第6話 天真爛漫
だが、それでも、実際に経営している人はいるようだった。
その場所は、昭和の終わり頃、住宅街としてできたあたりにあるお店で、バブルの頃にできた住宅街ということで、そこに住んでいる人は、どこかの会社の社長とかいう人が多かった。
バブル崩壊という事態が起こった時、破産したり、吸収合併されたりした会社も多く、ここから退居していった人の多かったようだが、それでも、何とか営業もできているようで、何とか、住宅街としての面目は保っていた。
その街はずれにあるのが、この喫茶店で、意外と、このあたりのマダムからは、人気があり、特に午後になると、マダムというか、セレブの奥様達が、やってくるのが、日課のようになっているという。
ここで、昔からサブカルチャーのようなことをやっていて、それが今でも続いているという。
マスターも、昔から営業していて、今では、マスターの娘が、
「看板娘」
として、お店の人気者になっていた。
彼女は、男性客からはもちろん、女性客、特に、
「セレブな奥さんたち」
から人気があるようだった。
その理由としては、何といっても、その明るさであった。
たまに、トンチンカンなことを言って笑わせるところがあり、それが、ウケているようだった。
男性客というと、朝のモーニングを食べていく人が多かった。その人たちは、ここの喫茶店の位置しているところが、昔からの商店街の並びの奥にあることから、商店街の店主をしている人が多いのだという。
ほとんどの人が、親から受け継いだ店だというが、バブル崩壊であったり、それよりも、「郊外型商業施設」
といわれる、
「大型スーパー」
の出店が多くなってきた時の方が、打撃だった。
しかし、何とか持ちこたえたのは、
「近くの家庭が、セレブが多かった」
ということである。
セレブが、商店街を支えてくれたということになるのだろうが、そんな商店街があったおかげで、この喫茶店も、持っているのだ。
そもそも、商店街の店長の一致した意見として、
「この店は、できるだけ、昔の喫茶店のままであってほしい」
という要望から、今もこの佇まいだったのだ。
マスターは、昔のレコードのコレクターであり、今また、昔のレコードが少しずつ人気を博してきたこともあって、それぞれの店の店主たちも、密かに、昔のレコードの収集をしていたりしたのだ。
この店では、プレイヤーも充実していることから、クラシックなどが、主流だった。もちろん、CDによる再生も可能で、ロックなどは、CDで普通に聞けるようになっているし、有線も繋いでいるので、そちらを流す時間帯もあったりした。
そう、このお店は、時間帯によって、明らかに客層が違っている。昔であれば、それが当足り前で、今も実はそうなのだが、今それを感じさせないのは、どんな客層であっても、店でしていることに、そんなに変わりがないように見えるからであろう。
昔であれば、朝は通勤前のサラリーマン、特に、サラリーマンといえば、ほとんどが男性だったこともあって、スーツ姿のサラリーマンがほとんどだった。
今であれば、客がいても、女性が多かったり、男性でも、スーツ姿は珍しくなり、夏などは、
「クールビズ」
などと言って、ラフな服装が多くなってきたのも、その特徴なのかも知れない。
さらに、ランチタイムというと、結構客が多かったのが、喫茶店であったが、今は、ランチタイムと言っても、軽い食事が多いことで、あまり、食事をしにくる人もいない。
だからと言って、
「アフターコーヒーを飲みに」
という客もおらず、
「ランチタイムだから、稼ぎ時」
というには、比較的客が少ないように見受けられる。
それよりも、今の時代は、スマホをいじっていたりする客が多いので、店内に、電源であったり、wihiという機能が充実しているところが多いのだった。
さらに、
「ノマドワーカー」
と呼ばれる、人たちが増えてきた。
「ノマド」
というのは、
「遊牧民」
ということのようで、いわゆる、
「会社に出社することもなく、つまり事務所に所属しているわけではない、一種の個人事業主」
という形の働き方が、最近増えてきている。
そういう人が、喫茶店のようなところで、パソコンを広げて、仕事をしているという人が多くなってきたのだった。
特に、数年前からの、
「世界的なパンデミック」
というものが流行ったせいで、
「会社に出社せずに、家からリモートで、仕事をしたり、会議を行ったり」
ということが増えてきている。
そもそも、それ以前から、都心部に、わざわざ事務所を構えて、家賃を取られるようなことを失くそうとしている会社も増えてきた。
当然、家賃は、都心部に行けば行くほど高くなってくる。
「確かに都心部であれば、通勤には便利でいいのだろうが、あの満員電車に乗って通勤しなければいけないという、昭和時代までのようなのが、本当に必要か?」
ということである。
大都会になればなるほど、家を持ったりすると、
「通勤に、2時間以上かかるのは、普通だ」
ということになるだろう、
一日の会社の拘束時間が8時間として、片道通勤に2時間。つまりは、往復4時間という、会社の拘束時間の半分くらいが、拘束時間にプラスになって、半日が、会社関係ということになる、
これは、
「残業をしない」
ということを前提にである。
すると、睡眠時間を、もし、8時間とすれば、残りの4時間だけが、プライベイトな時間ということになる。
家庭もちであれば、その4時間もほとんど、家族のためということになると、自分の時間はまったくなくなってしまう。
そうなってくると、
「ストレス解消ができる時間などなく、本当の、働きバチになってしまう」
ということにしかならないだろう。
これは、本当に地獄である。
今でこそ、
「コンプライアンス重視」
という言葉が叫ばれ、会社でも、
「ハラスメント違反」
というものを重要視するようになったが、まだまだ、今でも、
「ブラック企業」
ということで、ハラスメントなどは、まったく無視したかのようなところも散見されるであろう。
しかし、以前はそんなことはまったくなく、バブルの時代のような、
「働け働け」
というような時期があったかと思えば、バブルがはじけたことで、人件費の問題が大きくクローズアップされ、そのため、
「派遣社員」
あるいは、
「嘱託社員」
などというものが増えてきて、いわゆる、
「非正規雇用者」
というものが増えてきた。
時間から時間で、彼らに仕事をさせておいて、社員をその分減らすというのだが、社員に対しても、
「残業をするな」
と言っていても、安い給料で働く派遣社員に、正社員と同じ仕事を望むのは酷なことであり、結局、残った仕事は正社員がしなければならなくなる。
自分の仕事だってあるのに、それをさらに残った仕事もこなさなければならないとなると、正社員もストレスが溜まるというものだ。
そんな時代が今や当たり前となってしまった以上、今度は、
「サービス残業」
という形で、いくら残業をしても、
「手当が出るわけでもない」
つまりは、
「世の中というものは、どれだけ理不尽なものか?」
ということを思い知るに至るのだった。
そんな状況をまずいということでの、
「コンプライアンス」
の問題なのかどうかは分からないが、少なくとも、
「社会的問題」
ということになっているのは事実のようで、
「それだけ、会社から受けたハラスメントによって、病んでいる人が多く鳴った」
ということなのであろう。
実際に、
「会社で、パワハラを受けて、今社会復帰を目指している」
という人がかなりいる。
彼らは、失業者であるが、
「それは、仕事に不適合だから、会社を辞めた」
というわけではなく、
「会社から受けた、ハラスメントによって、精神を病んでしまったことで、働けなくなってしまった」
という人が多いのだろう。
そういう意味で、ノマドワーカーという人が増えてきたのも分かる気がする。
「会社に属さず、自分の実力だけでやっていく」
というのは結構大変なことであろう。
それはもちろんのことであり、
「仕事というものが、どれほど大変か?」
ということを分かっていないと、なかなかノマドワーカーは務まらない。
そう、
「誰にでもできる」
というものではないのだ。
ただ、今は、
「事務所に出社することもなく、自宅で仕事ができる」
ということで、それだけ、通勤時間が自分の時間に使えるというだけで、ありがたいことであった。
そういう意味で、
「世界的なパンデミック」
というのは、
「百害あって一利なし」
であるが、その中でかすかにあったこととしては、
「リモートワークが進んだ」
ということであろう。
しかし、何かの変革が起これば、
「いい面もあれば、悪い面もある」
ということが叫ばれるというのも当たり前のことである。
悪い面というのは、
「通勤する人が少なくなった」
ということは、会社の近くで飲み屋であったり、カフェなどを営んでいるところは、絶対的な客が減るわけだから、
「大きな痛手」
と言ってもいいだろう。
特に、飲み屋などの、
「夜の飲食店」
というところでは、
「休業要請」
であったり、
「時短要請」
などということが、平気であった。
しかも、
「休業要請中」
というのは、
「酒類の提供はしてはいけない」
というものであった。
しかも、時短中は、
「午後九時まで」
などということを時短要請されてしまうと、
「開店時間が午後七時なのに、これでは、営業時間は2時間ということになる」
というものである。
「客の回転はありえない」
ということになり、客の方も、
「午後九時までというのであれば、何も会社の帰りに呑んで帰ることもない」
ということで、
「家呑み」
というのが、主流になってくるというものだ。
それが、当たり前のこととなり、残業などありえないのだった。
ただでさえ、
「仕事に必要な最低限の人しか出社しない」
というわけなので、
「9時まで店を開けるくらいなら、休業して、支援金を貰った方がいい」
ということになるのも、当然と言えただろう。
そんな店が多い中で、やはり、常連客を持っている店は強かった。しかも、
「夜の店」
という形のところは、どうしても、
「酒類販売」
というものを制限していた時期があったことで、どうしても、その期間、
「ないなら、しょうがない」
ということで、
「ちょっとの時間でも、寄ろう」
という人であれば、
「時短解除」
となれば、店で呑もうと思うのだろうが、
「家呑み」
あるいは、
「ネット飲み会」
なるもので満足できるようになると、わざわざ会社の帰りに寄ろうということもないだろう。
それまではそこまで意識していなかった、
「帰宅時間」
というものが、遅くなればなるほど、自分も億劫だし、家族としても、
「予定が立たない」
ということで、不満があったことだろう。
しかも、何と言っても金がかかる。
毎日、数千円かかっていたものが、家呑みであれば、つまみ代と合わせても、数百円で楽しめるとなれば、
「外で呑むのは、たまにでいい」
ということになる。
さすがに、びったりと辞めてしまうことはなくなるだろうが、回数をグンと減らすことで、それだけ、店の客は、激減してしまうということだ。
「そろそろ潮時」
ということで、店を閉める人も増えてきて、
「飲み屋街も、閑古鳥が鳴くようになった」
と言ってもいいだろう。
ただ、そんな中で、昼間の営業は、却って盛況だった。
昼間に時短もなければ、アルコールの提供もないので、まったくと言っていいほど、営業体制に問題はなかった。
しかも、商店街の打ち合わせも、数人であれば、この店を使ってやるということも可能だった。
ランチタイムさえ外せば、ゆったりと会議ができる。店もありがたいし、商店街も助かるというものだった。
さらに、商店街の会合に使ってもらえるということで、他のサークル的なものの会合にも使ってもらえるようになり、一種の、
「アフタヌーンミーティング」
というような形も多くなってきたのだった。
中には、ここで、
「合コン」
のようなものをする人も出てきて、時々、貸し切りで、行うようになり、流行出したのだ。
「今は、こういうことができるお店は減ってきましたのでね」
ということで、マスターとしても、
「これまで、経営方針を変えずにやってきてよかった。
という感じになってきたのであった。
確かに、今主流のカフェでは、数人であれば、会合はできるだろうが、
「イベント」
ということになると、まずは、できないだろう。
何と言っても、
「客の回転数」
というものが、そのまま収益に関係してくるのだ。
十名前後くらいの客で数時間貸し切りにするなど、カフェからすれば、
「ありえないことだ」
ということになるだろう。
こんな喫茶店に、最近アルバイトで入った女の子が、実に転身欄間な女の子だった。Mスターの娘も同じように天真爛漫だったので、
「まるで双子みたいだな」
と言われていたが、実際にそんなに似ているというわけではなかった。
名前は、
「新宮かすみ」
という女の子だったが、彼女には、一つ問題があり、
「アレルギー体質だ」
ということであった。
ナッツのようなものにアレルギーがあるようで、
「大丈夫ですか?」
と、面接の時に聞くと、
「大丈夫です。摂取しなければいいだけですから」
ということであったので、マスターも彼女を雇うことにした。
当然、自分がアレルギー体質だということを認識しているということもあって、そのあたりの常識は、ちゃんと分かっていて、その分、人にも教えられることから、
「アレルギー関係のことなら、かすみちゃんに聞けばいい」
という話もあったくらいだ。
もっとも、マスターも、喫茶店を営む上での基礎知識としてある程度は分かっていたが、さすがに、リアルに危険と背中合わせの相手ほど、真剣に付き合っているわけではない。
そうなると、やはり、詳しい話になると、かすみに聞くのが一番だったのだ。
喫茶店では、店内では、それほど汚いところはないが、いくら綺麗にしているとはいえ、厨房は、どうしてもアレルギーがまったくないという場所ではない。
「アレルギーって、いろいろなものにあるから、気を付けないといけないのよ。医者から、一つのアレルギーを言い渡されていても、アレルギー性の高いとされているものには気を付ける必要があると思うんです。たとえば、乳製品であったり、フルーツ、さらには、ゴム製品もそうですよね」
と、かすみはいった。
「フルーツや、ゴムまで?」
と、マスターの娘がいうと、
「そうですよ、。フルーツアレルギーであったり、ラテックスアレルギーなどというものがあって、気を付けなければいけないところなのよね」
というではないか。
「そうなのね、でも、私は、アレルギーというわけではないんだけど、一つ恐怖症のようなものがあるの」
というではないか。
普通恐怖症というと、
「高所、閉所、暗所」
などと言われる、
「三大恐怖症」
と呼ばれるものがあるが、彼女の場合は、どうもそれらとは違っているようだ。
「どういうものなの?」
と聞くと、
「そうね、私、実は、今回の世界的なパンデミックで、ワクチンを一度も打っていないのよ」
というではないか?
「確かに、3回目以降は、若い人はそのほとんどが打っていないという事実があるが、1、2回目というと、ほぼ8割くらいの人が打っている」
という話を聞かされていたので、
「まぁ、1、2回目までは、たいていの人が打っている」
という印象があった。
それにも関わらず打っていないということは、
「注射が怖い」
ということか?
ということを考えれば、ぞこで自ずと浮かんでくる、恐怖症というものが頭に浮かんできたのだった。
そう、あれは確か、
「先端恐怖症」
というものではないか。
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