、マスターにいろいろ聞いてみたが、まず、かすみのことであった。

「新宮さんは、いつも明るくて、天真爛漫なところがありました。時々、天然なんじゃないか? と思うほどに、明るさの絶えない子で、私どもも、いい子が来てくれたということで喜んでいたんです。娘と二人、看板娘が二人できたようで、喜んでいました。娘は特に喜んでいたように思います」

 それはどうしてですか?

「娘はいろいろコンプレックスを持っていたことで、引きこもり気味だったんです。新宮さんは、持ち前のあの明るい性格が、娘に勇気を与えてくれたようで、娘も次第に明るくなってきたので、そういう意味でも新宮さんには、感謝をしていたんですよ。よく二人で、ショッピングに行くといって出かけていました。表で食事をすることも増えてきて、私は安心していました」

 と、マスターは、あの状況を見ても、かすみに対して、今のところ、恨み言一つ言わなかった。

 マスターからは、そのような話を聞いた中で、今度は、二人の取り調べとなった。

 二人は、それぞれに、

「自分たちはやっていない」

 と言い張った。

 さすがに、殺された人間のそばに佇んでいたのだから、状況は二人にとって、圧倒的に不利だった。

 しかも、清川の方は、凶器を握って立ち尽くしていたので、一番の、最重要容疑者であった。

 しかし、だとすれば、後の二人の指紋がついているのは不思議だった。

 そして、調べが続いていくうちに、

「被害者の娘さんは、先端恐怖症だ」

 ということが分かった。

 父親のマスターがまったく知らないということだったので、ごく最近のことであり、

「何か精神的に、先端恐怖症になる」

 というような、何かが彼女の中にあったのかも知れない。

 それを考えると、

「少なくとも、殺された娘がナイフを持ち出すということはない」

 と言えるだろう。

「では、あのナイフはどうしたのだろう?」

 何かそこに事件の謎の一旦が隠されているのではないか?

 と考えるのであった。

 娘が先端恐怖症になった理由。それを実は誰も知らなかった。彼女の友達や親友、さらには、親も知らなかったのだ。

 しかし、彼女の身辺をいろいろ捜査してみると、大学時代に入っていたサークルの先輩が、死んでいたのだ。

 その先輩というのと、彼女は、

「そんなに親密だった」

 という関係でもないということだった。

 それは、大学時代の人の話でもあったし、実際にその男性が殺されたという可能性もあったの、一応捜査が行われた。

 しかし、その人が死んだことで、誰かが得をするということはないということであったり、その男子学生の友好関係に、怪しいところもなかったことで、遺書もあったことから、

「自殺」

 として片付けられた。

 自殺の方法としては、

「リストカット」

 だったのだ。

 風呂場に湯をためて、そこで手首を切った。かなりの思い切ったことをしたようで、もっとも、彼には精神疾患があったようで、まわりから、

「いつ、自殺をするか分からない」

 と言われるほどだったという。

 ただ、今回捜査をする中で、彼の友人を再度訊ねると、

「どうして、また、数年も経って、彼は自殺だと決まったことをいまさら聞いてくるんですか」

 と相手は当然聞くだろう。

「自殺だ」

 という結論で、葬儀も行われ、まわる皆が納得したのだから、彼の言い分も当然のことだった。

 しかも、その時とはまったく違った所轄の刑事ではないか。

「いやいや、今回は、別の事件の捜査なんですけどね」

 といって、娘の死を話すのだった。

 すると、それを聞いた当時の同級生は、少し考え込んでいたようだが、

「あの時は、根拠も何もなかったので、言わなかったんですが、自殺したとされる彼には、影で付き合っている女性がいるというようなウワサはあったんです。その一番手が、彼女だったんですが、あくまでもウワサだったので、あの時は、彼に死なれて得をするわけでもないでもないと思ったので、根拠もないことをいうと、自分が誹謗中傷したとかいって、彼女に嫌われないとも限らないですから」

 というのだった。

「我々には守秘義務というものがあって、捜査上の秘密だったり、個人のプライバシーに関することは、口外しないようになっているんですが?」

 と刑事がいうと、

「建前上ね? だけど刑事がいろいろ嗅ぎまわっていて、その中で、彼女がもし、まったく関係ないのに、自分のまわりを警察が嗅ぎまわっていると思えば、俺たちにその疑いが掛かるじゃないですか? 警察はそんなことまで考えてくれないでしょう?」

 と男は、怒りをぶちまけていた。

「彼女は、僕たち以上に警察が嫌いだったんですよ。その理由までは聴いたことないですけどね。大学に入学した頃に、警察の話になった時、人が変わったように、警察の悪口を言ってました。それを聞いた時、ドキッとしたくらいですよ」

 というのだった。

 同じ話を他の人に聞いた時、

「ああ、彼女は、子供の頃、警察に何かを疑われ、家族は信じてくれたのに、警察は信じてくれなかったといっていました。中学時代、万引きを疑われたらしいんですが、やっていないということを正直に話しても警察は信じてくれないだけじゃなく、家にも学校にもばらしたということで、何か処分を受けたらしいんです。それから、彼女は、大の刑さts嫌いになって、その時から、殻にこもってしまったんですよ」

 ということであった。

「なるほど」

 と刑事は考えていたが、

「どうやら、彼女は、心許せる人には何でも話すが、それ以外には、徹底的な秘密主義だったようだ」

 と刑事は感じた。

 誰も彼女のことを知っている人は確かにいなかった。

 彼との関係について、親友であるその人は、

「あの時は、俺もさすがに警察に彼女が、自殺した先輩と付き合っていたということを、言えなかったですよ。俺のことを信頼してくれている彼女を裏切ることになるんですからね」

 という。

 それを聞いた刑事は、

「彼が死んで、彼女の徳になることはあったんですか?」

 と聞かれて、

「いえ、それはなかったと思います。ただ、彼女は僕にすら、何かを隠していたようなんです。彼女は秘密主義なのえ、普通の人だったら、秘密にされているということに気付かないようなテクニックを持っているんでしょうが、僕には通じません。何かを隠そうとしているのであれば、それはすぐに分かってしまうんですよ」

 というのだ。

「彼女は何を隠していたんですかね?」

「さあ、僕にも分かりません。さすがに、この僕にさえ隠しているくらいなので、僕も聖人君子というわけではない。それならそれで、こcっちも知らないと思ったのも事実ですからね」

 というのだった。

 刑事が今の彼女の立場について話すと、

「ああ、なるほど、最近彼女がまた連絡を取ってきたんですよ。自分の店に、天真爛漫な女の子が入ってきて、彼女と仲良くしているってね。でも、何か自分のことを探られているような気がするのが気持ち悪いといってました。そして、その彼女には彼氏がいるようで、その彼氏が、どうも、自分のことを知っている人のようだというんですよ」

 というので、今回の事件の二人の話をすると、

「ああ、清川君ですね?」

 と親友が言った。

「清川君を知っているんですか?」

 と聞かれたので、

「ええ、清川君というのは、自分たちの中でも一番頭のいいやつだったんですよ。ただ

精神疾患を持っていて、その分、自殺した先輩とよく一緒にいたということなんですね。もちろん、清川も疑われて取り調べられたようだけど、決定的な何かがあったわけではない。清川君には、別に彼女がいるという話だったんですが、その子は天真爛漫だったということを聞いていたので、それが、その新宮さんだったということであれば、理屈が分かる気がする」

 というのであった、

「でも、おかしなこともあったんです。ちょうど、その時、一人の男性が行方不明になって、捜索願を出していたんですが、その人が、清川君と友達だったんです。そして清川君に、その人と、一人の女の子を巡って、三角関係になっているというウワサが流れたんですが、それが、新宮という女性であれば、何となく分かる気がする。

 先輩は、失恋からの自殺だったんだということで、急転直下の自殺ということでケリがついたんでしょうね。

 いろいろと捜査をしていくうちに分かってきたこともあった。

 その三角関係で行方不明になった人は、どうやら、事故死に見せかけて、殺されたのだという。

 その事故死というのは、アナフィラキシーショックによるもので、事故死として、他のところで判明し、大学には密かに知らされ、

「行方不明者の事故死」

 ということで肩がついたようだ。

 しかし、これが、殺人であったということが少しでも分かれば、先輩の自殺が、もう少し違った目で見られていたのではないかということえあった。

 実際にそのことは、大学内では、一部の人間しか知らない。

 三角関係ということも、彼が知っているだけで、

「その人が事故死をした」

 ということも知らなかったのだ。

 話が、いつもどこかで途切れているから、話が続かない。

 それが、今回の事件の特徴でもあった。

「つまり、今回の事件はどう考えればいいのか?」

 ということであるが、

「少なくとも、今回の事件を取り巻く環境で、かつて二人の人間が死んでいたことが分かった。ここで娘が死ぬことで初めて分かったことであるが、その二つは彼女の大学時代が関係していた。しかも、その二人は、一人は自殺で、一人は事故死、それぞれが単独であるので、当然、捜査すらほとんどされなかったのだ」

 ということであった。

 事故の方はなおさら、疑いようがない。

 しかし、事故死した人が、一度昔、ハチに刺されたことがあると分かっていれば、あとは、

「もう一度刺されるだけだ」

 ということである。

 そういう意味で、この事件は、

「一度目が前哨戦のようなもので。二度目が、本当のショックを引き起こす」

 というのが、もし今回の事件でもいえるのだとすれば、

 今回の当事者の3人。つまり、

「新宮かすみ」

「清川三郎」

 そして、

「被害者の娘」

 それぞれに、前哨戦に関わっている。

 といえるであろう。

 そして、それぞれに、決定的なところで、線が切れていて、一筋縄の捜査では、真相に行き着かないようになっている。

 ということではないかと思えるのだ。

 ただ、一つ言えるのは、今回の事件、

「本当は誰が死ぬべきだったのか?」

 ということが、アナフィラキシーショックの中で、

「死因は、ハチの毒ではなく、自分の中にできた抗体だ」

 ということを示しているのかも知れない。

「俺が今回死ぬという時、その問題となるのは、彼女が持っている先端恐怖症というものだった。彼女がそうなったのは、先輩が自殺をした時、その場にいたのが彼女だった」

 ということではないだろうか?

 ただ、彼女は以前から、注射には人よりもさらに恐怖心を持っていたので、先端恐怖症は以前からあったと思われていたことだろう。

 それを思うと、

「今回、やはり三人の中で、本当は誰が殺されるはずだったのか?」

 ということが問題になるのではないだろうか?

 いろいろ調べてみると、どうやら、その時、

「清川は狂ったように暴れ出すことがある」

 という証言が取れたが、その時もそんな発作があったというのは、間違いない。だから、彼は、

「全然、その時のことは憶えていない」

 といって。刑事から、執拗に取り調べを受けていたのだが、それは間違いではないようだった。

「モスキート音」

 というのを、彼が、ボソッと呟いた。

「何か急にその音を聞くと、まわりが自分を襲ってくるような幻覚や幻聴に陥るんですよ」

 というのだ。

「モスキート音というのは、高齢になると聞こえなくなるというもので、君はまだ若いじゃないか」

 と言われ、

「そうじゃないんです。若いからこそ、狂暴になるというのもあるらしく、自分はそれらしいんです」

 というのだった。

 実際に主治医に聞くとその通りであり、どうやら、

「犯人として扱われるのは、この男で間違いない」

 ということであった。

 では、本当に殺されるべきは誰だったのか?

 それは、ハッキリとは分からない。

 刺した本人は分かっていないのだし、天真爛漫だと思っていた彼女は、すっかり憔悴してしまい、彼女は自殺を図った。その内容は、

「スズランの毒を使ってのもので、死因は、コンパラトキシンが全身に回ったことだ」

 という。

「ここでも、最後はアレルギーか?」

 と、事件はこれにて、終焉を迎えたのだ。

 あまりにも分からないことが多いままの事件であり、

「これほど後味の悪い事件はない」

 ということであったのだ。


                 (  完  )

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後味の悪い事件(別事件) 森本 晃次 @kakku

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