10「コンラットの夜」
一時間ほど応接室で待つことになった。
戻って来たアルマは「早々に切り上げて来ましたっ」と笑顔で言っていた。仕事を終わらせたのではなく、切り上げたと言った。終わらせてからでもよかったのにな、とは思う。思うだけじゃない。セイカはちゃんと終わらせたからでいいよ、と言ったのだが「大丈夫ですっ」と何故か自信満々に返された。
彼女が大丈夫だと言うのなら別に構わないけど、泊まらせて貰う上に仕事まで早く切り上げさせてしまった感は否めない。
「お二人とも夕飯はまだですよね」
「まぁうん。お金はないから。いや、大丈夫だからね」
「何が大丈夫ですか!私が奢りますともっ!」
「それより、妾は風呂に入りたい。先に宿へ向かえ」
ギルドを出て早々に三者三様の渋滞が起こる。セイカと魔王に良くしてくれるアルマに対しては感謝しかない。ただ本当にこのままだとおんぶにだっこの状態だ。そして魔王は遠慮を知るべきだ。
「お風呂ですね、分かりましたっ!それじゃあ、まずは宿に向かいましょうか」
アルマが先導し、セイカと魔王は宿へ向かう。
「何か……いろいろありがとう」
「いえいえ。これくらい大丈夫です。こう見えてですね、ギルドの職員は高給取りなんです。貯金も結構あるんです。私、友達少ないですし……調査官として転々とする身なので、お金を使う機会もないんです」
「だったら普通、自分のために使わない?」
「セイカさんとマオウさんに夕飯を奢るのは自分のためですっ!」
アルマが変わった人だということは、初めて森の中で出会った時から感じていたが、今ではより一層、アルマの変人ぶりが増している。
変人で言えば、夜のコンラットには酔っぱらった冒険者が先ほどよりも多く見られる。酒場らしき店からは光々とした暖色の明かりと騒がしい声が漏れている。
「コンラットの夜はいつもこんな感じです。冒険者の街なだけあって、ここは夜も眠らないって感じです」
「妾は好かんな」
「私も夜は眠りたい派なんで好きではないですね。酔っぱらった冒険者の相手ほど面倒くさいものもないですし」
ギルドを筆頭に酒場や宿屋、商人の集まる市場などがあるのはコンラットの南部。反対の北部はコンラットで商いを営む住人やコンラットで暮らす冒険者たちの住居がある。
アルマの泊る貸宿はコンラット北部にあるらしい。冒険者の多い南部側の方が宿屋も多く、値段も安い。それでもアルマが北部側の貸宿に泊まっているのは喧しい冒険者が少ないからだ。その分、治安も良い。
「セイカさんマオウさん、あの山見えますか?」
コンラットを縦に横断する形で進み、冒険者で溢れていたギルド周辺とは比べものにならないほど静かになった場所で、アルマが遠くの方を指差す。静かになったし、周囲を照らす明かりも少ない。そのおかげで、アルマの指差す方向に聳える山が月明かりの影となって見える。
「山、だね。大きい山」
「そうです、大きい山です」
「つまらんことを言うくらいな黙っていろ」
「いやぁーガイド的なことをしようかなって。でも、あの山はただの山じゃないですよ。竜が棲んでます。竜は知ってますよね?」
竜は知っている。ドラゴンなんて呼び方もあった。四足歩行で二つの大きな翼を持った巨大な爬虫類。口から火を吹いたりもする。だが、空想上の生き物に過ぎない。
「知ってるけど、実在するの?」
「しますよ。この目で見たわけじゃないですけど、あの山に行けば会えます。でも、危険なので絶対に行っちゃいけませんよ」
そうアルマは忠告する。
あの山は“古竜の峰”と呼ばれているらしく、山の麓にも竜は降り立って来るため、近付くことさえ危険を伴う。アルマは忠告がてらに紹介してくれたのだろう。
「竜は何でも食べるんです。雑食ってことでしょうか?竜の生態について詳しいことは分かってないですけど、人間でもオークでも不用意に近付いたら食べられちゃいます」
「妾の敵ではないだろうがな」
「流石にマオウさんでも無理ですよ。竜はとても大きいんです」
魔王の放つ魔力の前では体格の差など意味をなさない。魔王の魔力を防げるくらいの魔力耐性が竜の皮膚にあるのであれば、竜にも勝ち目はあるだろう。ただ、もといた世界でも魔王の魔力を完全に防げるほどの魔力耐性があるものをセイカは知らない。
唯一、あの
「夕飯は何か買って帰りましょう」
行く先に小さな市場のようなものが見えてきた。アルマはそこで夕飯を買って行こうと言ったのだろう。セイカは構わないが、魔王はどうだろうか。チラッと魔王へ目を向けると、アルマも全く同じことをしていた。二人で魔王のご機嫌を伺っているみたいで、何だか馬鹿らしい。
でも、その甲斐あってなのか魔王が反対するようなことはなかった。コンラット南部に形成されていた行商人の市場は煩雑で雑多な雰囲気だったのに比べ、ここは小さいながらも動線の整備された小綺麗な市場だ。
アルマに連れられ、市場のとある一角で足を止めた。
「私のおすすめはこれですっ!」
そう言って、自信満々に紹介するのは味の濃さが香りにも現れている麺物だった。鉄板の上で焼かれる茶色の麺と野菜や肉を露店の店主が豪快にかき混ぜる。
「ソースって言います!これヤバイですから。私、初めて食べた時、昇天しかけましたから!」
「それなら、食べない方が身のためなのでは?」
「ものの例えですよっ!」
「冗談、冗談。分かってるよ」
アルマがおすすめだと言うのなら、わざわざ食べないという選択を取る必要もない。魔王もそれでいいと。あまり食には興味がないらしい。
店主にソースを三人前包んでもらった。合計で十五カッパーだった。一人前五カッパーになる。
そしてカッパーとは銅貨のことで、銅貨一枚で一カッパー。銅貨の上には銀貨と金貨、さらに上には白金貨と言うものがあるらしいが、基本的に商会同士の取引や貿易で使われるものなので出回らない。
「これは未来への投資ですっ!セイカさんもマオウさんも、将来は大物冒険者になると確信してるんです!」
「お主のその期待は論理性に欠ける。要するに阿保のすることだ」
「まぁ、期待されて悪い気はしないけどね」
とは言え、家に泊めてもらった上に夕飯まで奢ってもらったのは事実だ。明日からは冒険者としてお金を稼がなくてはならない。一体どれほど稼げるのか、どうやって稼ぐのか。分からないことだらけなので、貸宿に着いたら、アルマに教えてもらいたい。
アルマは助けてもらったとか、有望な冒険者だからとか言って、いろいろと世話してくれているが、本当の意味で助けられているのはセイカと魔王だ。
アルマに出会えなかったら今も森の中いたかもしれない。その場合はアルマもだろうが、結果的にアルマに会えてたことでセイカと魔王も人の街に辿り着けた。おまけに住む場所や食べる物を用意し、お金を稼ぐ手段までも教えてくれた。
本当に、アルマには感謝してもし切れない。
勇者と魔王の異世界転生 星羅 @RANOBE888
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