9「冒険者の素質」

「それじゃあ、少し待っててください。準備してきますから」


 運良く出会えたアルマか応接室へ通してくれた。アルマは冒険者登録の手続きをするための準備をするため、すぐに応接室を出て行ってしまった。応接室に残されたセイカと魔王は手持ち無沙汰に室内を見回す。


 テーブルをはさむようにして革張りのソファが置かれ、大きな絵画が壁に掛けられている。調度品と言えるものはそれくらいしかない。必要最低限のものしか置いていないみたいだ。


 魔王がソファに腰を下ろす。セイカもそれに倣うことにした。


「ちょっと詰めてよ」

「何故、妾の隣りに座る。向かいに座れ」

「向かいにはアルマさんが座るだろ」


 冒険者になるための手続きをするためにここへ来たのだ。冒険者になろうとするセイカと魔王が向かい合って座るのはおかしくないか。普通、ギルドの人であるアルマの向かいにセイカと魔王が並んで座るのが妥当だと思う。


 説明するにしても端的な言葉に出来ないから、セイカは無理矢理座ってやった。肩と肩がぶつかるが、それでも魔王は詰めようとしない。セイカは自分の肩で魔王の肩を軽く押してみるが、ビクともしない。


「妾に触れるな」

「だったら詰めてよ。そうやって脅せば、おれが退いてくれるとでも思ってるんだろうけど、今回は退くつもり……」


 魔王の手の平の上に鮮やかな輝きを放つ光の束みたいなものが集まり始める。可視化した魔力だ。


「……分かったよ。もうさ………」


 左へ身体を傾け、魔王に触れていた肩を離す。


「これでいいんでしょ」

「お主がそれいいのであればな」

「いいわけないけどね?」

「向かい座れば解決する話であろう。お主は馬鹿なのか」

「そんなことしたら、君の我儘に負けたみたいになるだろ」

「我儘だと?」

「ああ。君が魔族で魔王だとかで偉そうにしても、それは全部我儘になる。この世界はもといた世界じゃないからね」

「妾にとってお主を殺すのは容易いことだ。それを理解しての物言いか?」

「理解してるけど、そうやって力で物言わす癖も良くないよ。おれを殺したら、君はこの世界で一人になる。君は独りで生きていけるの?」

「妾は独りで生きてきた。お主らのように群れないと生きていけない弱者ではない」


 セイカは勇者じゃない。勇者としての才能も素質も持ち合わせていない。それでも、勇者であろうとする気持ちは誰よりも強かった。


「おれは君を独りにさせるつもりはないよ」


 思ったことを口にしただけなのだが、区説いているみたいになってしまった。とは言え、セイカがそんなことをするわけないと魔王は分かるだろう。「口説いたわけじゃないよ」と付け加える方が野暮だ。


 しかし、紙束の落ちるような音がして、応接室にアルマが入って来ていたことに気付かされた。今の発言を聞かれているのだとしたら、セイカが魔王を口説いているみたいに受け取るだろう。


「あっあのっ!わっわっわ、わたしっ……」

「お主、ついに頭がおかしくなったか」

「アルマさんっ!別におれたちはそういうのじゃないからっ」


 床に散らばった紙をあわあわしながら拾い集めるアルマの下へセイカは向かう。一緒に紙を拾い集め、「では……」と何故か応接室を出て行こうとするアルマをセイカは止めるのだった。


「いやぁ勘違いしちゃいましたっ」

「何を言っておる。要領を得ないぞ」

「まぁいいよ、それは。さっさと冒険者登録済ませちゃおう」

「ですねっ!お二人は将来有望な冒険者だと、私確信してますからっ!」


 手続きと言っても簡単なものだ。名前とか出生とかの情報をアルマが書類に落とし込む。ただ出生に関して、セイカと魔王は答えられない。いや答えられはするけど、存在のしない出生地を答えることになる。


「適当な場所、書いておきますね。言っちゃなんですけど、冒険者登録なんて形式的なものに過ぎないので」

「そうであるなら、やめてしまえばよかろう」

「そういうわけにもいかないんですよね。形式的な?マニュアル的な?これも業務の一貫なんです」


 喋りながらも書類を書き進めるアルマの手は流暢だ。十分ほどでアルマは書類を作成し終えた。これで冒険者になれたのだろうか。


「終わりか」

「いえ、次は等級を決めないといけません」

「等級?」

「はい。冒険者には実力に合わせて等級が設定されているんです」


 冒険者等級は全部で五つ。上から順番に金剛級、琥珀級、翡翠級、輝碧級、石英クォーツ級。コンラットにいる冒険者の大半が石英クォーツ級か輝碧級のどちらかだと言う。


「二人の実力はそれよりも上ですっ!私が保証しますっ!レバンさんもそう言ってましたし」

「そんなもので妾の力を測れるともで思っておるのか」

「ん~確かにマオウさんは難しいです。あれは魔法、なんですよね。私、あんな魔法は初めて見ましたよ」


 思案するアルマだが、そこまで悩むようなことなのか。


石英クォーツ級でいいんじゃないかな」

「えっいいんですかっ!?それで!いやダメですよ!セイカさんとマオウさんは強いです。強いんですよっ!翡翠級以上はありますよ!絶対に!」

「興奮し過ぎだ。喧しくて不快だぞ」

「すっすみませっ!出しゃばりました……っ!」


 アルマが深く頭を下げ、謝罪する。恥とか外聞とか、全く気にならないのだろうか。でもまぁ、ここには三人しかいないわけなので外聞は気にならないか。


「でも、等級によってギルドで受注できる任務に制限があるんです。だから、等級は高ければ高い方がいいんです」

「じゃあ……輝碧級でいいですよ」

「ん~お二人なら翡翠級はいけると思うんですけどね……でも、うん。輝碧級で登録しておきます!お二人なら、きっとすぐに翡翠級に昇格してしまいますよ!」

「う、うん、ありがとう……?」


 自分ごとかのように張り切るアルマに若干気圧されつつの手続きではあったが、セイカと魔王は無事、冒険者になれた。


「今日はもう遅いですから、冒険者としての活動は明日からですね。セイカさんとマオウさんは住む場所とかは?」

「それがないんだよね。お金もないから、今のところは野宿かな」

「でしたら、私の部屋に泊ってくださいっ!あの時、助けてくれた恩返しですっ!」

「いや、流石にそれは……」


 図々しいだろう。アルマとは、まだ出会って間もない間柄だ。泊っていいと言われても遠慮するのは普通の反応だ。しかし、魔王は違う。


「それがいい。妾は風呂に入りたい。お主の部屋にはあるんだろうな?」


 遠慮を知らない魔王は、あまつさえ風呂の有無を上から目線で確かめるのだから、ため息も出てしまう。


「ありますよっありますともっ!まぁ貸宿なので大きくはないですけど」

「なら早く妾を連れて行け」

「えっ……その、あの、まだ仕事が残ってまして」

「お主は妾より仕事を優先するつもりか?」


 また魔王がアルマを困らせるようなことを言い出したのでセイカが割って入る。


「気にしなくていいよ。おれたちは仕事が終わるまで待ってるから」

「はっはい!私もぱぱっと終わらせまてきますっ!」


 そう言うとテーブルの書類をかき集め、応接室を駆け足で出て行った。セイカはアルマの住む宿屋に泊めてもらうつもりはなかったのだが、待っていると言ってしまった。


 言ってしまったからには待つしかないか……

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