十年一昔
秋乃晃
時すでに遅く
俺の頭じゃ対処法が思いつかないので、俺の覚えている限りで一番頼りになりそうなやつに聞いてみることにした。小学校の頃の連絡網は、冷蔵庫の横に貼りっぱなしになっている。呼び出し音が三回目。
「……もしもし?」
宮下理緒。小学校六年間、同じクラスだった男。中高一貫の私立から大学に進学して、卒業してから、地元に戻ってきている。コンビニでバイトしているらしい。って話は、同窓会で聞いていた。そのときの同窓会に宮下本人は来ていなかったが『そういやあいつ、どうしてんの?』的な話題で名前が出てくるぐらいには、気になる存在だった。どうでもいいやつの話なんかしない。
あと、実家がなんだかきな臭い仕事をしていて、そういう仕事を手伝っているんじゃないか、とか言っているやつもいた。俺は半信半疑だ。成績優秀で運動神経も抜群だったから、コンビニでバイトっていうのもなんだか怪しいといえば、そう。そういうやつはいい会社に勤めているものじゃないか。
とはいえ、
「ほら、小六のときに同じクラスだった、高畑だよ!」
タカハタ、タカハタ、と二回繰り返してから、宮下は「ああー」と、脳内で顔と名前が一致してくれた時の反応をしてくれた。
「ずいぶんと声違うから、気付かんかったわ」
最後に話したのが小学校の卒業式、かも。そのときに比べたら、確かに。
「そう言うお前も、ちょっと
「中学から西のほうの学校に通ってたせいかな。周りが関西弁だと、うつっちゃって」
「ああ、わかるわかる。そういうのあるよな」
「で、何?」
再びの警戒度MAXだ。中学三年間、高校三年間、大学四年間、合計十年ぶりの会話なら、まあこうなるか。
「お前にしか頼めない」
「金なら、ないから貸せないんやけど。他をあたってくれへん?」
コンビニでバイトしているっていう話が本当なら、そこまで稼げないよな。人に貸せるほど持っているようなコンビニバイト、聞いたことがない。
「違う。金ならある」
昔の友人が電話をかけてきたら十中八九金貸せだ、って言い出したやつのせいで疑われてしまったな。もっと事態はやばいんだよ。
「いいなあ。言ってみたいわあ、そんなセリフ」
俺は自然と口角が上がるのを感じた。金で釣れるなら、金で動いてもらおう。
「俺の家、わかる? 何度か遊びに来てくれたから、覚えてるよな」
「わかるわかる。第四団地やろ? よく『ライオン団地』って言われてたとこ」
「今から来てくれない?」
「今から?」
そう、今から。なるべく早く来てほしい。
「今、何時だと思っとるん?」
「三時」
「午前三時やんか。こんな夜更けに電話かけてくるほうもなかなかやで」
わかっているさ。俺にはどうにもできないから、賭けに出た。もし宮下が出てくれなかったら。
「やったな?」
やった。
……その話は、ここまで一切していない。だが、宮下の口からはほぼ断定の形で出てきた。
「そこそこ仲良くしてくれてたし、その、知らん間の家庭の事情の積もり積もったもんもあるやろうから、あんま責めるようなことは言いたかないんやけど」
「ちょいちょいちょい、待って」
「なんや。ウチに何をさせたいんや?」
「……死体を、どうすればいいか教えてほしい。俺は悪くないのに、警察は絶対俺を疑う。それは嫌だ」
「はあ」
「だって! だって、こいつらが暴れるから!」
「殺す前に電話してほしかったなあ」
「というかお前、なんだよ、俺、一言も殺したなんて言ってねえだろうがよ!」
「高畑が言っとるんやのうて、他の人たちが『息子が殺しました』って言っとるんよ」
俺は後ろを振り返った。誰もいない。いるはずがないのだ。この家は俺と、俺の両親とで三人が暮らしていた。弟は大学に入学したのをきっかけに一人暮らしを始めていて、まあ、こんな夜中には帰ってこない。
「他の人たちってか、高畑のご両親か」
「俺には聞こえない!」
「さよか」
「お前、何なんだよ。コンビニで働いてるんじゃなかったのかよ」
「なんで知っとるん?」
「事実かよ!」
ははっ、と笑い声が聞こえてきた。こちらとしてはますます気味が悪い。死体が家の中にあるってだけでも嫌で、どうにかしてほしいってのに。
霊が、いる。
「ウチは結構ガチな霊能力者っぽい家系で、ウチも悪霊退散みたいなことをしとるんやけど、これだけだと収入が激シブで、普通に生きていくのがしんどいからバイトしてる」
「知らなかった」
あんなにいっしょに遊んでいたのに、知らないこともあるんだな。そういや俺の家には遊びに来ていたのに、宮下の家には一回も遊びに行ったことがない。
「ウチとしても顔知ってるやつに死なれるのはつらいから、ウチがそっち着くまでうまいことしのいでもろて」
「しのいで、って何を」
何を、の答えを待つまでもなく、俺の首筋にひんやりしたものが触れた。背筋がぞくりとする。
「わ、あ」
「そうは言うても、おかあさん。なんとか見逃してくれへんかな!」
俺ではなく、そのひんやりとした手の持ち主のほうに宮下は話しかけていた。俺の母親の手らしい。
つい一時間前ぐらいにはまだ、いつも通り、夫婦ふたりの寝室で眠っていた。父親が不意に目を覚まし、台所から包丁を持ちだして暴れ始め、母親は止めようとする。最近、たまにあった。なんかの病気の兆候だったのかもしれない。病院が嫌いだと言われても、引きずって連れて行くべきだった。死んでからじゃ遅い。
いい加減にしてほしかった。俺はキレた。イスを振り回したら、母親の頭に当たってしまった。当てる気はなかった。それから、父親が包丁を持ったままこっちに来たもんだから、俺は対抗してトンカチで殴ってしまったっていう、そんな事故。
なんとか正当防衛ってことにならないかな。誰も証明しようがない。俺がやりました。終わりだ。
「あ、が」
「くそ! 遠隔攻撃できるようにしとかんかアホぉ! やだよぉ! ただでさえも少ない友だちが減るの! おい! 高畑ぁ! 返事しろ! 違うお前じゃない! いや、お前も高畑! そうだった! 息子さんのほうだよ! 高畑ー!」
十年一昔 秋乃晃 @EM_Akino
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